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掌編小説【散歩】

♯クリエイターフェス10/1のお題「朝のルーティーン」

「散歩」

ふと目が覚めたら四時半だった。
まだ早いじゃないか…そう思ったけれどもう眠れない。
せっかくの土曜日、朝寝を楽しむつもりだったのに。
外もまだ薄暗い。
しかし起きて窓を開けるとひんやりとした空気が入ってきて少し驚いた。
いつもエアコンをかけて寝るし、七時に起きる頃にはすでに蒸し暑い。
時計を見ると、そろそろ五時だ。外が明るくなりかかっている。

僕は洗顔と着替えだけ済ませ、スニーカーを履いて外に出た。
おお、涼しいじゃないか。
まったくの手ぶらで外に出るというのも新鮮だ。
そういえば近くに公園があったな、とそちらに向かってみた。
日中は親子連ればかりでうるさくて避けていたのだ。
しかし早朝の公園は違った。
いるのは孤独なランナー、あるいは早起きの爺さまか婆さま。
皆、静かに走るか歩くかしているだけだ。

僕もその静かな流れに加わった。
意識することもなく、皆、適度な距離を保っている。
そしてすれ違う時には会釈したり、人によっては小声で「おはようございます」と言う。
なんて礼儀正しく秩序のある世界なのだろう。
日中の、秩序が崩壊した世界とは大違いだ。
僕は静かに感動しながら公園を歩いた。

公園は意外に広く、一周したら一キロくらい歩くことになるようだ。
広々とした芝生があり、樹木に覆われた小高い丘があり、池もある。
目を覚ました鳥たちがチュンチュン、ピピピ、と鳴きかわしている。
自宅近くにこんなに豊かな自然があったとは…。
さらに空を見上げると、今まさに太陽が昇ろうとしており、雲に反射した光が桃色からオレンジ色に変化していく。
世界はこんなにも美しい…。

僕は小一時間ほど公園を歩き、太陽が昇り眩しくなってきた頃、家に戻った。
僕は清々しい気持ちでコーヒーを淹れ、明るい陽射しの中で朝食を摂った。
なんていい気分なのだろう。
しかもまだ六時半なのだ。時間もたっぷりとある。
僕は散歩を朝のルーティーンにしようと決意した。
そうすれば人生がもっと豊かになるだろう。

しかし、決意は三日目に挫けた。
火曜日の朝、まぶたの裏に明るさを感じ、半身を起こして時計を見ると、いつ止めたのかわからない目覚まし時計は八時になっていた。
遅刻&三日坊主確定だ。
僕はあきらめて、再びベッドにバタリと倒れ、昨日のことを思い出す。
仕事のミスと上司の叱責、憂さ晴らしの飲み会で大騒ぎしたこと…。

それから、しみじみと朝の公園の人々のことを思う。
礼儀正しく秩序ある世界の住人たちのことを。
僕がその世界の住人となる日はまだ遠い。

おわり(2022/10 作)




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