三冠王に似てる人。
先日、札幌の三越で、地下2階に降りていくエレベーターに乗っていた時だった。1階でチンと音が鳴ってエレベーターの扉がゆっくり開く。私はまだ降りないから正面を向いて立っている。エレベーターの扉がスーッと開いて目の前の、椅子に座るお客様が目に入った。
恰幅(かっぷく)のいい、
スキンヘッドのおじさん。
薄い茶色のサングラスをして私を見ている。
もう一回書く。
恰幅(かっぷく)のいい、
スキンヘッドのおじさん。
薄い茶色のサングラスをして私を見ている。
1人でいる私は思った。
(…え?あれ落合じゃね?)
落合博満。
元プロ野球選手。日本プロ野球史に燦然と輝く三度の三冠王。
落合博満。
中日ドラゴンズをオレ流采配でAクラスに導き常勝軍団に育て上げた稀代の指導者。
落合博満。
本当はプロボウラーになりたかったけど、運命のいたずらでプロ野球選手になっちゃったその人。
落合博満。
プロ野球コーナーでのらりくらりとオレ流の野球解説をしながら周囲のアナウンサーにピリピリとした緊張感をもたらすおじさん。
落合博満。
恰幅がよくてスキンヘッドで、薄い茶色のサングラスをして悠々自適の余生を過ごす元プロ野球選手。
これを読んでくださっているそれぞれの脳裏に、思い思いの落合博満がいることと思う。私の中の落合は、恰幅のいいスキンヘッドで薄い茶色のサングラスをしている。
三越のエレベーターの扉がまたゆっくり閉じて、私を地下に運んでいく。そして思った。
(…いや、落合じゃなかったな)
第一、顔が違った。
あと、ここは札幌だ。
ここが東京か名古屋の三越だったら、もっと興奮したかもしれない。落合である可能性は十分にあるからだ。札幌の三越に落合が座っているわけがない。だからあの人は絶対に落合ではない。顔が違うんだから。
でももし、あの人の横にバットがあったら、顔が違っても落合だったかもしれない。さらにグローブがあったらいっそう落合だ。ここがたとえ札幌の三越だったとしても落合だ。
「落合」って不思議な響きだ。
おちあい、オチアイ、OCHIAI、落合。
落合。落合。落合。
落合。落合。落合。
落合。落合。落合。
落合。落合。落合。
落合がゲシュタルト崩壊してきた。
落合ってこんな字だったっけ?
頭がおかしくなりそうだ。
落合って、なんか苗字で呼び捨てにしたくなるような名前だよなぁ。
「なぁ、落合はどう思う?」
って聞いちゃうだろうなぁ。
でも、落合って知り合い、いないなぁ。
落合さんに会ったことないなぁ。
もし名刺交換の時に「はじめまして、落合です」って言われたら絶対聞いちゃうなぁ。
「え!あの落合さんですか!三冠王の!
何か関わりはあるんですか!?」
「いや、ないです」
だろうなぁ。
ないだろうなぁ。
そう考えると、この質問って全国の落合さんあるあるなんだろうなぁ。
全国の落合さんがたとえば会社の何か3部門で初めて表彰されちゃったとする。絶対言っちゃうなぁ。
「やっぱ落合さんは三冠王なんすね。
あと2回は表彰されるんじゃないすか」
言っちゃうだろうなぁ。
「落合さんは広角に営業範囲広げていきますよねぇ」
言っちゃうなぁ、絶対言っちゃうなぁ。
「落合さんは普段やる気なさそうなのに、なんでそんな成績残せるんすか?」
聞いちゃうなぁ。確実に聞いちゃうなぁ。
なんて考えていると三越のエレベーターの扉がチンとゆっくり開いて、私は地下で降りた。
あの人は絶対に落合ではなかった。
顔が違ったから。
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