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「COVID-19との同時流行を想定したインフル診療の勘所」

TONOZUKAです。



COVID-19との同時流行を想定したインフル診療の勘所

以下引用

2020/21シーズン(昨シーズン)は姿を消したインフルエンザが、2021年夏~秋にアジアの亜熱帯地方で流行。わが国でも、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とインフルエンザの同時流行に対する警戒感が高まっている。昨年に入り、COVID-19とインフルエンザの同時診断キットも登場し、COVID-19ワクチンの接種が進んだ。一方、インフルエンザワクチンは昨シーズンよりもやや供給が少なく、接種が遅れている。本稿では今冬のCOVID-19流行下におけるインフルエンザへの対応を考える。


例年、冬から春にかけて流行する季節性インフルエンザが、2020年春~2021年夏頃までの1年以上、世界の多くの地域でほとんど流行していない。この理由として、COVID-19に対するマスク着用、手指衛生、三密防止などの感染対策や、ウイルス干渉、海外からの入国制限・検疫などの効果が指摘されているが、はっきりとしない。

 COVID-19は、日本でも昨夏の第5波が第4波までの感染者数をしのぐ大流行となったが、昨春からのCOVID-19ワクチン接種によって、感染や重症化の抑制が可能になりつつある。ただ、わが国では同ワクチンが対象外とする12歳未満を含めた若年層の感染リスクは依然として高く、さらに中高年でもブレークスルー感染が増えており、発熱患者では常にCOVID-19を想定して診療する必要がある。

 本稿では近年のインフルエンザの流行、治療やインフルエンザワクチンの現状を再確認するとともに、COVID-19流行下でのインフルエンザへの対応を考えたい。

最近の国内外のインフルエンザ流行状況

 2021年夏、南半球の豪州、ニュージーランド、南アフリカなどでは2020年夏と同様にインフルエンザの流行は全く見られなかった1)(図1)。しかしアジアでは、亜熱帯地域を中心にインフルエンザの流行が確認されている。ベトナムでは、一昨年秋から昨年頭にかけてA香港(H3N2)型(以下、A[H3])が流行し、パキスタンでは一昨年末から昨年前半にA(H3)とB型が流行。そして現在再びA(H3)が小流行中だ。また、バングラディシュでは一昨年秋にA(H3)、昨年前半にB型、最近はA(H1N1)pdm09型(以下、AH1pdm09)が流行している。さらにインドでは一昨年春から昨年の夏前まで全く流行がなかったが、昨夏以降、A(H3)、次いでB型が大流行している。このほか、最近では中国でもB型が少し流行している。なお、現在流行しているB型は世界的にほとんどがビクトリア系統である。


国内では、一昨年は全く流行が見られなかったRSウイルスが昨夏に大流行した。同様に、インフルエンザも昨シーズン流行しなかったことで、小児などを中心にインフルエンザに対する免疫の低い年齢層が増え、国内で流行する可能性が高まっているとして日本感染症学会も警鐘を鳴らしている2)。

 図2に日本臨床内科医会(日臨内)の調査による、過去18シーズンに流行したインフルエンザの型・亜型を示す。特に直近数シーズンでは、2シーズン続けて同じ型・亜型が流行することはむしろ少なく、毎シーズン型・亜型が入れ替わって流行している3)。このことは、どの型・亜型についても流行しない年にヒトの免疫が低下し、また翌年か翌々年に流行する……ということを繰り返している可能性を示している。インフルエンザが最後に流行した2019/20年シーズンは、ほとんどがAH1pdm09で、それも2020年の早い時期にほぼ流行を終えている。そして2020年の3月以降から2021年10月現在までどの型、亜型もほとんど国内で流行していない。特に今後、入国制限を含めたCOVID-19対策が緩和された場合、いずれの型も流行する可能性は否定できない。


今冬の発熱患者の診断

 COVID-19は、厚生労働省がまとめている「診療の手引き 第6版」でも、初期症状がインフルエンザなどと似ており、発症初期に両疾患を区別することは容易ではないことが示されている。発熱、咳嗽、倦怠感などは両疾患にほぼ共通し、インフルエンザや感冒と比較してCOVID-19では鼻汁・鼻閉は少なく、嗅覚、味覚障害が特徴的とされているが、嗅覚、味覚障害の頻度自体はあまり高くはない(いずれも3.0%、ただし13~17歳は20%強)。ただ、COVID-19では発症から1週間ほどして肺炎を起こすと、酸素飽和度の低下、呼吸困難、高熱の持続、激しい咳なども見られる。

 先述の通り、今冬はCOVID-19とインフルエンザが同時に流行する可能性があり、かつ発熱患者などの発症初期において季節性インフルエンザとCOVID-19の症状による鑑別が困難であることから、厚労省も2021年9月28日付の事務連絡で検査診療体制の整備と充実強化を各都道府県に求めている。

(1)インフル・コロナ同時検出キットと単体キット

 今冬のインフルエンザとCOVID-19の診断の進め方の例を図3に示す3)。発熱、倦怠感、咳などのインフルエンザ様症状があり、もしも周囲にCOVID-19患者がいる場合や呼吸困難、嗅覚・味覚障害などのCOVID-19を示唆する症状がある場合は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の検査を優先することになる4)。また、こうしたCOVID-19に特有の症状がなく、周囲にインフルエンザ患者が多数いる場合や、突然の高熱による発症などインフルエンザが示唆される場合はインフルエンザの検査を優先する3)。また、冬季はインフルエンザ、COVID-19以外にもRSウイルス(RSV)、アデノウイルス、ヒトメタニューモウイルス(hMPV)などの他の発熱疾患もしばしば見られるため、必要に応じておのおのの抗原定性検査キットなどによる検査も考慮する。


そして今冬、インフルエンザとCOVID-19が同時に流行し、かつ症状や周囲の状況から両疾患の鑑別が困難な場合は、両方の抗原定性検査などを最初から実施することを考慮する。インフルエンザとCOVID-19の抗原定性検査では、従来のようにインフルエンザまたはCOVID-19の単体キットを別々に実施する場合のほか、2021年に入り、両ウイルスを同時に検出できるキットも5種類登場した。同時検出キットには検体の滴下部位、測定時間、インフルエンザAB型鑑別の可否などに差異がある(図4)。


診療報酬では、SARS-CoV-2・インフルエンザ抗原同時検出600点(注:2021年12月31日に420点に引き下げ予定)が創設されたため、同時検出キット使用時と単体キットで別々に検査する場合では、診療報酬請求や患者自己負担額も異なる。SARS-CoV-2検査は「診療・検査医療機関」などでは行政検査として患者自己負担がゼロであるため、同時検査キットを使用した場合は、同時検出料と免疫学的判断料144点(月1回公費算定可)は自己負担が発生しない。一方、単体キットで両検査を実施した場合は、インフルエンザ実施料139点が保険診療となり、原則として患者の自己負担が発生する。なお、診察料や鼻腔・咽頭拭い採取料5点などは保険診療で、一部患者負担となる。

 また同時検出キットではないが、イムノエースSARS-CoV-2のように、インフルエンザウイルス、RSV、アデノウイルス、hMPVといった他のウイルス検出キットと検体抽出液を共用できるキットもある。

 SARS-CoV-2抗原定性キットは、2年前に比べて大幅に承認キット数が増え、精度も向上してきた。2年前は、抗原定性キットが発症当日は使用不可で、発症2~9日目の診断に使用することとなっていたが、現在では発症当日から使用できる。ただ、いずれのキットも無症状者には使用できないこと、ウイルス量が少ない場合などには偽陰性もあること、また特異度が高いため、頻度は低いもののまれに偽陰性があることなどに注意を要する。ちなみにCOVID-19単体キット(クイックナビ-Flu+COVID19Ag)の検討では、感度は全症例で86.7%、有症状者で91.7%、特異度は100%であった。ただ、PCRのCt値で層別化された同キットの感度はCt値が29以下では96.7%以上あったのに対して、30以上のウイルス量の少ない群では18.8%と低かった5)。もし抗原定性キットの結果に疑問を感じた場合は、PCR検査等を行うことや、後日もう1回抗原定性検査を実施することが保険診療上も認められている。

(2)検体採取法

 COVID-19の検体採取法として、鼻腔ぬぐい液は自己採取が可能であり、この場合、医療者への感染曝露は限定的で、サージカルマスクと手袋のみでよいとされる。しかし、ガウン、フェイスガードまでを必要とする鼻咽頭ぬぐいの採取に比べると、鼻腔ぬぐいは精度がやや低く、偽陰性などがやや多い可能性がある。

 インフルエンザの検体採取に際して、今冬のようにCOVID-19の感染リスクが高い状況では、昨シーズンと同様に鼻咽頭ぬぐい液の採取時もマスク、手袋以外にガウン、フェイスガードなどの使用が必要となる。ただ、インフルエンザでは、承認されている簡易キット22種類のうち、著者のグループが調べた限り15種類は鼻かみ液が検体として適用となっている。これらのキットで鼻かみ液を患者が自己採取する場合、医療者は感染リスクが低いため、マスクと手袋のみでよい。ただ、COVID-19に罹患していると鼻汁中にウイルスが存在するリスクが高いため、患者から鼻かみ鼻汁検体を受け取る際にはビニール袋で二重包装するなどの注意が必要だと考えられる。また、鼻腔ぬぐい(患者自己採取)や鼻かみ液採取時など患者がマスクを外す際には、十分な身体的距離の確保と換気を行う必要がある。


治療

 2015/16シーズンから2019/20シーズンまでのオセルタミビル、ラニナミビルと、2017/18シーズン以降のバロキサビルについて、各シーズンにおける投与開始後の解熱時間(体温が37.5℃を切るまで)を日臨内で検討した結果を図5に示す。この主要3剤の平均解熱時間は両A亜型間では大差なく、B型ではA亜型よりもやや解熱時間が長かった。また各薬剤間にも解熱時間に大きな差異は見られなかった。


国立感染症研究所の耐性株サーベイランスでは、ノイラミニダーゼ阻害薬のうちオセルタミビルのAH1pdm09耐性ウイルスは、1.6%(2019/20シーズン)と報告されている6)。一方、ザナミビルやラニナミビルでは過去10年間、日臨内データも含めて耐性ウイルスが全く検出されず、この両薬は耐性ウイルス出現の懸念は低い3)。

 バロキサビルについては、国立感染症研究所のサーベイランスで2018/19シーズンにA(H3)で8.0% に耐性ウイルスが検出され問題視されたが、2019/20シーズンに検出されたのは、AH1pdm09の耐性株1例(0.13%)のみで、A(H3)とB 型では耐性株は検出されなかった。また2018/19シーズンの日臨内研究において、バロキサビルが投与されたA(H3)61例中、PA/I38Xの遺伝子変異が確認されたのは4例(6.6%)あり、この4例では明らかな解熱時間などの延長は確認できなかった7)。

 これまでのところ、いずれの薬剤でも耐性ウイルスが広がっている兆候は見られず、現状では抗インフルエンザ薬による治療によって耐性ウイルスが生じ、それが伝播していくことは考えにくい。しかし、薬剤耐性ウイルスの出現は、薬剤治療により誘導される可能性だけではなく、自然界において出現する可能性があるため、耐性化についての継続的なサーベイランスが必要である。

予防

 2020年10月、ワクチン全般において、異なるワクチンを接種する際の接種間隔ルールが変更された。具体的には、注射生ワクチン同士の接種は従来通り27日以上空ける制限が維持されたが、それ以外のワクチンは、前のワクチン接種からの間隔にかかわらず、次のワクチン接種が可能になった(ただし同じ種類のワクチン接種を複数回受ける場合は、ワクチンごとに決められた間隔を守る必要がある)。

 しかしCOVID-19ワクチンについては、現在インフルエンザを含め他のワクチンと同時接種はできない。そのため、COVID-19ワクチンとインフルエンザも含めた他のワクチンとの接種は、片方のワクチンを接種した2週間後(の同じ曜日)以降にもう片方を接種する。なお創傷時の破傷風トキソイドなど、緊急性を要するものは例外として2週間空けずに接種可能である。 

 米国では昨年5月からCOVID-19ワクチンと他のワクチンの同時接種が可能となった(1インチ[25.4mm]以上離して三角筋内に接種)。英国では昨年9月下旬からCOVID-19ワクチンの追加接種とインフルエンザワクチンの同時接種が始まり、両側の三角筋に接種が行われている。なお、SARS-CoV-2に対する米ノババックス社のワクチンの有効性は、COVID-19ワクチン単独で89.8%、インフルエンザワクチンとの同時接種で87.5%と、同時接種でも有効性の大幅な低下はなかった8)。

 また、インフルエンザワクチンと組換えSARS-CoV-2スパイク蛋白質ワクチンの混合ワクチンなどの開発や、mRNAワクチン技術を応用し、COVID-19、インフルエンザ、その他の呼吸器系ウイルスを同時に予防できる混合ワクチンの開発も始まっている。近い将来、インフルエンザとコロナの同時接種、あるいはさらに他の呼吸系ワクチン(RSV、hMPVなど)も含めた同時接種に向けた展開も期待される。

 今年度の国全体の季節性インフルエンザワクチンの製造予定量については当初、約2792 万本(1mLを1本に換算したもの)と通知されており、昨年度の3342万本よりも約2割減、かつ供給が出そろうのも12月2週頃と発表された。2021年10月22日の事務連絡では、製造予定量が約2818万本と若干上方修正されたが、依然として一部の医療機関ではインフルエンザワクチンの入手が厳しい状況にある。

(2)抗インフルエンザ薬の予防投薬など

 予防での使用が可能な抗インフルエンザ薬として、従来からあるオセルタミビル、ザナミビル、ラニナミビルに加えて、2020年11月27日には新たにバロキサビルも承認された9)。ただ、これらの薬剤も予防投薬は保険適用外で自費診療となり、漫然とした予防投薬は耐性ウイルスを誘導する可能性もあるため、予防適用については事前に十分に検討する必要がある。

 また、これまでCOVID-19対策として行われてきたマスク着用、手指衛生、三密対策などはインフルエンザの予防にも有効であり、引き続き徹底することが望まれる。

おわりに

 2021/22シーズンはCOVID-19の第6波が危惧される中で、インフルエンザ流行の可能性も指摘されており、発熱疾患に対しては十分な感染対策を行いながら、的確な診断と治療が求められる。インフルエンザは既に治療法が確立されているが、COVID-19も一般外来で抗体医薬の使用が可能になってきた。さらにCOVID-19に有効な経口薬が国内でも承認されており、外来におけるCOVID-19患者の治療も大きく変わることが期待される。


【参考文献】
1)WHO, Influenza seasonal.
2)日本感染症学会「2021-2022年シーズンにおけるインフルエンザワクチン接種に関する考え方」
3)日本臨床内科医会インフルエンザ研究班編「インフルエンザ診療マニュアル2021-22年版(第16版)」
4)厚生労働省「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き(第6版)」
5)Takeuchi Y,et al. The evaluation of a newly developed antigen test (QuickNavi™-COVID19 Ag) for SARS-CoV-2: A prospective observational study in Japan. J infect chemother. 2021;27:890-94.
6)国立感染症研究所「抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランス」
7)Ikematsu H,et al. Duration of fever and PA/I38X-substituted virus emergence in patients treated with baloxavir in the 2018-2019 influenza season. J Infect Chemo. 2020;26:400-2.
8)Michael J Massare,et al. Combination Respiratory Vaccine Containing Recombinant SARS-CoV-2 Spike and Quadrivalent Seasonal Influenza Hemagglutinin Nanoparticles with Matrix-M Adjuvant. bioRxiv;Posted May 5, 2021.
9)Ikematsu H,et al. Baloxavir Marboxil for Prophylaxis against Influenza in Household Contacts. N Engl J Med. 2020;383:309-20.




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