「ルーズソックスで月を走る」
むかーしの月面探査のとき、
「宇宙に最も連れていってはいけない人物は、詩人だ」って
とある宇宙飛行士が言ったんだって。
月から地球を眺めた詩人は恍惚としちゃって、
その後の任務をぜんぶ忘れちゃったから、だってさ。
ねえー、
生まれてくる前のことって覚えてる?
月面から地球を 何度も見おろしたあの感じ。
灰色の砂ばっかで 見えるのは漆黒の淵だし。
青く輝く水の惑星なんて、
ただぼうっと見つめるだけの星だった。
でも 来ちゃったよね。
人間の体でこの地球に。
降り立っちゃったよね。
自分が誰だか忘れてさ。
親切な天使はね、事前に教えてくれたんだー。
「地球に行ったって、苦労まみれですよ。我々だって手を出さない、あの圧縮された重力の中を。それでも行くんですか?」って。
それでも来たんだよねー。
カーディガンも着たいし金髪にもしたい。
青のカラコンだって入れてみないと似合うか分かんないじゃん。
そうやって全部を忘れちゃった。
何万年もぐるぐる廻って何千回も。
かなりやってきたんだよ、人生。
月から地球を見てさ、
任務を果たさなかったっていう詩人は正直者だよね。
やっと月に到着したんじゃなくて、
元いた場所に戻ってきたんだって、
たったひとり 気づいたんじゃないかな。
それで恍惚として 任務をしなかった。
人間の小さな頭脳の中にある任務なんか。
ねえ、あれって満月かな。
ちょっと今からルーズソックスで月面走ってくるわ。
ホログラムなのが現実ならば、何だってできるよね。
そんでもっかい、
地球に飛んでやるんだ。
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