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掌編小説【ワカメ】

♯クリエイターフェス10/19のお題「♯つくってみた」

「ワカメ」

『つくってみた 初めての味噌汁 具はワカメ リボンかよ!って くらい長い』

宿題を見た国語の先生には渋い顔をされたが、「短歌です」と言い張って帰ってきた。居残りさせられたらたまらない。夕飯を作らなきゃいけないから早く帰りたい。
短歌ネタにしたワカメは、乾燥タイプをテキトーに入れたら、めちゃくちゃ広がって大きくなったのでびっくりしたのだ。
何気なく食べていたワカメ、母はちゃんと一口サイズにしてくれてたんだなぁ、と思う。それ以外にも、あれもこれもそれもどれも…母がいなくなって不具合が生じるものが家の中にあふれている。母はすごかった。

でも私たちからの感謝の言葉をひと言も耳にすることなく、母は逝った。
友達とカラオケで歌いまくって声を枯らして帰ったら母が台所で倒れていたのだ。
隣のおばさんを呼んで、救急車を呼んで、父に電話して…しゃがれ声で叫びまくった私は翌日にはまったく声が出なくなっていた。話もせず、泣くこともできず、ただ、ただ呆然としていた。
あの日、カラオケなんか行かずにすぐに帰っていたら…。今もふとそう思うと心がキュウと縮こまる。

「ただいま」
夕食が出来上がる頃、父が帰ってくる。今までは残業が多かったが、母が亡くなってから早く帰れる部署に替えてもらったらしい。私のせいで出世の道が断たれたかも、と思うと心はまた縮こまる。
「お、今日は鍋か」
「うん、白菜が安かった」
「お前もやりくりを考えるようになったか」
「まあね」

白菜と豚肉の鍋。父の好物のはずだ。秋から冬にかけて何度も食卓に出てきた。以前は気軽に「もう飽きたー」なんて言ってたけど、毎日の献立を考えるのは本当にたいへんだ。
「今日は胡麻だれをつくってみたよ」
「ほう、新しいな」
「ちゃんと胡麻をすり鉢ですった」
「たいしたもんだ」
父はビールを一口飲んで箸を持った。私はなんだか急に胸が苦しくなった。
「おとうさん」
「…ごめんね」
「なんであやまるんだ」
父が白菜で豚肉を包んで胡麻だれにつけながら言った。
「…いろいろ」
「はやはるほほなんは、ひほふもないぞ」
猫舌のくせに口いっぱいに豚肉を頬張りながら父が言う。
そして顔をしかめてゴクッと飲み込んでからしばらく間を置いて言った。
「かあさんもな、新婚旅行から帰ってきてはじめてつくった味噌汁、ワカメがめちゃくちゃ長かったぞ」
「そうだったの」
「遺伝だな」
…遺伝ではないと思うけどな。

「そうだ、俺もつくってみたぞ」
父が急に大きな声で言った。
「なにを?」
「お前、昨夜作ってただろ、短歌」
「え、見たの?」
「風呂入ってる時、ノート開いてたからさ」

そう言って父は箸を置いて姿勢を正した。
「味噌汁の 長いワカメに 妻想う 今までほんとに ありがとう」

「もうひとつ、な」
「味噌汁は 飲めりゃいいんだ 長くても ワカメはワカメ うまかった」

言い終わって、父はまた箸を取った。
「おとうさん、短歌へたくそ…」
「俺は理系だからしょうがないさ。…あ、もうひとつできた」

「胡麻だれも うまいぞちゃんと ありがとな」
ああ、こりゃ俳句か、でも季語がねえな。父は独り言みたいにつぶやいて、少し赤い顔をしながら、お前も食え食えと言って鍋に箸を突っ込んだ。

おわり (2022/10 作)

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