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【願いの園】第一章 04

島の端(クジラの尾)にヘリポートのようなスペースがあって、それこそヘリのようにロボットはゆっくりと着陸した。羽が収納され、ドア(腕)が開く。

その瞬間に力が抜けてへたり込んでしまった。安堵もだけどそれよりも、ずっと力んでいたせいで疲労感に襲われていた。そんな私を、
「失礼します!」
と勢いよく腰から抱え上げる河西くん。びっくりして、胸の辺りにあるその顔を見るも、彼は横を向いていて、その視線を追って、私は島に臨んだ。

ダークで未来レトロ。
かすかに油のにおい。

上空から見たよりも圧倒的な壮大を以てスチームパンクな機械ぐんが立ち並んでいた。正面は倉庫のような形をしたプラットホームで、黒光りする蒸気機関車が何台か停車している。駅の周辺は工場地帯よろしく無骨な建物が立ち並んでいる。

駅の中には様々な装置や、血管のように張り巡らされたパイプたちがあって、どれも美しくくすんでいる。所々で蒸気が吐き出され、大きなプロペラが風を送っていた。

そして、なんと言っても、歯車。維持や整備を考えたらこんな使い方しないでしょといった具合に大小様々な歯車が露出している。ぐるぐる回っている。荷物を昇降したり、ドラゴンのオブジェだったり、単なるデザインにしか見えないものだったり。他にもたくさん。

どくん、と。
興奮が胸を打つ。

「凄いですね!」

河西くんも少し興奮気味に見ていた。と次の瞬間こちらを向いて、目が合った。つい口を固く引き結んでしまう。

「あ、すみません」とうっかりしていたように謝って、丁寧に私を下ろした。のだけど、私が脚にうまく力を入れられず彼に寄りかかってしまった。慌てて離れようとしたその肩に彼はさっと腕を回す。

「少し休みましょう」

私はこくりと頷いた。そのまま顔を上げられなかった。
どこを見ればいいんだろうと視線が彷徨さまよって、ふとロープに目がまった。

「そうですね、まずはロープを外さないと」

同意するような調子で言う河西くんだった。

一緒に膝をつく。結構キツく結んでるけど手でほどけるのかなと思ったのと同時にして、彼は自分のお腹辺りに手を入れた。ついそれを目で追ってしまうと、気づかれたのか、

「この服、直衣のうしと言うんですが、えっと、実際よりも簡易的なもので、ここにチャックのついたポケットがあるんですよ」

と教えてくれた。確かにチャックの開く音がして、何かが取り出された。結構ゴツめの折り畳みナイフだ。
それを服との間に差し込んで手早く切断してしまった。続いて命綱も切断し、全てのロープを回収した。お腹の収納スペースに仕舞う。少し名残惜しさを感じたのはきっとまだ恐怖が残っているから。

もういいよね。

私はロボットの胴体に背中を預けるようにして座った。なんだか湯船に浸かってるみたいだった。顔を上げて、遠いような近いような距離の雲の壁を見つめる。

河西くんは横の、ロボットの腕に腰かけた。確認するように雲の壁を一瞥し、安心した様子で正面に向き直す。それからお腹の収納スペースから糸の輪っかを取り出した。始めたのはあやとりだった。『のうし』と言うらしい服の長い袖が上下にするする動く。

「…………」

白い雲を背景に男子高校生が和装であやとりしてる。
不思議と胸の辺りがムズムズしてくる。
こういった感情はなんと表現すればいいんだろう。

――などとアレコレ考えながらもちゃんと休んで、何分経っただろうか、行けそうと判断して立ち上がった。

ほぼ同時に彼がとんと下りる。

「休みたいと思ったらすぐ伝えてくださいね」

頷いて。
二人揃ってロボットから降りた。正方形のタイルが精緻に敷き詰められた足場。確かめるように何度か足踏みしていると、隣でロボットが立ち上がった。

「ここまでありがとうございます」と河西くんがお辞儀して、私も慌てて続いた。ロボットの頭部で光が点滅する。彼は続いて「後でお願いしますね」と言った。帰りのことだろうか。

「行きましょう」

促され、私たちは踏み出した。広々とした通路を行く。私は少し名残惜しさを覚え、一度振り返ってロボットに小さく手を振った。返答するように頭部で光が点滅した。

通路を抜けバリケードを越えて、駅の入口に立った。倉庫みたいと言いつつ吹き抜けの大型ショッピングセンターの方が近いかもしれない。それぐらい広い。天井もガラス張りで日差しをよく取り込み、一部が開いて換気口となっている。それでもなお、圧迫感と重厚感を与えてくる質感を持っている。

高い天井を支える太い鉄の柱と、コンクリートらしき床、金属のぶつかる音や歯車が回転する音が響いていて、僅かに蒸気の噴出する音がする。油と金属のにおいが充満し、こもった熱が少し不快に感じられた。

左右にはお店が入り、至るところにロボットがいる。店員、駅員、掃除や運搬など様々な仕事があり、それに応じた形状や衣服を備えている。

正面には改札、そしてプラットホームだ。
ホームの左右に一台ずつ、計四台が停車しており、ちょうどピューと笛の音がして、一台が発車した。石炭を積んでいないのに蒸気を盛大に吐き出して、ゴトゴトと走り去る。

駅員の人型ロボットがそれを見送ったのち、近くで清掃していた筒形のロボットに話しかけていた。と言っても光を点滅させてるだけだけど。

「アニメ通りですね~」
感心したように河西くんが呟いた。「わくわくします」
ずっと畏まっていた河西くんがきらきらと目を輝かせていた。私はようやく安心できた気がした。

「どこから行きましょうか」

非常に悩ましい。順番なんて考えたことないし。

何か面白そうなものはないかと見渡してみたら、左の建物の階段横に変なオブジェを見つけた。遠いからよく分からないけど、銅像を設置するような立派な台座の上にある。

とりあえずそちらを指差した。彼を見上げながら小首を傾げつつ「あれはどうかな?」という表情を作って提案であると示す。

「分かりました。行きましょう」
河西くんは二つ返事で了承して、私を促しながら踏み出した。

それから色々見て回った。

最初のオブジェは、歯車で構築された脳みそだった。こんなのアニメに登場したっけ? と疑問に思うも検証のしようがないため、すぐに奥の建物の中に入った。

細かく見てたら一日で終わらないから、めぼしいものに絞って、左の建物を見終わったら連絡通路で右に移動。やがて改札前に戻ってきた。それと並行して探し物をしていたのだけど成果はなく、仕方なく次へ進もうとしたところで、目当てのものを発見した。

ゴトゴトとたくましい動輪の音。
列車は油っこい地帯を過ぎて行く。

私たちは上品な深紅の織物を張ったクロスシートを、向かい合う形で座っていた。河西くんが進行方向に背を向け、街を置き去りにする様を車窓から眺めている。私には逆の景色が見えたけど、無数の風車ふうしゃ、遠くの森、その向こうの青空は変わらないように思われた。

雲はすっかり晴れている。

乗客は私たち以外にいない。人間のためだけに設計された内装だからロボットも乗っておらず、唯一運転台だけにロボットが立っていた。

列車の音が、際立って聞こえる。

「次の停車場で降りましょうか」
と言って、どうしますか? と問い掛ける表情をこちらに向けた。

私はここらではっきりさせておこうと思った。改札横の駅員室で入手した鉛筆とメモ用紙をポケットから取り出して、ひじ掛けで一文書いて、突きつける。

河西くんは前かがみになって文に目を走らせる。

『のうしって服があるんだね』

直後、クスっと自嘲的な笑みを浮かべ、「あー」と予期していたように苦笑すると、ゆっくり姿勢を戻した。

「やっぱり気づかれてましたか」

実は半信半疑だったけど――夢であれば服の名前だって捏造される可能性はあるから――でもこれで確信してよさそうだ。
「じゃあ、改めて」と河西くんは居住まいを正すと、モナリザを思わせる微笑と落ち着きを纏って、言った。

「久しぶりですね、藤田さん」

その調子は崩さないんだ。
ちょっと残念な気持ちだったけど、すぐに切り替えて、私も挨拶しようとした。でも、開きかけた口はぴくっと止まる。仕方ないので頷くことで返答とした。

いやあ、と彼は気恥ずかしそうに首を掻く。

「藤田さん、髪が伸びてますし、大人っぽい雰囲気になってますし、実はちょっと緊張してたんですよね。服もお似合いですし」

こちらまで恥ずかしくなるようなことを言う。つい目を逸らし、それを誤魔化すようにひじ掛けに向いて、返答を書いた。

『河西くんも変わったね。すっかり大人びてるし、かっこいいよ』

「そうですか? 嬉しいですね」河西くんは満更でもないように腕を組んでうんうんと頷く。しかし、最後に顔を上げたとき、その双眸にはゾッとするほど強い意志が宿っていた。

「でも、『太陽の塔のように生きたい』って信念は今でも健在ですよ」

なぜか思い出したのは、あのスサノオと名乗った男から感じた畏怖。あの威圧されるような感覚だった。それでいて、遠くに行ってしまいそうな。

それが、なんだか、あの男の言葉に真実味が帯びるようで。
尋ねずにはいられなかった。

『河西くん、今何してるの?』

「藤田さんとデート?」

疑問形のくせにキリッとした表情で言いやがった。
殴り書きで、『これは違うでしょ』とジト目で突きつける。

「すみませんすみません」
と彼は冗談めかしつつ、両手でなだめるような身振りをした。「それにしても、藤田さんがこのアニメ好きだったなんて知りませんでしたよ」
露骨に話題を逸らした。
改めて『何してるの?』と書いた紙を突き出す。

うーんと本当に困った顔をする河西くん。

「それは答えられないんですよね」

言ってすぐ何か思い出したようで、彼は続けた。

「でも、一つだけなら言えることがありますね。でも、単に答えるのも嫌なので、藤田さんにも質問に答えてほしいです。交換条件ってやつです」

『質問次第だけど』

そう返すと、彼はさっきの質問ですよと微笑した。

「このアニメを好きになったのはいつですか?」

そんなことでいいなら。

と気楽に書き始めたけど、手が止まった。これは河西くんを責めるような印象を与えかねない。でも、すぐに思い直す。

『河西くんが塾を辞める直前』

一応寂しい表情を作ってるつもりだけど、ちゃんとできてるかな。
不安になりながら彼が読み終えるのを待った。

「あー、塾か」

河西くんは申し訳なさそうに言った。

「本当は辞めるつもりなかったんですけど、母親が早まっちゃったんですよね。色々あって『違う』と言い出せる空気じゃなくて、そのまま、って感じで」

そうだったんだ。
そんな理由で良かったと安堵し、ちゃんと伝わったんだと重ねて安堵した。

『次は河西くんの番』と促す。

彼は「私がやってることですよね」と質問を確認してから、背筋を正した真摯な面持ちで、まじめな風に言った。

「一つ言えるとしたら、藤田さんを笑顔にしたいってことですかね」

なっ……!

『冗談もいい加減にして!』
字がかなり汚くなってしまった。

「ほんとだよ」

河西くんは微苦笑しながら優しい声音で言った。その真摯な眼差しからは欺瞞は感じられなかった。

「心の底から本気で、藤田さんを笑顔にしたい。どれだけ疑われても私は貫きますよ。それが私が今ここにいる理由ですから」

どうしよう。
どこまでもまっすぐに言われてしまった。

続けて、

「藤田さんは自己評価が低いと言うか、いや、自他共に認める取っつきにくい人ですけど、私は――」

言いかけたところで、列車が駅に到着した。河西くんは一瞬窓の外に顔を向けて、速やかに立ち上がり「行きましょう」と促した。
流石に続きが気になって、立ち上がりながら要求の視線を向け続けてみたら、彼は、

「ちょっとイジワルしたくなるって言おうとしたんです」

悪い笑みを浮かべて冗談めかし、一人で先に行ってしまった。

それが不思議と悪い気がしなくて、それはそれでどうなんだと思いつつ。

なんだろう、ずっと距離を取られてるのは間違いないとして、ずっと煙に巻かれている感じがする。本当のことを混ぜながら嘘をつかれてるような。

ねえ、河西くん。
 またどこか行っちゃったりしないよね……?

最後まで読んでいただきありがとうございます