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東大院卒と働く中卒が学業を放棄するまでの話⑤/⑨

・前回までのお話

昼飯を抜いて貯めた金で手に入れた
Guns N' Roses(以下GNR)のCDを下校途中の電車内で
開封した少年(私)はライナーノーツに綴られた
彼らの悪行の数々に若干、引きながらも
帰宅するやいなや期待と怖いものみたさが
入り混じった興奮に胸を膨らませラジカセの
トレイにディスクをセットした。
さてラジカセから飛び出してきた音はいかに。

・まくら

「人は十代で夢中になったものを
一生、好んで生きていく」
たしかSONYのウォークマンが発売されたときの
キャッチコピーだったと本か何かで読んだ。
激しく同意する人は少なくないであろう
秀逸なコピーだ。

これは本当にそのとおりだと感じる。
十代のときに出会ったものや人からは
よくも悪くも一生モノの大きな影響を受ける。

私の場合は井上雄彦先生や森田まさのり先生の
マンガや夏目漱石、三浦綾子などの小説が
人格形成に影響を及ぼしているし、
木村拓哉や西島秀俊、永瀬正敏などの俳優から
自分の中のかっこいい男性像が定義され、
惚れる女性の内面、外見などの好みの幅は
拡がったりはしたが(というか多面的な良さに
気づけるようになった)十代から大きな変化は
ないままだ。

もちろん音楽も例外ではなく、十代で聴いた音楽や
アーティストは新作をチェックしないまでも
たまに聴いては、それと抱き合わせのように
その曲と出会ったころの思ひ出に浸ることがある。

世間を知らず、出会うもののほとんどが
既視感のない新鮮な経験だった時期に
夢中になったものがある、というのは
人生において大きな財産だ。

私はせいぜい25歳くらいまでにインプットした
情報で現在の脚本家という仕事をしているような
ものだと実感する今日このごろである。

・アメリカの音

さて、円盤を迎え入れる状態となった音楽再生機器
のトレイを閉じると「キュイン……」という音が鳴ったのち液晶画面に円盤の情報が表示される。

収録曲14曲、収録時間は70分を超えていた。
長い。
リスナーのことなど知ったことではない、とでも
言いたげなエゴイスティックな収録時間だ。
アメリカ最強のロックバンドらしい。

そして、いよいよ再生ボタンを押す。
アルバムの1曲目は「Civil War」

その曲はラジオから聴こえてくるような
籠もった声の語りから始まった。
そして数秒後、その語りのバックで
哀愁と寂寥感が漂うアコースティックギターの
アルペジオと口笛が静かに流れてくる。

いきなりガツンと激しい音が耳を劈くと
予想していたので意表を突かれた、
というか拍子抜けした、というのが
正直なところ。

そして低く抑えた儚げな歌声が乗ってきた。
「これがあのボーカルの声……?」
ステージで激しく叫んでいる赤髪シンガーの
印象とこの声が結びつかない。
私の頭にはデカい「?」が浮かぶ。

そんなAメロが2ヴァース続いた後、
歪んだギターが音の壁のように現れる。
ロングトーンで二度。Bメロだ。
直後に響いてきた歌声に私の肩は驚きでビクッと
動いた。

その歌声は甲高く、しゃがれた悪魔のような声。
バンドが一体となって構築する重たい音を
切り裂くかのようなそれまで耳にしたことが
ない声質。
Aメロでの低い声とこの狂気の声の持ち主が
同一人物とは思えず、ボーカルが二人いるのかと
思ったほどだ。
だが歌詞カードに記載されたボーカルは一人。
クレジットには"W.Axl.Rose" の名しかない。

そしてCメロへ曲が移ると、また曲調が大人しく
なり、ボーカルも抑えた低音に切り替わる。
ふたたびDメロで歌声は高音となるが
Bメロとは違いハイトーンボイスはバンドの演奏と
絶妙なハーモニーとなって緊張が解けたような
ふわっとした安定感がある。
「これがサビなのだ」と私はかろうじて
理解することができた。

この曲展開がもう一度、繰り返されたのちに
最後のDメロで演奏のテンションが上がっていく。
クレジットにリードギターとあるSlashという
人物が弾いているらしき旋律は激しさを増し、
その音は奔放に暴れ回る。

8分弱もある一曲目が終わった。
私の頭には未だ「?」が消えないまま。
よい or よくない、カッコいい or ダサい。
それすらも判断ができない。
これまでブルーハーツやB'z、歌謡曲しか
聴いたことがなかった耳には理解が
追いつかなかった。

とりあえず最後まで聴こうと試みたが
収録曲の半分に満たない5曲目あたりで
ギブアップした。

・よい部分を探す「努力」

中学生にとって2,500円は大枚である。
ここで「あーこんなの買って損した」で
済ますことなどできない。

なんせアメリカのトップバンドだ。
これらの曲には必ず何かがあるはず。
私は来る日も来る日もこのアルバムを聴き続けた。

そうしているうちに「よい」と感じてくる曲が
何曲か見つかり始め、ひと月も経つころには
GNRの音を「最高にカッコいい」と感じるまで
になった。
これが要するに「耳を肥やす」という作業なのだろう。

・厨二病

やがて私は聴くだけでなくGNRの曲を
演奏してみたい、と思い始めていた。
楽器演奏がしたい、というのは
多くの男子中高生が通過儀礼として患う
いわば「はしか」のようなものだろう。

しかし歌う自信はない。
そのころベースの音はろくすっぽ聴き取れない。
ドラムを都内のマンションで練習するのは
困難というより不可能。
消去法で私はギターを選ぶほかなかった。
というかSlashのギタープレイを真似したかったので
必然的に、かもしれない。

だが、やはりギターを買う金などあるはずもなく
そもそも、いくらほど金が必要かもわからない。
今度は誕生日を待った。

GNRに出会ったのは新年度。
幸い私は初夏の生まれなので少し辛抱すれば
両親に一万円程度のおねだりは許される。
何としても許してもらう必要がある。

そして14回目の誕生日を前に私は
「楽器といえばここ」と噂で聞いていた
御茶ノ水の楽器屋を数件、回った。
父母に無理を言って頂戴した一万円札を財布に
忍ばせて。

さぁ、ここからが人生を本格的に
バグらせる本番だ。
その後の少年(私)の豪快なレールの
踏み外しっぷりはまた次回。

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