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短編小説「異邦人」③(終)2022・5・16

二〇二二年五月一六日


 「離してくださいって!幽霊ですよ!呪いますよ!もー死なせてくださいよー。」


 大学生二人組が女と男の小競り合いを見つける。そのうちの一人が明らかに男に向かって叫ぶ。

「おーーーい!智也じゃねえか!久しぶり!お前こんなとこで何やってんだよ。警察のお世話になってんのか?おう?」



 男はものすごく萎縮してこう呟いた。

「お、おつか、お疲れ様です…。」

「元気そうで何より!!またサークルにも顔出せよ!」

「あ、はい。さようなら。お疲れ様です。」


 男は先輩らしき人が去った後、女に背中を向け続ける。男の背中はさっきよりも小さくなったように感じる。女は男の方を掴み、体を強引に反転させる。

「お前生きてるやん!」

「死んでます、死んでます!お化けです!」体重をかけて、橋にしがみつく男。

「死なせへんよ?ここでは死なせへんよ!なんでそんな嘘ついたん?すっかり信じてたわ。あぶな。そこまでして死にたかったんか!」

 女は男をついに橋から引き剥がす。

「はあ、はあ。もう何すか!死なせてくださいよ!」


「なんでそんなに死にたいん!」男は橋に持たれながら言う。

「ちょっと、嫌なことがありすぎて。」

「たとえば?何が嫌だったの?」


「人に嘘つかれたり…。なんにも出来ない自分の事が嫌になったり…。みんなと同じような事ができないんです。僕だけ違う世界から来たみたいで…。僕は普通じゃないんです。みんなが笑っていても、何が面白いかわからなくて。こうづるべきだ、みたいな常識とか、当たり前とかわからなくて!ずっと、ずっとそれが嫌で嫌で…。魅惑ばかりかけて申し訳なくて。自分のことが嫌いで…。」


「…。」


「すみません。大声出してしまって。『サイコパス』とか『厨二病』とか…。そういうのに憧れているのかもしれませんね。お恥ずかしいす。」

「で?結局、自分はみんなと違うから、しんどいって?」

「まあ、そんな感じです…。自分の事が最大限嫌いになって、自分が思っていた人物と違うくて、絶望して。殺したくなりました。」

「嘘でしょ?それが理由?もったいな。」

「死に至る病は絶望っていうでしょ?疲れたんです。勝手に比較して、過大評価して。自分の感情とか行動に疲れたんです。」



「あ、ごめん。私も一個嘘ついてたわ。」

「え?どれですか?嘘。」



「私ね。」

「はい。」


「警察じゃない。」

「…。」


「これコスプレですー。はいっ。ハロウィンです。」

「えぇ?嘘でしょ。」男は初めて笑った。

「ほんま。」


「それが嘘なんですか。変わってますね、あなたも。今もう五月ですよ?遅すぎません?」

「まあねー。」笑う女。


「一般人ですよね?普通自殺しようとしている人止めます?警察官のふりしますか?変わってますね。」

「そうかなー。わたしのことを『変わってる』って言う人の方が、よっぽdp変わってんなあー、って思うけどね。もしかしたら本当に警察官かも知れないし。」


「どっちなんですか笑。」

「どっちだろうね笑。」


「はーあ、なんか疲れました。もよくわかんないです。」

男は地面に座り、空を見上げた。消えかけている星がポツリ、ポツリと点滅を繰り返す。女は男の真横に同じように座る。二人の視界には一番自由な暗闇が広がっている。前も後ろも、明日も昨日も関係があって、繋がってない。もうどうでもいいやって、自由になれる。そんな暗闇。


「ほらこれ。」女は一冊の本を男に差し出す。男は黙って受け取る。


「これ読んでから死にな。」


『異邦人/カミュ著』



「じゃあねー。」女は立ち去った。立ち去った。

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