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また白シャツを着る季節が巡ってきた

 涼しくなりましたね。今年も無事、大きく体調を崩すことなく夏を乗り切ることができました。本当に良かった。季節は巡ってる。

 毎年夏がやってくると「生きねば…」と身構えてます。夏は過酷です。仕事もクールビズとはいえロングパンツが脚に張り付いて不快だし、吸湿速乾シャツといっても山道具の比ではない代物。。。

 私は暑いのがとても苦手なので、正直あまり夏が好きではありません。日が落ちても蒸し暑くて寝苦しいし、それこそ日中は殺人的な暑さ。仕事以外で外に出るのも躊躇われるところ。

 じゃあ「noteを頑張るか!」とキーボードを前にしても暑さのせいか何も考えられず。

 額から汗だけが流れて。ため息をついて、本を開いて。どういうわけか全然集中できず、窓の外を見たら雲ひとつなくて。

 クーラーの設定温度は30℃。もう少し下げるか、なんて椅子から立ち上がったときに思うのは「今は堪えるとき…必ず秋はやってくる」ということ。

 そして。

 つい先日のことですが「半袖じゃちょっと寒いかも」と白シャツを羽織りまして。袖はまくりましたがその着心地にハッとして。

 秋がきた。

 秋が、きた。

 待ちに待った秋が来ました!!

 よっしゃー!note書くぜー!

…と、書き出したのが9月の中旬。もう日によっては涼しいどころか寒いですよね。私はほんと暑いのダメなんだなと実感する今日この頃。。。

夏の休日に何をしていたのか振り返る

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夏は脳みそがまともに働いていなかったので、日記やら半券やらを見ながらちょっと振り返ってみました。それらによりますと今夏の私の休日は

①2回山に登った(とても暑かった)

②1回ソロキャンプに行った(とても暑かった)

③3本の映画を観に行った(全部違う種類の涙が出た)

 どうやらこれらがポイントのようです。あとはだいたい家の中にいて、いつも通り地味な休日を過ごしておりました。読書はKindleがメインだった気がします。あとは図書館で何冊か借りて読んだ。

 飲みに行かず、友達とも会わず、仕事して(続いてます)休日を迎え、たいていはゴロゴロして過ごしておりました。体力がないせいかよく寝ていた気がします。

 現在の仕事は在宅勤務を絡めたシフト制で、わからないなりに効率を意識した働き方を求められています。効率なんてわからないけど。七転八倒しながら順調に壁にぶつかっては倒れています。

 それで、たまに①〜③のうちのどれかを

「今日だけは!今日を生きないと明日はこないんだ!」

と決行してしばらくの英気を養い、また来る明日のためによく眠る。

 まるで長い距離を歩いていて「あそこまで行ったら休憩しよう」と目印にして頑張るように。

 ほんとそんな感じです。途方もない放浪をしている気分です。心象風景にはいつももやもやとした黒い雲が広がっています。

 そんな中、目印にした場所に着いたらまず水を飲み、それから荷物を下ろして深呼吸をします。腰を下ろすのはそれからです。

 とりあえずで決めた目的地は遥か彼方にあるせいでかすんでいるのか、ここからではよく見えません。あるいはそれは目的地ではないのかもしれません。私は目的地を決めないでたださまよっているだけなのかもしれない。わからないまま、ただただ歩いているだけなのかもしれない。

 そんな感じの夏でした。

秋になってはたらき始めたあたま

 また私服が白シャツになり、何年も欲しかったブーツを履いて過ごす休日。

それらを身につけて外を歩いていると静かな歓びが身体を満たしてくれます。最近はニット帽(ビーニー?)も買いました。アクセントになって気持ちがいいです。

 山にも行っていますが、なかなか気候が安定せず行けない日も多いです。

 山歩きは「天気」もそうですが「自身の体調」と「スケジュール」にも気を配らないとできないものだと私は考えているので、それら3つが綺麗に揃っている休日ってなかなかないんですよね。。。

 そういうわけで、山に行かない休日に何をしているのか。

 最近は本を読んで過ごしています。読書の秋。私にとって読書は通年だけど、それこそたとえば雨の日とか、ちょっと身体が重いかなというときに薄手のフリースとかを着てぬくぬくと本を読みます。

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 あとはやっぱりコーヒーを飲んでいます。コーヒー豆を休日の朝に2杯挽いてゆるゆると飲みながら午前中を過ごします。仕事の日は時間がないし、そもそもそんな気分になれないので飲みません。

 私はカフェインがめちゃくちゃ効くので夜は飲まないようにして、代わりにルイボスティーとかにしてます。おいしいし、なんとなく眠くなって好きです。落ち着くのかな。

そんな中、最近よく泣きます。夜とか。音楽を聴いているとじわっと涙が出てきて、そのままツーっときてポタポタと。

 最初のうちはちょっと戸惑ったりもしていましたが、もうこの頃はなるに任せて、泣くに任せて出してます。

はて、どうしてか?

思えばけっこう無理してた

 思えばですね、けっこう無理してたんだなぁと思います。

 前の職場の環境が大きく変わったことから慌てて就活を開始した昨年。色々あって内定、その月に交通事故。そして緊急事態宣言から休業を経て変則シフトで勤務(そして現在に至る)。

 休業を言い渡された日から「会社の売り上げがガタ落ちして解雇されるのでは」と怯えながら毎日を過ごし、ほしいものも行きたいところもあったけれど全部我慢して、とにかくじっとしていた。

 再び通勤できるようになってからは「あんなに頑張って就職したんだから、解雇されないように」と気を張って、とにかく頑張ろうと右往左往に七転八倒。残業もして、失敗もいっぱいして、落ち込むことも多かったし疲れる毎日だけど、ちょっとずつ貯金ができるようになってきて。

 そうすると少しずつできることが増えて、ほしいものも少しずつ買えて、行きたいところにも少しずつ行けるようになってきて。

 山を歩いて、映画を観て、本を読んで、コーヒーを飲む。

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 幸せでした。こんな日が来るなんて数年前までは本気で思っていなかった。なんだか見晴らしの良いところに立っているときみたいに心が開放されていく気がして。

 そうすると徐々に「今まで本当にひどい状態だったんだな」とわかるようになってきたわけです。

 私は今の仕事に就くまで飲食店で接客業を10年近くやっていましたが、もう2度とやりたくないと思っています。合ってなかったんでしょうね、今更ですが。

 特にお酒が絡むような場には絶対に近づきたくはない。お互いのためによくないと思う。

 でもどうせそのうち職場の飲み会は再開されると思う…憂鬱だ。

 読んだ人が不快な気持ちになるだけだと思うので詳しいところは書きませんが、私が以前勤めていた職場は(少なくとも私にとっては)パワハラとセクハラを煮詰めた泥みたいなところでした。

 働いていれば楽しいことももちろんあったけど、急にぶつけられるそういった言葉にショックを受けてよく吐きそうになりました。自尊心が削られて削られて、「もうありません」って訴えているのに追い剥ぎに合うような気持ち。

 吐きそうなのは辛いからなんとかしよう、と考えた私は「何も気にしないようにしよう」と頑張りました。そしたら今度は本当に何も感じなくなっていって。

 青空が広がっていようがどうでもいい。怪我をしたけどどうでもいい。花が咲いている、だから何?

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 毎日色んなことが起きているはずなのに、実は何も起こっていないように思う。昨日と今日の違いがわからない。

昨日の空と今日の空の違い。昨日は晴れてた?それとも雨だった?

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 ひどいときにはひとりでいるときですら平気なフリを装ったりもしていましたね。誰にも見られてなんかいないのに。私は私の目を気にしていたんでしょうね。今思えばですけど。

「私はひどい目になんか遭っていない」「これくらいなんでもないことだ」

 そういう言葉で覆い隠した霧が、楽しいことや希望を感じる時間を体験することでようやく晴れてきて、やっと私は気づいたわけです。

「けっこう無理していたんだな」と。

 その地獄のようなところから必死になって逃げ出してきて、何回も転んで泥にまみれて怪我をして。雷鳴轟く嵐の中を息の続く限り走って。

「もうだめだ!」ってときにやっと雨宿りができそうなところを見つけて、這々の体で転がりこんで。

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 寒さに震える中でどうにかして火を起こして(どうやったんだろう、覚えていない)暖をとって。

 目を閉じれば耳元には小さく薪が爆ぜる音だけが聞こえていて。そのあたたかな灯りと揺らめきに安心したのか久しぶりにぐっすりと眠って。

 日が昇る頃には嵐は去っていて、山の中は朝露に濡れる木々が煌めいていて。

 昨晩の興奮が冷めると怪我をしたあちこちがひどく痛み出して(黒い血が固まっていたりして)、ぶつけられたたくさんのひどい言葉にすっかり心がひしゃげている。

 でももう「そこ」に私はいない。

私はもう「そこ」にはいない!!

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 ここに私は来たんだ。他でもない自分の意思で。

 この道を歩いていくんだ。誰でもない自分の足で。

 そりゃあね、泣きますよ。

 泣いたっていいんだ。驚かなくてもいいし、怖がらなくてもいいんだ。なんならわざわざ泣こうとする必要だってないんだ。勝手に出ていくものを、ただ静かに見送ればいいだけなんだ。

今の私が歩いているところ

 今の私はとりあえずキャンプを休止していますが、またいつか行きたいと思っています。極力シンプルに焚き火しながらぼーっとしたい。

焚き火ってなんか落ち着くんですよね。「ああ焚き火だ…!」と掌を向けてみたりして。ただ、独特の「焚き火臭」がめちゃくちゃ付くので合わない人は合わないとは思いますので、押し売りはしていない…つもりです。。。

 ソロキャンプに出会えてよかったと思っています。辛いとき、もうほんとギリギリだったときに私を世界に留めてくれたのはソロキャンプでした。

 山を歩き始めたのは今年になってから。

まだまだ見たい景色や歩きたい道、訪れたい山小屋がいっぱいあって時間が足りません。それにこちらもキャンプ同様よくよく考えて行動しないといけない。難しいし辛いところもありますが、ひとりのハイカーとしていい加減なことはしたくないという気持ちです。

 旅にも出たいけど、それはもっと先かな…とも思っています。いつか行ける日が来たらサッと出掛けられるように準備しておこうかと思います。

 私が白シャツを着るに至った経緯については以前にも書いているのですが

 今思えば、私にとって「何を着ていいかわからない」というあの日々は「着る服を考えようという気持ちにならない」という、一種の無気力状態にあったのかもしれません。

 精神的に追い詰められると「食べたいものが思い浮かばない」とか「やりたいことがない」みたいな状態になったりしませんか?それと同じような状態だったのかもしれない。何も考えられない、考えたくない、というか。

 まぁ私の場合昔からファッションに対する興味が薄かったというのもあるのですが、それにしてもね。。。

 私の場合は自然や映画や本や音楽を通して少しずつ回復し、(きっと)本来の気力を取り戻し始めたんだと思います。

 そして今は「マウンテン・イクイップメントのロックビーニー(ゴールド)がほしい!」みたいなところまで歩いてこれたわけです(ロゴがクラシックでかわいいですよね…)。

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 詩的なことを書こうとして逆に散文的なことばっかり書いている気がしてきたのでここら辺で閉じようと思います(恥ずかしくなってきた)が、少なくともnoteを1本書くことはできるようになりました。良かった。本当に。

 夏も歩いていたけれど、秋も歩いています。

 相変らず汗はかくし足も痛いです。目的地もよくわからないし、そこにたどり着くまでどれくらいかかるのかもわかりません。正直に言えば「たどり着く」ってどういうことか、それを私自身が求めているのかすらわかっていません。

 でも歩いている道は見えます。

 過酷だった夏を生き抜いて、今年も秋がやってきました。

 昨年同様白シャツを着る季節が巡ってきたわけですが。

 今年のそれは私にとって、例年よりも少しばかり彩が豊かな日々になりそうです。

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