他人に自分の名前も言えないくらい臆病だった大学生時代の話。
大学時代、私は自己紹介すら
満足に出来ないチキン野郎だった。
私は現在31歳で、北海道の札幌市で会社員をやっている。北海道から出て別の地域で1年以上暮らしたことはないし、多くの北海道民がそうであるように、地元の大学に進学し、就職も札幌にし、札幌で暮らしている。
多くの人と私の経歴とを比べた時に、違いがあるとすれば、私は大学を学費未納で除籍になっている点であろう。
そのあたりの経緯などは、過去の自己紹介の記事で書いたことがあるので「え?大学除籍?」と気になる方は自己紹介記事を読んでくださってもいいかもしれない。
今でこそ私は、人と交わり意見を交換し、営業現場では舌鋒鋭く相手を納得させ、「あなたと話すと元気が出るよ」と言われるような、そんな自己愛強めの人間になってしまっているのであるが、大学時代の私はそんな現在の自分とは対極の人間であった。
人と話すのが嫌だ。
高校時代は所属していたサッカー部で友人に囲まれ、教室では誰かが発するおもしろ発言に机を叩いて笑って、教室の片隅でオリジナルのすごろくを作って友だちと遊んでいるような男だった。
クラスのカーストを日本の都市で表現するとすれば、東京・大阪・名古屋という主要メンバーに横浜・福岡・仙台・札幌・広島…etcという準レギュラーがいて、その下には無名の地方都市たちが群れているみたいな感じ。私はどのあたりの都市かといえば、さしづめ愛媛の松山くらいであろう。
松山は四国では1番だし、いざ行ってみるとその都会ぶりと歴史の融合、美しい景色たちが広がり、行った人にしか分からない何かが松山にはある。要するに話してみると味がある人という、これまたなんとも自己愛に溢れたポジションだった。
そんな温室から一歩踏み出して新たな「大学」という環境に身を投じた時、途端に人と話すのが面倒で嫌になっている自分がいた。
たかだか1年、2年早く生まれただけで先輩ヅラしてくる大学生たちが嫌だった。周りの同級生を見てみれば、なぜかすでに友だちが出来ている人がいて不思議だった。後からその理由は「mixiによるもの」だったと分かるんだけど、当時の私はその秘密を知る由もなく、なんだか私がいなくても地球は回るし、太陽は東から昇ってくるし、それでも電車は走るし、みたいな感じで、自分なんていなくても変わらないじゃないか、とモラトリアムをコジらせていたわけである。
周りにいる人、全員が嫌だった。
自分こそが才能で溢れ、家族や社会に対して人一倍の貢献心を持っている人間だと自負している薄ら寒い心を持ちつつも何にも打ち込まない人間になっていた。性格は歪み、全ての大学生を下に見ていた。
結局、大学で新規の友だちは出来ないまま除籍になるんだけど、高校の同級生が同じ大学にいて、そんな私を心配してくれた。
「おい、何か部活かサークルに入らないと、このままだとヤバいぞ」
「え、なんで?」
「なんでって、そりゃテストだとか過去問だとかで困るだろうし、第一、せっかくのキャンパスライフが楽しくないじゃないか」
「そうなの?困るの?」
「俺はヨット部に入ろうかと思ってるよ」
「ヨット部?なにそれ?」
「小樽の沖に出てヨットに乗るんだよ。けっこう楽しそうでさ、部活の男女比も半々くらいだし割と人気らしいぞ」
「ヨット部ねぇ」
「まぁ、お前もそのままだと危ないぞ。明日の夜、ヨット部の新歓コンパが小樽であるから、お前も来いよ。参加費はタダらしいし」
気乗りはしなかった。
なんだよその理由は。
このままだとテストで困るし、キャンパスライフも楽しくないし、恋愛もできないぞ、と。だから皆んなに人気がある男女比が半々なヨット部の新歓コンパに参加しようじゃないか、しかもタダだぞ、と。
あぁ、なんて美しくないんだ。
心の底からそう思った。
私こそが別格で孤高の存在だ、と思っていたかったんだと思う。なんて寒い奴だ。震えるよ。山月記に出てくる虎の姿をしていたんだ。
でも、行くことにした。
ここで行っちゃうあたり、意志が弱い。
ここで行っちゃうあたりがダメ。
本物は行かないよ。
私は新歓コンパに参加することにした。
当時、少年ジャンプではデスノートが連載されていて、全国の少年たちはその漫画の設定に胸を躍らせて、キラとLが繰り広げるサスペンス劇を楽しんでいた。
デスノートをご存知ない人たちのために、ほんの少しだけ設定を紹介する。
新歓コンパの会場の居酒屋に行くと、多くの新入生たちがいてなんだか楽しそうにしている。ヨット部の先輩たちがそれっぽい格好をして、新入生たちと話している。
ここで新入生を口説いて、ヨット部に入部させようという目論みなんだけど、私はヨット部には絶対入りたくなかった。そうこうしてると、居酒屋の遠くの席から先輩と思しき声が聞こえてきて、
「みなさん!!!早速〇〇君がヨット部への入部を決めました!!!」
「おおおおお!!!!!!」
ドンチャンどんちゃん、ピーヒャララである。
帰りたかった。
私を誘った友だちは、他の席に行ってしまって、私は居酒屋で1人になってしまった。いやさ、隣の席に誰かはもちろんいるんだけど、話すことはしなかった。なーんか嫌で。
そんな状況を見かねたヨット部の先輩女性部員が私の前に座った。髪の毛は金髪で、耳には黒い大きめのピアスをして、やたらと肌の色が白い。目はダイヤモンドみたいに輝いている。もう、これだけ見ればヨット部がどれだけ楽しいか伝わってくるんだけど、当時の私には眩しすぎたわけ。
その人が話しかけてきた。
「ねぇキミ、お名前は〜??」
(なんだよキミって。まずは自分が名乗りなさいよ。私は無理やり誘われてきたんだ。あなたと軽妙なトークを展開するつもりなんてありませんよ)
即座にそう思って、私は言った。
「デスノートに名前を書かれたら困るので、本名は言えません」
みなさん、引かないでください。
これを書いている私自身、何を言ってるのか訳が分かりません。当時の自分の横にワープできる権利が当たったとしたら、私はこの瞬間に行って、この発言をしている自分の頭をハリセンでぶっ叩きたい。それか胸ぐらを掴んでこう言います。
「おい!目を覚ませ!これは現実だ!」
(ユサユサ)
当然、ヨット部の先輩女性部員は
しばし絶句していた。
いや、そりゃ絶句だよ。
誰だって絶句するよ。
二の句が出てこないよ、
そんなこと言われたら。
そうして私は帰った。
(ふん、何も得るものはなかったな)
みたいな感じで小樽から帰ったんだ。
さて、今記事の冒頭でこう書いた。
大学時代、自己紹介も満足に出来ないチキン野郎だった私だが、今は違う。人の前で喋って喋って喋り倒す仕事をしている。初対面?そんなの関係ない。どんな相手でも柔らかに会話をスタートさせるような、自己愛強めのトークマシンになってしまった。あの頃の自分が嫌う人種にいま限りなく近い存在になってしまっている。
だが、
もし、過去の私と同じような状況で苦しんでいる人がいたとしよう(いないと思うが)。
そんな方に向けて、現状を劇的に変えるためのアドバイスを贈る。
人は余裕で変われる。
誰かと交われ。
他人と話せる場所を作れ。
向こうからやってくるのを待つな。
自ら動け。
斜に構えるな。恥をかけ。
なんでもいい。
思考の堂々巡りからは何も生まれない。
だから、誰かと交われ。
なんてね、偉そうに書くわけです。
大したことないんです、私なんて。
でも、私の過去の経験が、いま苦しむ人の何かになるのなら、と思って残しておくわけです。
よき人生になることを祈って。
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