ショートショート【カプセル医師】

 飲むだけで人間ドッグから治療まで!

 そんなネット広告の謳い文句に釣られ、私が購入したのは、「飲む病院」なる商品だった。
 部屋に届き、梱包を解くと出てきたのは正に病院を縮小したような見た目の白い箱であり、それは同時に救急箱のような形もしていた。
 箱を開くと中には、個包装された小さな袋が数え切れないほどに入っていた。試しにいくつか手に取ってみると、そこには「カプセル麻酔医」だの「カプセル看護師」といった言葉が書いてある。
 同封された説明書を読み、私はその中の「カプセル内視鏡医」を選び取ると包装袋を破り、中から一粒のカプセルを取り出す。手のひらにちょこんと乗ったその粒の中に、内視鏡医が入っているとのことだった。まだにわかには信じがたいが、あとはこれを飲むだけでこの内視鏡医が私の胃や大腸を調べてくれるらしい。
 他にも肺のCTをとってくれる「カプセル放射線技師」などもあるが、まずは試しに内視鏡医だけでいいだろう。祖父、曾祖父と同じ大腸ガンで亡くした私にとって、最も警戒したいのはそれである。私は「カプセル内視鏡医」を飲み込んだ。

 私の胃の中でカプセルは溶け、中に入っていた内視鏡医が飛び出し、動き出す。カプセルの中には超小型カメラも入っており、連携した手元の端末からその様子を私も眺めていることが出来る。見ればその老練な顔つきの、シワ一本一本には数多もの経験が刻まれているようであり、これは信頼できる顔つきである。
 内視鏡医は私の胃袋の壁をよじ登るなどしながら、手元のライトで照らし、丹念に異常が無いか観察してくれている。
 後は私はベッドにでも横になりながら、検査の結果を待っていればいい。随分と楽な時代になったものである。
 そして内視鏡医は胃の観察を終え、その先へと進み始めたようだった。無事私の胃はなんら異常が無く、次は大腸の方へと向かっているのだろう。
「うん、大腸ガンだね」
 ぼそりと呟かれたその言葉に、私は飛び上がる。そして画面を凝視すると内視鏡医は大腸のある箇所をゆらゆらと照らしており、そこには確かに不自然な膨らみが見えた。
 動悸は激しくなるばかりで苦しい。まさか本当に大腸ガンが見つかってしまうとは。いつかの可能性としては頭にあったがあまりにも早すぎる。ガンで死ぬには私はまだ若いのだ。
 だが私には幸運なことにカプセルがあった。なにせこのカプセルは検査だけではなく、治療まで出来るのだ。そして私の命を救うためにはどんな小さな力でもありったけ注いだ方がいいだろう。私は目の前の小さな病院を総動員するべく、片っ端からそれらのカプセルを口の中に放り込んでいった。

「この状態なら通常通り摘出で問題無いでしょう」
「ああ、私もそう思うよ」
 大腸にいる内視鏡医のもとに一人の若い医師が辿り着く。精悍な顔つきですらりと背が高く、白衣がよく似合う。恐らくこれは「カプセル外科医」だ。
「難しい手術にはならないでしょうから何よりです」
「うちの病院一の腕を持つ君なら朝飯前だろう」
「いやぁ、どうでしょうか」
「謙遜なんてしなくていい。それに転移の可能性もまだ無さそうだな」
 どうやらこの外科医は若いが相当に腕の立つようだ。運よく発見が早かったのだろう。無事に治りそうで私は胸をなでおろす。
 するとその時また大腸に一人の女性がやって来る。白衣の彼女は「カプセル看護師」だろう。しかし彼女は何やら神妙な面持ちをしている。
「ケンジさん、いや、すいません高橋先生、実はこの患者さんの治療についてなのですが、手術は行わず、投薬治療で進めていくということです」
「なに、誰がそんなこと?」
「……院長です」
 外科医は看護師に連れられ、大腸を駆け足で出ていく。
 手術をしない?一体何を言っているのだろうか。画面を掴む私の手には強く力が込められ、汗も滲む。

「院長」
「ああ、高橋君か」
 小腸の端の方に院長はいた。途中で看護師と別れたらしい外科医は一人、院長の前に立つ。
「どういうことですか、あの患者は手術で問題無いはずです」
「患者の状態を総合的に判断した結果、投薬の方が適していると判断した。それだけだ」
「投薬というのはA社の新薬ですか?」
「……そうだ」
「あの薬にはまだ十分な実績が無いはずです」
「効果的には問題無い」
「しかし少しでも効果が遅れれば、ガンの肥大や転移が始まる可能性があります。ですから速やかな手術がベストのはずです!」
「総合的な判断だ」
「院長がおっしゃてるのはA社からの裏金の話でしょう!」
 しばらくの沈黙が小腸内に満ちる。
「……投薬だ。それと、君は少し頭を冷やした方が良い。この先の自分自身のキャリアや、リカとの結婚のことを考えるならばね」

「ケンジさん」
 憤りを押さえきれず歩く外科医の後ろから看護師が話しかける。
「リカ、……投薬治療の準備を始めてくれ」
「でも、ケンジさんはそれで納得してないんですよね?」
「いいんだ。院長には逆らえない。それに、僕はもう手術は、」

 ふざけるな。A社から裏金を受け取っているために、A社の新薬を使わなくてはならないから私の治療を切り変えるだと?それにそのせいで転移が起こる可能性があるだと?冗談じゃないぞ。冗談じゃない!
 勘弁してくれさっさとガンを取り除いてくれ。それに院長の娘の看護師のリカと、外科医のケンジが恋仲で、結婚するには院長の機嫌取りをしなくてはいけない状態だと?なぜに一体、そんな医療ドラマのような展開になってしまうんだ。人の体の中で!
 だが私の声は彼らには届かない。さらには私の飲み込んだ大量のカプセルのために、私の体の中ではまだまだ様々に巻き起こっていく。

 まずは「カプセル放射線科医」が張り切って肺や脳をCTで調べ始める。ふざけるな、さらに異常が見つかったらどうしてくれる。
 その後を追うように「カプセル耳鼻咽頭科医」、「カプセル眼科医」、「カプセル整形外科医」も動き出す。元々私は蓄膿症で視力が悪くて骨格も歪み気味である。多少の不便こそあるがこれまではそれを抱え、問題無く生きてきた。だが彼らはそんな私の持っている元々の異常も、さも今初めて発見したかのように大げさにふるまい、私は何か大きな病気が見つかってしまったのではとその度に心臓が縮み上がる。もういいのだ、一旦大腸ガンだけでいいのだ。それ以外は後回しだ。
 また「カプセル小児科医」や「カプセル産婦人科医」などに関しては完全に暇を持て余している。人の腹の中でエスプレッソを飲むな。
 さらには「カプセル記者」などという、病院には似つかわしくない存在も先ほどから何やらウロウロとしている。これ以上病気以外の厄介事を持ち込まれてはたまったもんじゃない。
 そして最悪なことに、院長によって外科医が私の治療から外されてしまい、代わりに「カプセルベテラン外科医」なる者が現れた。まず間違いなくこのベテラン外科医は院長の犬に違いない。完全に終わった。
 一方「カプセル内科医」は私の脈拍が異常なほどに高すぎること、動悸が早く、大きすぎることを告げる。そんなの当たり前だ、お前らのせいじゃないか!

「先ほどから院内を回らせてもらってるんですが、妙な噂を聞きましてね。医療ミスがあったのではという」
 記者がそう言い、ゆっくりと詰め寄るのは、外科医に向けてだった。
「高橋さん、あなた心当たりがあるのではないですか」
「……それは」
 まさか院長どころか、この外科医まで問題を抱えているとは。これではまともに私のガンを治してくれる存在など、一人たりともいなかったということか。
「残念ながらその話は違いますよ」
 するとその時二人のもとへやって来たのは、ベテラン外科医だった。
「確かに先日彼の執刀した患者は手術後、亡くなりました。だがあれは断じて医療ミスなどでは無い」
 そう言い放つ彼に、外科医は「先生」と声を漏らす。
「手術の様子や記録なども見させてもらったが、あの手術自体は完璧と言ってよかった。だが時々、思いもよらない容体の変化が起こることもある。それは仕方が無いんだ、誰にも分からない。長い医師生活を続けていれば必ず訪れる機会だ。だが君はあれから、何度も頭の中で想起し、どこかに不手際があったのではないかと、思い悩んでいたのだろう?しかしこれから君がするべきなのは、その時その瞬間ごとに、最善を尽くしていく。ただそれだけだよ」
 外科医はベテラン外科医をじっと見つめていた。その目にはうっすらと涙すら滲んでいる。
「でしたら、私は一体なんのために呼ばれたんでしょうね」
 記者がそう訊ねると、今度は奥から看護師のリカが現れた。
「お呼びしたのは私です。すいません、どうしてもこの件は直接でないといけませんでしたから」
「リカ!……何する気なんだ記者なんて呼んで」
「父を、当院長を告発します」
「……待てよ、そんなの、」
「いいの。もう決めたの。だからケンジさんも、最善を、尽くしてきて」
 その言葉を聞くと、外科医は走り出した。行き先は私の大腸である。

 「カプセル麻酔医」や「カプセル助手」らと共に外科医が私のガンの前へと現れる。そして麻酔医が全身麻酔を施し始めると、私の意識はゆっくりと沈んでいった。

 目を覚ますと、全ては終わっていた。手術の無事をみなは喜び、各部の検査でも元々の病気以外、新たな病気は見つからなかったようだった。そして院長は失脚し、外科医と看護師は結婚する準備を始めたとのことだ。
 私は最後の個包装を開け、中から「カプセル下剤」、いやこれはもうただの「下剤」だろう、を取り出し、飲み込む。後は全てが流れていくだけである。

 トイレから戻り、ふと端末の画面を覗いてみると、運悪く流されなかったのか、大腸の中頃で一人が、倒れた医療器具に足を挟まれ、身動きが取れなくなっている。
「た、たすけてくれぇ!」
 これは新たに、「カプセル救急隊員」あたりが必要だろうか。


続いてはこちらをぜひ。

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