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【願いの園】

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これは種の営み 【不定期更新】 藤田知仍は、気づくと不思議なところにいた。 あまりに突飛な場所ゆえに夢だろうと結論付けたけど、そこに一人の青年が現れる。 塾で知り合い、今では疎遠…
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2022年9月の記事一覧

【願いの園】第二章 07

【願いの園】第二章 07

まだ生きてるかもしれない。警戒してしばらく浮いていたけど、泡の一つも立たず、どうやら無事に倒せたようだった。これで安心できるだろう。

ちょうど抱き留める力が緩んでいたから、私は彼女の片手を握ってから脱出した。彼女が驚いた顔をしていたからもう一方の手も握る。

「一人で飛んでみなよ」

私は言った。

ビビリといじっていたときは随分と快活だった彼女も、いざ一人で飛べと言われたら緊張するらしい。すっ

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【願いの園】第二章 06(2)

【願いの園】第二章 06(2)

目の前に妖精がやって来た。
てのひらサイズの人の形で、青を基調とした服を着て、シオカラトンボのような透明な羽を生やしている。女の子っぽい。彼女は背後に指を差す。湖の方だ。

「『こっちに来い』って言ってるんじゃない?」吉岡さんが言った。

立ち上がってお尻の砂を払うと、すぐに吉岡さんが後ろから抱き着いてきた。それだけなら分かるけど、ぐりぐりと私を押すのはどういうことだ。
「移動に制限があるでしょ?

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【願いの園】第二章 06(1)

【願いの園】第二章 06(1)

ちょうどサスペンスドラマで犯人が追い詰められるような崖に降り立った。いや、隠岐の摩天崖のように鋭く突き出て切り立っていると言った方がいいのかな。とにかく、先端にいる。下が巨大な湖になっていて、数百メートルはある。落ちたら死ぬ高さだ。

森の境界線は崖から随分と離れていて、仮にムカデの登場に狼狽してしまっても落ち着きを取り戻せるだけの余裕はありそうだ。

「きっつ」

と悪態をついて吉岡さんは勢いよ

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【願いの園】第二章 05

【願いの園】第二章 05

場当たり的にやるのもどうかと思い河西くんをヒントにアプローチは準備していた。まさか初っ端から応用を求められるとは思っていなかったけど。

「元気にしてた?」

初対面の体で進められる自信がないため、素直に『約二年振りの再会』の感じで挑んだのだけど、自分でも分かるぐらい声がぎこちない。顔もたぶん強張っている。

「藤田さん。やっぱり藤田さんなんだ」

確かめるように呟く吉岡さん。

この状況を彼女は

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【願いの園】第二章 03,04

【願いの園】第二章 03,04

ホワイトアウトした視界は数秒で色彩を取り戻した。

眼前に広がるのは、新緑の生い茂る森。比較的背の高い広葉樹から木漏れ日が落ち、抜け感があって輝かしい雰囲気を持っている。よく晴れて少し高めの気温、風が吹けば涼しいぐらいで、五月って感じだった。正面には遊歩道らしき道が通っていた。乗用車一台が余裕を持って通れそうな幅で、ハイキングにちょうど良さそうな緩い傾斜。

さて、人はどこだろう。

ざっと見渡し

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【願いの園】第二章 02

【願いの園】第二章 02

「こんばんは、藤田さん」

気づくと目の前に兎梅ちゃんが座っていた。学生服らしき姿で、歓迎とも迷惑とも取れない平坦な声と表情だ。その背後にはシックな内装――管理棟のラウンジと確認でき、奥にはガラスの壁があって、遠景に草原と雲海が見える。挨拶に対して真っ昼間の明るさだった。

ちゃんと『願いの園』に呼んでもらえたようだ。

昨日と逆で、入って左側の席にいるのだけど、これは単純に来客用と呼び出し用で分

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【願いの園】第二章 01

【願いの園】第二章 01

アラームがけたたましく鳴っている。
寝惚け眼には見慣れた天井。朝だった。

なんだか凄く疲れる夢を見た気がする。凄くだるい。二度寝したい。早く夏休みになればいいのに。怠け者な私とは対照的に枕元ではスマホが一生懸命仕事しており、うーんとうめきながらガシッと掴んでアラームを止めた。入れ替わるように蝉の声が聞こえてきて、起きなきゃなぁと。ふわあ、とあくびしながら部屋を出る。

午前七時前であり、汗をかく

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【願いの園】第二章 00

【願いの園】第二章 00

端的に言って、私は彼女が嫌いだった。

まず協調性がない。

決して空気を読まない訳じゃないけど、「これだけやったら十分でしょ?」と言わんばかりに最低限しかやらない。合唱祭とか体育祭とかみんなで頑張ろうってときにも冷めた顔して適当に流して。本気でやってる人だっているのに平気で踏みにじる態度が本当にムカつく。

とはいえ、これは仕方ないと理解してる。嫌がる人に無理させるのも違うし、向き不向きだってあ

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【願いの園】間章1

【願いの園】間章1

一軒家の一室で、学生服姿をした三人の青年がテーブルを囲ってあぐらをかいていた。まだ陽の高い時刻で、クーラーが絶賛稼働中である。その一人である祷吏は、二人に向かって真剣に話し出した。

「多様性の促進は争いの火種をばら撒く側面を持っていることに気づいた」

二人は揃って難しい顔になるが、祷吏は構わず続けた。

「考え方が増えればそれだけ対立する意見が増えるんだから、気づいてみれば当たり前のことなんだ

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【願いの園】第一章 07

【願いの園】第一章 07

いつの間にか、芝の上に立っていた。
広々とした青天井、広々とした平地。まるで雲海に浮かぶように円形の土地であり、私はそのふちに立っている。

そしてその中央――前方数十メートル先に、平たい丸缶のような建物が立っていた。窓からして三階建てで、白を基調として、ホテルのように豪奢な外観をしている。

「あれは管理棟です」

左隣から少女の声があった。さっきの少女だけど、その服は小学校の制服のようなものに

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【第一章】06(2)

【第一章】06(2)

「ありがとう」
そう伝えて手を下ろしてもらった。
目元を拭って、息をつく。

「さて」
彼は切り替えるようにして明るく言った。
「島の心臓部に向かいましょう。どうせこの上ですし」

ドキッとして顔が強張った。だってそれは、物語のクライマックスを迎える場所。

終わり……。

「藤田さん?」
心配そうに覗き込む河西くん。
「だ、大丈夫」
咄嗟にそう答えてしまった。
「では行きましょう」

「…………

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【願いの園】第一章 06(1)

【願いの園】第一章 06(1)

この島の街並みは中心部に向けて変化していく。端っこは油っこく無骨な世界。そこに、豪快かつ華麗なバロック様式のような装飾が多くなっていく。例えるなら飲み屋街に美しい彫刻が設置されていくような感じ。
私たちが下車したのはそれがちょうど半々ぐらいのところだった。

「ここに来たら、行く場所は一つですよね」

間違いない。私は大いに頷いた。

私たちは列車でショートカットしてきたけど――アニメでもカットさ

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【願いの園】第一章 05

【願いの園】第一章 05

私にとって、家は居場所と言えなかった。
具体的な時期は分からないけど、少なくとも小四ぐらいには両親に歯向かうことを諦めていた。

母さんの好きな言葉は『自分らしく』だった。だから私が文句を言うと「人の生き方を否定するなんて最低」とよく言い返された。父さんも『みんなそれぞれ』と言って母さんを擁護するし、世の中は『自分らしく自由に生きることが正しい』という風潮だったから否定できなかった。

人が傷つく

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【願いの園】第一章 04

【願いの園】第一章 04

島の端(クジラの尾)にヘリポートのようなスペースがあって、それこそヘリのようにロボットはゆっくりと着陸した。羽が収納され、ドア(腕)が開く。

その瞬間に力が抜けてへたり込んでしまった。安堵もだけどそれよりも、ずっと力んでいたせいで疲労感に襲われていた。そんな私を、
「失礼します!」
と勢いよく腰から抱え上げる河西くん。びっくりして、胸の辺りにあるその顔を見るも、彼は横を向いていて、その視線を追っ

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