-10度のオスロの夜に
あのとき感じた匂いも、感情も、今となってはうまく思い出せなくて少し悲しい。
たしか2017年の10月頃。
恋人と別れ、イギリス暮らしにも心身ともに疲弊し、悲しみで声が枯れるということを初めて経験したときのことだった。
今にも命が消え失せてしまいそうなわたしに「せっかくヨーロッパにいるのだから、気分転換に心からワクワクする国へ行くといいよ」と姉が声をかけてくれた。
自分の英語力にも自信が無くなってしまい、なんなら人と英語でコミュニケーションを取ることさえ苦しくなってしまった私にとって海外に行くことはすごく苦しい気持ちでいっぱいだった。
また鼻で笑われたらどうしよう。話を聞いてもらえなかったらどうしよう。発音が通じなかったらどうしよう。
でも「何しに海外に来たんだっけ」と考えに考えたとき、「そうだよ私はヨーロッパの空気からインスピレーションを得たかったんだ…」と原点に気がついた。
そこからはあっという間。
ノルウェイ行きのチケットを取り スウェーデンから デンマーク そして北極圏にわたる計画までして、オスロへ飛び立った。
なんと2万円で行けてしまった。
(ちょうど長期の休みが取れたから私も北欧に行きたい!と姉が言い出し、4カ国を姉妹2人で旅行することになった)
当日、私は飛行機の都合で日本から来る姉の到着日より1日前にオスロへ到着。
空港出るとあたりはすっかり暗くなっていたのでホステルの近くでノルウェイ産ビールを一杯だけ飲んでみることにした。
店員さんとこの辺りで行っておいたほうが良いスポットとかあります?とか、そんな会話を少しだけする。
ビール一杯とナッツだけつまんでホステルに戻った。今回泊まったホステルはとても綺麗で、部屋が簡素な作りだったこと以外は立地的にもとても良いところだったなと思う。
カウンター前のラウンジには大きなソファがあり、いろんな人が思い思いにだらけていた。
ひとりの東洋人と目が合う。
「え!もしかして日本人!?」
彼女は目を丸くして話しかけてきた。ひさびさに日本人に会ったわたしはドギマギしてしまい、コクンとだけうなずいた。
興奮してマシンガンのごとく話しはじめる彼女。うんうんと話を聞きすすめるとなんとびっくり同い年ということが判明。
ちょうど先週アイルランドのワーキングホリデーを1年終えて北欧旅行を経由して帰国するというのだ。
「あー、もう!ちょっと街の探索がてら飲みに行こうよ!」
わたしも駅に着いてからビールを一杯飲んでいたこともあって楽しくなってしまい、2人で夜の街へと繰り出した。
ちょっと雰囲気のいいパブへと入り、これまでの過去の話や、恋愛、仕事、いろんなことを話した。
初対面だからこそ話せる気軽さというのもある。
また会うかもしれないし、もう二度と会わないかもしれない。でも母国語で齟齬なく意思疎通ができる。そんな心地良い久々の関係をお互い楽しんでいた気がする。
ぷつりと店内の音楽が止まり、いきなりバースデーソングが流れ出した。店内は拍手喝采。
わたしたちも酔っぱらった勢いで陽気にお祝いの掛け声に乗っかる。そんなことをしていたら、誕生日の当事者であるオランダ人とスウェーデン人の男性が寄ってきた。
一緒に飲もうよと彼らは言う。
1人だと警戒してしまうけど…今夜は女子2人だし大丈夫か、と思ってすこし苦笑いで承諾。警戒しつつも、結局その夜は男女4人でわいわい朝までお酒片手に語り明かした。
すっかり朝になってしまった頃、さっぱりと切上げ、彼女と2人朝焼けの街をゆるゆる歩きながらホステルに戻った。
変な夜だったね!楽しかったね〜!なんて話しながら。
別れ際、彼女は言ってくれた。
「28歳ともなると適度に夜更かしした遊びをしたくても周りには落ち着いた人が多くてさ、とはいえ20代前半の子達のようにクラブに行ったりして若くはしゃぐことは求めてないんだよね。」
「だからこうやって朝までゆるっとお酒も飲めるなんてすごく楽しかった!気の合う友達ができて本当に嬉しいよ!」
わたしも一言一句同じ気持ちだった。
見知らぬ土地にワクワクしつつも、女ひとりってどうしても危機感があるし自由に遊べなかったりする。
正直、オスロに一人きりで寂しかった。
そんなときに同じテンションで楽しめる子と出会えて本当に嬉しかった。
そして、わたしは英語を話して、他国の人と交流することができて、心の底から幸せだった。わたし、ちゃんと英語を話せてたみたいだ。
「わたしはこの後日本に戻るけど……またビザ取ってどこかの国に行くかもしれない。日本ってあんまり肌に合わないんだよね」
これまでカナダとアイルランドに1年ずつ滞在し、日本でも海外でも看護師をやっていたという彼女。英語も堪能で、これまでの恋人はずっと外国人らしい。
「恋愛もさ、面倒だから1人に縛られない関係がいいな〜」と話していた彼女は本当に自由を愛しているようだった。
「Relationshipは全て不確かで賞味期限があると思うの。永遠なんて誓うもんじゃない。だからパートナーシップが理想的なんだよね」
なるほど、と彼女の言い分に半分納得しつつも、わたしは1人の人と確かな愛情を築く恋愛が理想的だなーと自分の価値観を咀嚼したりもした。
ホステルのラウンジで「またね」と言って別れ、それぞれの部屋に戻った。
翌日、わたしは日本から来る姉を迎えにオスロ駅へ向かった。
あの夜から2年近くが経つ。
あれ以来、彼女とは会っていない。連絡先は交換したけど、知っているのはwhatsappのIDだけ。(海外版のLINEみたいなもの)
わたしのIDが紐付いてる携帯はもう使っていないし、きっと彼女も帰国して携帯を解約してしまっただろう。
あの屈託のない笑顔と文字通りの「フランクさ」を兼ね備えた彼女をたまに思い出す。
今、彼女はどこの国にいるんだろう。きっとどこかで自由に生きて、笑っているんだろうな。またどこかの国のホステルでふらりと出逢えるだろうか。
こうやって旅先で気軽に出逢える楽しさが、わたしは好きだ。
11月が終わろうとしている。指がかじかむひんやりとした夜風を感じ、肌をつんざく-10度のオスロの夜をぼんやりと思い出してしまった。
冬が来るね。
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