この丘からはかつて多くの人々が転がり落ちた。人々はゆっくりとゆっくりとでんぐり返しをしながらやがて球体になっていった。どこへ辿りつくのかは誰も知らない。人々は自ら志願して球体になるのだった。その理由は誰にもわからなかった。ある日、その球体の儀式があると聞き、少年は丘へとそれを見に向かった。丘には多くの人々(彼らの多くは男性であった)が射的の的のようにきれいに整列していた。その中に詩人もいた。詩人とは家が近所で、少年が幼い頃からの付き合いだった。彼が物心のつく頃には詩人に詩を教えてもらっていた。詩人は、少年の知る限りでは自ら球体になりたいと思うような性格ではなかったので、彼は少し不思議だった。太陽が真上にくると、それがはじまった。日曜日だった。人が、大きなパチンコの玉のようになるのを眺めていた。やがてそれらは遠くの方へ小さくなっていき、少年の視界からは消えた。
数年経って、戦争が起こった。少年は大田区の工場で戦闘機に弾薬を積み込む作業をしていた。ボウリングの玉ほどの大きさの薄灰色の丸い球体を、刺激を与えないように丁寧に運ぶ。彼は当時14歳で、爆弾のことなど何も知らなかったが、事を起こすようなこともなく、ただ言われた通りに働いた。
ある時、弾薬からひとひらの紙切れが落ちた。少年は、彼の上司や同僚に気づかれないように、それを拾いこっそりとポケットの奥に押し込んだ。宿舎に帰り、小さくくしゃくしゃになった紙切れを広げてみると、こう書かれていた。

私たちは嵌め込まれている。搾取と虐げの上に彼らは存在し、私たちは永遠にこのまま生命のサイクルを繰り返すだけだ。私たちの子も、孫も、そのまた子も。これから起こることも、私の意思などではない。丘へ行くことは避けられない。しかし私は抵抗することは出来ない。すでに嵌め込まれているからだ。

その筆跡は明らかに詩人のものであったが、少年には書かれている内容が理解できなかった。彼もまた、すでに完全に嵌め込まれていたからだ。来月には彼も丘に行くことになっていた。

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