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大魚海棠 [幸せと決断]

前回に引き続き中国のアニメーション映画”大魚海棠”の記事を投稿します。

以前、故 高畑勲監督作品に関する記事で「幸せ」を題材にしたエッセイを多数投稿しました。この記事でも主人公”椿”の「幸せ」を題材に椿が下した「決断」について深く掘り下げ考察したいと考えています。

(記事ネタがそれ以外にスッと思い浮かばなかったのは内緒)

この記事にはネタバレも含みますので、まだ鑑賞されてない方でそういうのは嫌!という方が居ましたらこの記事を読む前に必ずNetflixへアクセスして下さい...笑。

また、前回何書いたの?と思われた方は下記URLをクリックし、ざっとでいいのでご一読ください。簡単なあらすじと映像美に関して綴っています。https://note.mu/shinkiti12078/n/ne07acf0f4bcb


[椿の幸せとは]


今回のテーマの1つでもある「椿の決断」を深く掘り下げて考える前に、椿にとっての幸せとは一体何かということを探りたいと思う。

まずは「人間の青年を生き返らせる」という点が第一に挙げられるだろう。

その青年は彼女を救った命の恩人である。彼が人間界の海において椿を助けなければ、彼女は絶命しただろう。椿にとっては恩返ししてもしきれない程の存在なのだ。

椿は深海の異世界へ戻った後に、人間の青年を生き返らせるために魂の番人と取引をした。椿はその青年の魂を取り戻し、その魂を宿す魚に「鯤 (クン)」という名前をつけ、椿が育て始めた。

ここで大切なことが1つある。「青年はまだ生き返ってない」という実情だ。

魂の番人は椿との取引中に「(魚が)大きくなって人間界へ戻るまで生き返らない」と述べている。すなわち椿が魚を育て始めた時点では、魂のみが蘇っており、椿の本来の目的・幸せに繋がる事柄であろう「鯤が生き返る」という事柄は達成されていないということになる。

これらの点は物語の中で大きく鍵を握ってくるので忘れないで頂きたい。

椿はあくまでも「鯤が生き返り、人間の世界に戻っていってほしい」と願っている。「生き返った後も一緒に居たい」と思っている様子は見受けられない。命の恩人とはいいつつも、あくまでも違う世界の生き物であることを認識しているからだろう。

この事柄だけに注視すると、異世界の住人である椿と人間の魂を宿す鯤はずっと一緒に居られないという事になる。これは紛れも無い事実だ。そうした経緯をたどると、この時点で彼女にとっては切ない別れが来る事は既に明確である。

彼女はその事に気付いていたかどうかは現時点で私には明確な答えは分からない。けれど私は「物語の途中から薄々と気付いていたのではないか」と推測したい。

なぜなら、彼女は運命に逆らう気や、それらに対し反感を抱いている様子は見受けられないからだ。

「人間を生き返らせる」という異世界においては禁じられている行為を行う椿のもとには様々な天災が降り掛かってくる。その災難はやがて異世界の住人にも襲いかかる。そうした変動が起こり始めるうちに、彼女はその事に気付いたのではないかと私は推測する。


[少し大胆な行動]


椿が「人間の青年を生き返らせる」という決断を下した以降、彼女は大胆不敵ともいえる行動を起こす。

まず一番に思い当たるのは自分自身の寿命半分を差し出し、青年の魂を蘇らせたということだろう。椿にとってはかけがえの無い命の恩人だ。とは言えども、普通の少女が寿命半分を犠牲にしてまで恩返しをするだろうか。

また椿の住む異世界の住人のもとへ大波が押し寄せて来て、皆が命の危機にさらされた際も、椿は自らが持つ魔法を使った。大樹に自らのパワー(魔力)を与え、大樹をより大きなものにしそれを壁とした。それに伴い椿は1度死んだが、結果的に全員の命を助けたのだ。

ここで死んだ理由としては椿が魔力を使い切ったからなのか、それとも椿が大樹の一部となったのか...真相は不明である。

それだけではない。両親や住人の反対を押し切ってまで人間の魂を宿す鯤を守り続けた。それに付随した行動からも椿の決意は非常に固く見える。異世界においては恐らく初の事であっただろう。

その少し大胆な行動が、結果として彼女に奇跡をもたらす。

椿が鯤と運命を共にするのだ

異世界の住人 椿と、人間 鯤が同じ世界に住む事は不可能であった。しかし、物語の序盤から様々な過程を経てこのような結末となった。

まずは魂の番人と取引をして魂を取り戻すところへ遡る。青年(鯤)の魂を取り戻した事は承知の通り。ここで肝心なのはその様子である。番人は椿の魂を一部体内から抜き取り鯤に宿している。しかし、その一部を番人自身が保管した様子が作中では伺えるのだ。これが後に鍵となる。

次のポイントは椿が大樹に魔法を使い死んだ場面。椿は死んだが、鯤は生きていた。椿が死んだ事は鯤も分かっていたようだ。鯤は椿の大樹の枝を折り、向かい側からやってきた魂の番人のもとへ泳いだ。

番人は布袋から「椿の魂の一部」を取り出し、その枝と融合させる事で椿を生き返らせたのだ。恐らくだが、枝にも椿の魂の一部が宿っていたものと思われる。「椿が生き返る」ということも紛れもない1つ奇跡であろう。

椿が人間の世界へ行けたもう1つの理由。それは椿の親友である湫が自らの命と引き換えに魔法を使い、椿の魂そのものを人間の世界へ送り届けた事である。

湫も魂の番人に接触する場面があった。恐らくその時に椿を人間の世界へ送り届けるにはどうしたら良いのか相談を仰いでいたに違いないであろう。答えのヒントとなり得る言葉を番人が実際に発する場面も確認出来る。湫は椿が鯤と共に人間の世界へ行き、2人で幸せに暮らしてほしいとの願いからこのような行動を起こしたとみられる。

椿は涙ながらに彼の想いを受け入れ、最終的には鯤と運命を共にしたのだ。


椿や湫の行動が極めて大胆と言えるのはもうお分かり頂けただろう。私はこの節において度々「大胆」という言葉を使用した。これは作中終盤のナレーションで使用されていた言葉を拝借したものである。

そのナレーションを要約したものがこちらだ。

人生は旅立ち。成果が現れるのに何世代待つのか。
命は短く、いずれは死ぬ。
恋に落ち、山を登り、夢を追い...。人生は少しくらい大胆なくらいが良い。でもわからないことばかり。答えがあるとも限らない。でも天が命を与えたのは奇跡を起こすためだと思う。

このナレーションの台詞がこの物語が鑑賞者に伝えたい事柄を語っており、椿は作中においてそれらを体現したと、私は感じている。

椿は異世界に戻った後、これらの行動を起こさなければ家族や周囲の住人同様の人生を送っていたかもしれない。それはそれで幸せになれたかも分からない。しかし「大胆な決断」により椿の人生は大きく変化したのは紛れも無い事実だ。

毎日仕事にいって、食べて、寝る。地球上の人間達の殆どはそのような生活だろう。大胆な行動にはリスクが伴う。失敗を恐れたり、厄介ごとを避けたいと思うのは人間の本能であろう。日本人には尚のことかもしれない。

しかし「短い人生、本当にそれでいいのかい?少しくらい羽を伸ばしてもいいんだよ」と、物語が人々に問いかけているように聞こえるのは私だけだろうか。そうではないことを願いたい。


[決断の後押しをしたもの]


ご覧頂いたように椿は命を惜しまず大胆な行動をとってきた。

何故、彼女はこのような決断を下せたのか。

全ての源は心にある優しさである。

危険を顧みず鯤を庇い続ける姿勢、命の恩人である人間の青年を生き返らせたいという想い、天災から皆を救いたいと願う想いなど、椿は非常に他人を思い遣れる気持ちがある。

しかし、その気持ちだけでは中々ここまでの行動は起こせないであろう。

その気持ちを更に後押ししたのは”爺や”である。爺やは死去する間際に椿にこう語りかけた。

「優しい心を持っていれば人に反対されても良い。心に従いなさい。」

椿には危険を冒しながら鯤を庇い続ける事に迷いが生じていたかもしれない。その迷いを払拭し、彼女の決断を後押しし、勇気づけたのは紛れも無く爺やのこの言葉であろう。

彼女は自らの心に従い、行動した。

それが全てである。


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いかがでしたでしょうか?

今回初めて海外アニメに関する記事を書きました。

私もまだまだ理解しきれていない面も多くありますし、下手な文章ではあると思いますが、この映画に関して少しでも興味を持って頂けたら幸いです。

また面白い作品がありましたら紹介したいと思います!

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