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【感想文】ネットユーザーはいつどのタイミングで「チクりん」になってもおかしくない

山根あきらさんももまろさんの共作小説を読みました。
結構身につまされる部分があって「絶対感想文を書こう!」と思えた作品の一つです。
小説本編については山根さんのマガジンから飛ぶと読みやすいです。気になる方は下記リンクからどうぞ↓

本来であれば一番最初にタイトルを入れるべきなのですが、何回か読んでみて小説タイトルそのものに違和感を覚えました。
勝手にシリーズを呼称すると「闇の中シリーズ」になるわけですが、全9話中タイトルが2回変更されていることに気づきました。といっても変わっているのは接続詞レベルで、パッと見ではなかなか気づかない部分です。
ただこのタイトル変更には何か意図があるとしか思えなくて、その点を念頭に置いた上で再読してみると……2回に渡るギアチェンジが施されていることが分かりました。

ギア①:闇の中「に」浮かび上がる

主な登場人物は人気ブロガー「チクりん」とサイト管理者の「武内」の2名。チクりんは自身の地頭の良さに慢心して敵を作ることも厭わない性格の持ち主です。方や武内はチクりんが利用しているブログサービスの管理側の人間、チクりんの投稿を見て不快になったユーザーのクレーム処理を行っています。
チクりんは基本自分が一番でないと落ち着かない人間なので裏垢を10個持っています。本人はバレていないと思っているようですが、同じサイトのアカウントなので管理側の武内には見通されています。
管理チームには「利用ユーザーと直接コンタクトしない」というルールが定められていますが、武内はそれを破ってまでチクりんに忠告を行います。1つ目のギアはそこに肝があると考えていて、その後のギアチェンジに大きく絡んでいる出来事になるわけです。この時点の武内は基本チクりんに嫌気が差していますが同時に投稿を楽しみにしているファンの一人であると推察されます。何故ならチクりんの発信は正論が含まれていて、誰一人反論したくてもできないからです。これについては後述しますが、少なくともチクりんに一定数のファンが付いている(自称フォロワー5000人)以上「影響力がある」と自分で思い込んだ要因ともいえます。
ちなみにフォロワー5000人がどのくらいの規模なのかというと日本国内の町村1つ分となります。たかが1町村分でドヤ顔しているチクりんもチクりんですが、ネット上での影響はシェア効果も出てくるのでかなりの脅威であることには間違いないでしょう。
実際4話でチクりんが行ったブロック宣言と5話の武内ハブリの場面では、村八分に似た周りの無関心さが残酷でした。「気にしなきゃいい」ことは本人が一番分かっているのに、どうしてもチクりんの目が気になってしまう……しかしチクりんはそれを「正義」と思っている。この時点でチクりんがとても香ばしい人間ってのがよく分かります。
あと完璧と思っているなら自分の名前をタイピングミス(チクりんなのにチキりんと書いている)するなよ……と思いました。これ、チクりんが如何に底の浅い人間性をしているかが垣間見える一幕です。

ギア②:闇の中「から」浮かび上がる

「影響力の高いインフルエンサー様はどんな記事を書くのか?」というのを読者に指し示しているのが6話。これだけタイトルが「闇の中から」なんですよね。
ていうかこの話自体、チクりん様のありがたい講話です。目をかっ開いて読んでみると……まぁ有料記事にしては内容が浅いですよねwwww(※個人の感想です)
チクりんへのアドバイス(という名の喧嘩売り)を挙げるとマジでキリが無いので省略しますが、敢えて一言物申すと「校長先生でもこんな話しない」の一言に尽きます。それくらい内容が薄っぺらいんです。自分のお気持ちを材料にして天狗成分と身の回りで起こったことを付け足して無理やり伸ばしている感が否めません。
投稿後のいいねの数から察するに「あっこれアカンやつだ」と見抜いたフォロワー・ユーザーは一定数いるでしょう。私ならそっと距離を置きます。しかし完璧であるはずのチクりんがそれに気づいていないどころか逆ギレして裏垢(10個)を使って工作するのが貧相で底の浅いところ。こういう悪知恵を思いつくあたり「天才」なのはあながち間違いないでしょうね。
しかし世のネットユーザーたちはある意味単純で、よく読めばチンケな文でさえも真面目に受け取ってしまうものです。2回目のギアチェンジはその恐ろしさをこれでもかと書き切っていました。

ギア③:闇の中「へ」浮かび上がる

6話では有料記事の内容を読者に指し示していました。しかし肝心の無料部分は触れないまま話がどんどん進んでいきます。この間武内はとんでもない事態になっていて、結果実の母親を火事で亡くしてしまいました。
ここでギア②に踏み込みながら7話以降の内容に触れます。6話では馬鹿horsedearを多用して無料部分を書いたとしていますが、これこそ嘲笑われていた内容そのものであると考えられます。しかもそれが起こっているのは管理側ですから、同僚たちは有料部分を見ることができるわけです。
チクりんを敵に回すことの恐ろしさについて。チクりんは自分の力を見せつけてやろうと犯罪行為を正当化するような投稿を行っています。私たち読者は8話でチクりんのありがたいお話を読むことになりますが、これがすごく生々しいんです。一見陳腐な文章なのですが、そこから垣間見える虚栄心とカリスマ性はある種の宗教に昇華しているのです。特にネット文化に疎ければ疎いほど信者になる落とし穴が潜んでいて「そりゃあ好き嫌いが別れるわな」と思えてなりませんでした。
この小説のすごいところは現実的なサスペンスを描いていて、最後の最後で「チクりんの正しさ」を証明して終わる後味の悪さが際立っているんですよね。なんといいますか、ありふれていないようで実はありふれていることが書かれているんですよ。結局チクりんはそのまま勝ち逃げしたのか、それとも想定外の出来事が起きたのか……いずれにしろ、武内のメンタルはどん底に陥ったことだけは確かです。

結局チクりんは何をしたかったのか?

武内は「コンプレックスが渦巻いている」と言っていましたが、私は人間関係に恵まれなかったのではないかと考えています。
大学は(作中で書かれていなかったので)知りませんが、少なくとも高校時代は勉学で相当な努力を行ってきたのでしょう。しかしその成果はブログ(とSNS)でしか披露するしかありませんでした。
おそらく、高校卒業後にプライドが深く傷つけられたか何かしたのでしょう。「自分は間違っていない」と口うるさく言っているところを見ると、最後まで話を聞いてくれる存在に巡り合うことができなかったように思えます。
チクりんは、自分の話を最後まで聞いてほしい存在を探していたのではないでしょうか?だから犯罪行為までしてとにかく自分を認めてもらいたい、全否定されることが怖いと思うんです。何もしなかったらどんどん寂しさに溺れてしまう、だからこそ虚栄心と分厚いプライドを防波堤にしたのでしょうね。できあがったのはハリボテ100%のカリスマインフルエンサーでしたが、そこまでしないと生きられなかったのではないかとお見受けしました。

しかしこれはnoteでも十分起こり得ることであり、過去にも似たような事例が起きてしまっています。
この小説を何回も読んだのは自分事として捉えてしまったからであり、今まで読んだ小説ではトップクラスの生々しさがありました。少なくとも何らかのネットトラブルに遭遇した人は作品の本質がよく分かるかと思います。
同時に私は承認欲求一つで誰しもがチクりん化してもおかしくないことを感じました。言いたいことを文学に昇華するのは良いことですが、文学かどうかを判断するのは読者に委ねられるものであると考えています。言いたい放題というのは時として知らない人を傷つけたり苦しめたりするものです。見様によっては息苦しさを感じることもありますよね。
言いたいことは我慢しないほうが良いと私は考えますが、どうせ言うんなら反対意見やお叱りの言葉を受け止める余白を作ってからにしたいものです。
チクりん最大の失敗はその余白さが全くないことでした。だから賢者と自称してもいいねが集まらなかったのでしょう。カリスマにしては極薄ですね。

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