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子供が苦手な指導員

フリーター生活を1年経て、無事に家から通える就職先を見つけた。

所謂、発達障害を持つ子供たち(主に小学生だが)の支援機関だ。教員免許をせっかく取ったので使えるところはないかと探したら、ぴったりの所が見つかった。就活とは本当にタイミングでしかない。


私が入社したのは、次の新入社員が入ってくる2ヶ月前。中途という枠で、今までにない早さの内定が出た。というのも、一次面接が本社であった帰りの車で、数分前に行った面接の結果連絡を受け取った。あまりにも早すぎて不安しかなかった。面接にいた社長も、なんだか掴めない不思議なおっちゃんだった。

「もし小学生に戻ってシンデレラの劇をするなら、どの役がしたい?」

業務内容に関する質問が人事からされる中、社長の質問だけ浮いていた。長机に座った3人のおじさんの中でも、一番カジュアルな雰囲気を出していたのが社長だと気づいたのはもっと先の話である。そんな社長の大喜利のような問いかけに、できるだけ正直に、だけど安直なものは避けて答えた。

「王子様ですかね?」

まず突然のシンデレラに、脳内に現れた登場人物は魔女か姫か王子しかいなかった。背が高くて刈り上げショートだったので、王子はうってつけかと思い回答。

「あ、舞台に立つ方なのね」

社長の呟きに「外した〜」と心の中で叫んだ。裏方もありなのかよ。面接中盤のこの質問で、半分やけっぱちになった私に社長は続ける。

「表情は顔に出やすい?」

もうこれは深読みして外すより正面突破だ。

「出やすいです」

するとマスクを取ってみて、と抜かすではないか。微笑みは苦手分野なので、盛大な苦笑いを披露した。社長は首を捻って納得しないご様子なので、この会社はないなと確信した。ところが採用である。もう何も信用できない。



そんなこんなで入社を果たした私は、子供の前に出るために1ヶ月研修をする。この研修がなかなかに常軌を逸している。4畳半ほどの窓もない個室でひたすら子供がいるとイメージしてロールプレイを繰り返すのだ。朝出社してから帰るまでの8時間、外に出られるのはトイレとお昼ご飯の時のみ。マジックミラーになった出入り口のドアは、こちらから外の様子は見えないようになっている。こんなことを言ってはいけないことはわかっているが、囚人になった気分だった。開始3日目にして、1日の中で空気を眺める時間がとても増えた。

こんなにひとりの時間が多いと、ここは何かしらの研究所で、サンプルとして生活しているのだとかいう妄想癖が加速してしまう。正直かなり危険な状態ではあった(笑)同じタイミングで中途入社した方がいなかったら、きっと壊れていただろう。その方とは1週間もたたないうちに、1日の大半を一緒に過ごすことになる。そして月1で遊ぶ仲にまでなった。仲良くなるには十分すぎる環境だった。


今まで幼児とまともに関わったことがなかったので、ロールプレイはとてつもない想像力が求められた。2歳とか3歳とか言われても、どのくらい何が大体できるのかは知ったこっちゃない。屁理屈と文句が売りの私に、子供を褒めまくれとは無茶なことを言う会社だと最初は思っていた。おまけに1時間のレッスンで歌を歌いまくる。童謡や幼児向けの歌はなぜあんなに高音なのか誰か論文を書いていないだろうか。こんな荒療治の研修をするなら、ボイストレーナーをつけて欲しいところである。ちなみに三部合唱だと私は断然アルトな音域である。

幸いにも、今は小学生を任されているので元気に口喧嘩とおしゃべりを楽しませてもらっている。目には目を、歯には歯を、屁理屈には屁理屈をとハンムラビ王も言っている。(言ってない)大人気ないが、子供にもわかりやすく滑らかに黙らせる言葉のために頭はフル稼働だ。

私「席に座ってね〜。座らないならそこでお返事してよ」

子供「は〜い(おじいちゃんみたいなモノマネ)」

私「おー、おじいちゃん腰が痛いだろ。まぁ座り」

子供「(座る)」


この仕事をする前は小学生は小中高の中で一番関わりたくなかったが、スレてないピュアを目の当たりにしてから彼らの反応を楽しみにレッスンをしている気がする。食わず嫌いだったのだろうか。無理に子供に自分を合わせる必要もないのだと今は少し思う。お互い対等に、尊重して関係を構築していく。大人も子供もあまり変わらない。腹の立つこともあるが、なんだかんだしっくりくる場所で働けているのかもしれない。仕事が決まってから始まるまで散々文句を言っていたのだから、私は厳禁な奴である。

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