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思春期の子のアイデンティティ形成を支える2つの力 ~帰国生教育から学んだこと~

こんにちは!
前回の記事では、お茶の水女子大学附属中学校の公開研究会の紹介記事を書きました。

今回の記事は、運営に携わった方たち全員への感謝の気持ちを込めて、会に参加して私なりに考えたことを書いてみようと思います。
前回よりも専門的な内容の記事になります。
(参加していない方には分かりづらい表現があるかもしれません。すみません!)

【まずは結論】参加して感じたこと

中学生のアイデンティティ形成をサポートするために重要な要素は、子どもの

①「メタ認知力」と ②「論理的表現力」
を育てることなのだと思いました。

なぜなら、(思春期や環境の変化による)アイデンティティクライシスを乗り越えるには、

・身近な人に悩みを受け止めてもらえて、安心できたという経験

が必要だからです。

なぜこのように感じたのか、会をふり返りながら書いていこうと思います。

視点①:渋谷真樹先生のお話から ~帰国生が抱えがちな「過剰適応」という課題~

■帰国生の強み

渋谷先生(日本赤十字大学教授・異文化間教育学会理事長)は、帰国生のもつ強みについて以下のように述べておられました。

・帰国生は複数の文化を体験している
→身をもって多様性を理解している
「文化的に異なる立場に共感できる」という強みをもっている

私の想像なのですが、たとえば国際的な問題…いま起こっているパレスチナ紛争や、日本における難民の問題…などについて、一般生と比べてより自分ごととして、解像度高くイメージできるのだろうと思います。

・帰国生はきまりや常識への問いを持ちやすい
→学校に多様な意見や主張を持ち込んでくれる

ここはメモを取っている間にスライドが進んでしまったので少しあいまいなのですが…
帰国生のもつ日本の常識への疑問が「対話」のきっかけになって、学校に民主主義の土台が生まれるきっかけになり得る、というようなお話だったと思います。

■強みが生かされる条件

ただしこれらの強みは、なかなか発揮されないものなのだそうです。
それは、帰国生が日本の常識に「過剰適応」してしまう傾向があるからです。

日本に来たばかりのタイミングでは、帰国生は日本の常識に様々な疑問を提起して、それを解決しようとします。
たとえば、
「学校に防寒用の帽子をかぶってきてもいいのに、野球帽はだめなの?中学生らしい服装って何?」
「イベントをやりたいのに、学校でお菓子を食べちゃいけないの?先生と話し合ってみようよ」
のようにです。

しかしこのような疑問に対して、一般生はこんなふうに答えます。
「校則で決まってるんだから野球帽はだめなんだよ。」
「ルールなんだから守る。」

「普通に考えて、学校でお菓子はだめでしょ。」
「先生に話したって無駄だよ。」

このような壁にぶつかることによって、日本に来たばかりの帰国生は、日本の常識に過剰適応してしまう傾向があるのだそうです。
この壁を乗り越えるためには、帰国生が

同調・従順 → 適応 →協働・改革

というステップを踏んでいけるようなカリキュラムが必要である。渋谷先生はそうおっしゃられていました。
では、帰国生がこのようなステップを踏んでいくために、教師は具体的にどんなサポートができるでしょうか?

視点②:「自主研究ラウンドテーブル」の3年生の話から ~メタ認知力と論理的な表現力で、アイデンティティの危機を乗り越えた~

私はラウンドテーブルの時間に、二人の中3生と話をしました。
その時、二人にいくつかの共通点があることに気づいたんですね。
それは、

①アイデンティティの危機を経験したこと
…探究の途中で、自分が何をやっているのか(何のために探究なんてしているのか)を見失って深く悩んだ

②身近な人に相談することで、その危機を乗り越えたこと
…一人は友達や家族、もう一人は先生に相談したことがきっかけで自信を取り戻した

③メタ認知力が高いこと
…自分の悩みや葛藤を客観的に把握し、言語化できていた

④論理的な文章の運用能力が高い
…悩みを整理して、構造化して相談したからこそ、適切なサポートを受けることができた

お茶中の自主研究は、3年間にわたる長距離走です。
そしてお茶中には、基本的に勉強の得意な子たちが集まっています。
そんな環境の中で「研究が止まっている・周りに比べて見劣りする」ことは相当なプレッシャーになるはずです。
二人の表情や口調からも、そのつらさがヒシヒシと伝わってきました。

でも驚いたのが、この二人のメタ認知力と、自分の感じている葛藤を言語化して相手に伝える能力の高さです。
「最強のマスクを作る」というテーマで発表していた生徒さんと私との会話を抜粋すると、こんな感じです。


生徒さん:周りの人(生徒)はほんとにすごい人ばっかで、自分の研究なんて全然ダメだって思ったんです。

生:研究のテーマ設定が浅すぎて、中2の途中くらいで研究することがなくなっちゃったんです。ある程度まできたら、それ以上テーマを深められなくなっちゃって。

古澤:そこをどうやって乗り越えたんですか?

生:まず、そもそも自分は「最強のマスクを作る」って考えてたんですけど、どんな軸での「最強」なのかが考えられてなかったんです。そこを先生に相談しました。

古:自分のモヤモヤしていたところを先生に相談して、具体化していったんですね。

生:そうです。そしたら先生が「マスクの中の二酸化炭素濃度を測ってみるのはどうか」って提案してくれて。計測器まで貸し出してくれたんです。そういう技術的な面でサポートを受けられたことが大きかったです。


私はこの二人と話していて、こんなふうに感じました。
「どんなことでどんなふうに悩んでいるのかが、めっちゃ分かりやすい!だから共感できるし、適切にサポートもできる!」と。

二人は探究のテーマ、つまり「3年間追いかけ続けるもの」を見失いそうになった時、共通して「誰かに相談して、悩みを受け止めてもらえたことで乗り越えられた」と話していたんですね。

そして二人が相談相手に悩みを受け止めてもらえたのは、「自分の気持ちを客観的に把握できる高いメタ認知力や言語化能力と、それを分かりやすい形で相手に伝えられる論理的な表現力があったから」だと、私は感じました。

視点③:本橋幸康先生のお話から ~「帰国生は、文章の運用能力に課題を抱えている」~

視点①と視点②をつなげてくれたのが、「授業のふり返り(国語科)」の本橋先生(埼玉大学 教育学部准教授)の話です。
「浮世絵の魅力を伝えていこう!」で生徒たちが書いたプリントを見比べながら、先生はこのように解説してくださいました。

まず、話の要点を箇条書きでまとめます。

■帰国生は構造の深い文章を書くことが苦手(要点まとめ)

・(少なくとも今年度の)帰国生は、語彙レベルでは一般生と見分けがつかないほど上手な日本語を書く
・しかし帰国生の書いた文章は、一般生と比べて単純なものが多い(=概念整理が苦手である)

・帰国生に特徴的な文章の例…「私はAだと思う。なぜならBだからである。(中略)Cだと思う。なぜならDだからである」
→構造の浅い、並列的な文章が続く

・概念整理のうまくいっている文章の例…「私はAだと思う(抽象的な意見)。なぜならBだからである(抽象的な根拠)。たとえばCという事例があり、これはBという私の考えの根拠になるものだ(具体的な根拠)。よって、AはDという意味において正当性をもつ意見だと言える(具体的な意見)。」
→一つの事柄について具体と抽象を行き来しながら、深い構造の文章になっている

■苦手な理由:帰国生は、友だちの言葉を真似しながら日本語を学んでいるから

新しい国へ行って言語を学ぶ時、その国の人の真似をしながら学びますよね。
帰国生も同じで、彼らは友だちの言い方や書き方をオウム返しするように、真似をしながら学んでいきます。

ここからは私の推測も入るのですが…つまり、「表面的な言葉遣いを真似する」のは比較的簡単ですぐできるけれど、「一つの主張を深めて、構造化して表現する」のは難しく、帰国生にとってハードルが高いということなのだと思います。

言い換えると、「生活言語としての国語(日本語)」は習得しやすいけれど、「学習言語としての国語」は意識的に訓練しないと身につかないというのが、本橋先生のお話に対する私なりの理解です。

それに、帰国生は中学一年生からお茶中に編入しています。
そして、抽象的・論理的な文章表現を本格的に学習するのは中学校に入ってからです。
子どもの学習段階が切り替わる時期に使用言語が変わることで、一層それらの力を身につけることが難しくなっているのだと思います。

【まとめ】学習言語の習得(メタ認知のための概念と語彙&論理的な表現力を獲得する)→自信を喪失した時、身近な人から適切なサポートを受けられる→アイデンティティが形成される

ここからは私の考えになります。視点①~③をつなげて考えます。

私が話を聞いたお茶中3年生は「高いメタ認知力」と「論理的な表現力」を使いこなすことで、アイデンティティの危機を乗り越えているように見えました。
そして本橋先生のお話から、帰国生はこの2つの力が不十分であることが分かりました※

ということは、帰国生が「同調・従順 → 適応 →協働・改革」というアイデンティティ形成のステップを踏んでいくためには、この2つの力を育てていくことが重要なのではないか。
会全体を通して、私はそんなふうに考えました。

※メタ認知のためには、自分の気持ちを認識するための概念の理解や、それを言葉で表現するための語彙力や言語化能力が必要になります。
これらは学習言語の範囲だと言えます。

お礼

最後に、研究会を運営してくださった関係者の皆さまに、心より感謝申し上げます。
帰国生の抱える葛藤や、生徒のアイデンティティ形成における教師の役割など、普段考えることのない様々なテーマについて頭を巡らせることができました。本当に貴重な時間を過ごすことができました。

私は小学生~高校生向けに読書・作文のイベントを開いているので、この会で得た知見を自分の仕事にも生かそうと思います。
子どもたちが自分の気持ちを言葉にする語彙を獲得できて、その言葉を少しずつ深く使いこなせるようになるような、そんな読書・作文指導を目指します。


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