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【書評】こんなんいかが?

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忘れた頃になんども読み返す愛すべき紙の束。カバーについた手指の脂、紙の匂いと手触り。それはともに過ごした時間の記憶。本はもはや生きもの。
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#小川洋子

「装いせよ。我が魂よ」果敢にしてオトコマエな小川洋子と山田詠美。魂が美しくあるには、装いこそ必要。

「装いせよ。我が魂よ」果敢にしてオトコマエな小川洋子と山田詠美。魂が美しくあるには、装いこそ必要。

「文学は懐が深い。テーマにならないものはない」
 作家の小川洋子さんはそう言い切る。それでも自身、苦手な分野があるといいます。
 それが「性・官能」をモチーフとする分野。
 
 なるほど、上品なイメージがある彼女の作品。でもそれとは裏腹に、弟の肉体を密かに慕う姉だったり、妊娠した姉に殺意を抱く妹だったりと、書くテーマは禁断領域に軽々と踏み込んでいます。
 透明感をまとった穏やかな言葉遣いに身を任せ

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ブンガクって逃避? それを聞き捨てならない人、それが当たり前の人。

ブンガクって逃避? それを聞き捨てならない人、それが当たり前の人。

人々の最後列で丹念に落とし物を拾っていく

 いつだったか作家の高橋源一郎さんが講演で、「文学は逃避だ」と、苦笑しつつあきらめ顔で叫んでいたのを聞いて、ぼくは哀しい気持ちが湧き起こりながらも、同時に「やっぱりな」という思いも抑えることができませんでした。
 もちろん、高橋さんはそこに積極的な意義を込めてはいるわけです。

 作家の小川洋子さんも、文学というのはかつて生きた人々の最後列にいて落としも

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小川洋子「言葉が存在しない場所で生まれるのが小説」。そこは言葉以前にあったはずの自分の居場所。

小川洋子「言葉が存在しない場所で生まれるのが小説」。そこは言葉以前にあったはずの自分の居場所。

(講演「小説の生まれる場所」の続き)

「言葉」はウソをつくために進化した

 小川洋子さんは小説づくりの取り組みの中で、「言葉」というものの限界に深い思いを寄せていました。
 真理に近づこうと言葉で格闘するとき、ますます真理から遠ざかってしまう。
 なぜこんなにも、言葉というのは使い勝手が悪いのか。
 
 その時、言葉の発生について語る進化生物学の岡ノ谷一夫教授のこんな考察に、小川さんは目を開か

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「片腕を一晩お貸ししてもいいわ」 川端文学のパワフル&誠実なるも危うい美。

「片腕を一晩お貸ししてもいいわ」 川端文学のパワフル&誠実なるも危うい美。

 小説の冒頭、さらには最初の一行というのは、いわば物語の顔。
 これが印象的だと、物語の世界に一瞬で入り込めます。
最も有名なのが川端康成の『雪国』だけど、これに限らず川端はとくに短編における冒頭がすこぶるパワフルなのです。
 たとえば、『片腕』の冒頭。

 ありえないことをありえない世界の中で描くと、ファンタジーが予定調和の域を出ない。
 そうではなく、このように不条理を強引にして繊細に

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「うまくいっている」時、恐るべき退屈の大穴が待ち受けている。沢木耕太郎編「心に残る物語ー日本文学秀作選 右か左か」

「うまくいっている」時、恐るべき退屈の大穴が待ち受けている。沢木耕太郎編「心に残る物語ー日本文学秀作選 右か左か」

 物語を書くっていうのは、とつとつと湧き出すように出てくる言葉を、湧き出すまま書きつけているのだと思っていました。

 そのうち、小説といってもそれは書き手が意図する入念なる計画の下に数々のパーツを組み合わせて作りだした「言葉の建物」だと知って、書くのはたいへんなことだとさらに思いながらも、人間の作る「作りもの」であるには違いないと、何か落ち着いた気持ちにもなったのでした。

 物を作るというのは

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神さまがこっそり大地に書いた文様を書き取る。

神さまがこっそり大地に書いた文様を書き取る。

「富士日記」(中)武田百合子 中公文庫 夫の武田泰淳の死後、武田百合子が周りから強く請われて発刊したのが「富士日記」(上中下)。
 物ごとをありのままに受け取ろうとする天衣無縫な書きっぷりが輝いています。

目にするものに対する無防備なまでの慈しみ。

 そのぶっきらぼうで放り投げるような物言い。それとは裏腹に、彼女の書くものには、目にするものに対する無防備なまでの慈しみがあふれています。
 例え

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