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ショートショート『小さな器は大きな器』
ふらりと立ち寄った蚤の市で私が買ったのは、真っ二つに割れた器だった。
「この子だけ端っこに置かれてて、可哀そうだったのよ」
「それは割れてたからじゃないの?」
そう言って笑う夫に私は何も反論できない。
随分と古びた様子のその小さな器に私は何故か惹かれ、気づけば店主に話しかけていた。そして割れたそれを欲しがる私に、これはもう捨てるものだと店主は言う。結局ほとんど強引に買い取ったものの、割れた器である以上使い道もない。
「そしたら金継ぎかな」
「金継ぎ?」
「割れた皿とか器をくっ付ける方法だよ。たしか近くにやってくれる店があった気がする」
夫が調べてくれた住所に行ってみると、そこは小さな工房のような店だった。店内の棚には年季の入った物が点々と並べられており、どこか静かで冷たいその空気感に、まるでここだけ時間が流れていないかのような感覚を覚える。
奥に進むと作務衣姿の老人が座っていて、事情を話すとにこやかな顔でその器を受け取った。
「これはもう寿命だわなぁ」
「直せないってことですか?」
「いや、寿命寸前で割れてしまったってことだから、直せばもう少し頑張れる。いい人に拾われたもんだよ。なあ?」
割れた器に話しかけるその人に後は任せ、私は完成のその日を待つことにした。
金継ぎというのは割れた箇所を漆で繋ぎ合わせ、その上から金などで装飾する技法のことらしい。
届いた器を早速取り出してみると、真っ二つだったはずのそれは見事に繋ぎ合わせられ、その跡には稲妻のような輝く金の一線が走っていた。手のひらに乗るほどの小さな器ではあるが、金継ぎによって十分な存在感を手に入れたようだ。
「綺麗なもんだね」
「うん、これならまだまだ使えそう」
それからというもの、私は度々その器に料理を盛り付けるようになった。
お浸しや和え物などの地味なものも、その器に盛りつけるだけでどこか豪華な雰囲気を纏うのだった。
一つしかない器だったために、私と夫は変わりばんこに使いつつ、自分の番ではないときは相手のそれを羨み、微笑みながらそれを眺めた。
ただ一つおかしなことに気づき始めたのは、その器を使い始めてからしばらくが経った頃だった。
「こんなに大きかったっけ?」
「だよね」
小鉢ほどだったその器はいつの間にか、茶碗ほどの大きさに変わっているようだった。
「大きくなったのかな?」
「けどそんなことある?」
大方勘違いだろうと思っていた私達だったが、どんぶりほどの大きさになった頃には流石にそれを認めざるを得なかった。
「ああそれはきっと、あなた方が大切に使ってあげているからでしょう」
金継ぎの店に電話をかけてみると、のんびりとした口調でその人は言うのだった。
まさか器が成長するものだとは知らなかったが、私達は割とすんなりそれを受け入れた。
どんぶりほどになった器であれば、それをそのまま丼物に使えばいいわけであるし、ラーメンどんぶりほどにまで大きくなると私はサラダボウル代わりに使ってみたり、インスタントラーメンをそれで楽しんだ。
大したことのないサラダやインスタント麺であっても、今や立派な器となったそれに盛りつければ、それだけで何割増しにも美味しそうな見た目に変わるものだった。
だが遂に器は、テーブルにも乗り切らないほど巨大に成長してしまった。
置き場所も無くなったために私達は器を庭に出した。それでもなお器は大きくなり続ける。
もう料理も盛り付けられなくなったために寂しくなったが、諦めきれない夫は風呂から何往復もかけて湯を運び、器の中でお手製露天風呂を楽しんでみたりしていた。今や器はそのくらいまで大きくなっていたのだ。
しかし次第に、器の表面には細かな亀裂や綻びも増え始めた。
どうにか補強は出来ないものかと再び電話をかけたが、それは出来ない話だとその人は告げる。
「元々寿命が近かったんだ。だからここまでこれただけで幸せもんだよ。後はゆっくり看取ってあげな」
その晩も、夫と共に庭を眺めていると、突然器は小刻みに震え始めた。
慌てて駆け寄るも震えは止まらない。その時夫がポツリと、乗れってことかな、と呟いた。
「え?」
「なんかわからないけど、多分」
夫と共に器の中に乗り込む。するとその瞬間ふわりと、私達を乗せた器はゆっくりと浮き上がった。
器はぐんぐんと空へと昇っていく。
そして気づけば私達の目の前には、散りばめたような星空の下に広がる、きらびやかな街の夜景が現れていた。
息を飲むほどのその景色が、きっとこの器からのお礼であることは、不思議となんとなくわかった。
しばらく揺蕩いながらそれを眺めた後、再び庭に着陸した器から降りる。
するとまた天へと浮かび上がった器は、同時に少しずつ小さく収縮していくようだった。
そうして消え去る瞬間、飛沫のように器は弾け、そこから細かな金の粉がゆらりゆらりと私達へと舞い降りる。
小声で私もありがとうとそう呟くと、宙を舞う金紛は嬉しそうにまた揺れた。
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