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そして僕等は。

 言葉はいつも、僕の期待に応えてくれない。
幾ら君を褒めたって、どれだけ会話したって、言葉はずっと想いを乗せず、ただ木の葉みたいに舞うばかり。僕等の境をひらひらと飛んで、君はその軽さを悟った様にして、笑う。
だから二人に距離がある。近くて遠い、絶対的な距離がここにはあるんだ。
君は、僕の事を理解したつもりになっている。言葉に意味も、本質も、何も乗せてはいないのに、何故笑えるのか、泣けるのか、稀にその頬を染めるのか。
これではダメだ。伝わらない。
だから僕は、言葉に頼るのをやめにした。

 表情はいつも、僕の期待に応えてくれない。
二人で一緒に笑ったとしても、何かの拍子に泣いたとしても、君の話に驚いたとしても、決して伝わらない表情があった。
本当の顔を見せたいと思った。時間と場所を、君に伝えた。校庭の隅で待ってた僕は、確かに緊張していただろう。心配そうな目の前の君。
どうしたの?と聴こえた後に、僕は軽く笑ってみせた。冗談染みた偽りの笑い。何でもないよと素振りを見せて、その軽い笑みに自己嫌悪。
正面の表情は、失望に満ちた偽りの笑い。
何故だかダメだ。伝えれない。
だから僕は、表情に頼るのをやめにした。

 視線はいつも、僕の期待に応えてくれない。
意味が無い様に見えて、意味を込めた目線。
それが合う度、重なる度に、僕等はサッと目を伏せた。何かが君に刺さった様な、そんな手応えは有るものの、俯き気味の横顔からは、真意を読むのが難しい。
君と視線が合ってから、半年ほど経ったかな。
歩いた、走った、その度に揺れた、自慢の黒髪を切った君。ショートにするの?と尋ねただけでその日に重なる目線はなし。止む終えなし。
寂しそうな顔は、なかなか上を向かなかった。
結局ダメだ、伝わらない。
だから僕は、視線に頼るのをやめにした。

 僕はいつも、君の期待に応えれなかったな。
ただ一言、その正直な言葉が何故出なかった。
一度たりとも、本気の表情など見せなかった。
重なる視線から、逃げなければ良かったんだ。
ダメだ。伝える事が出来なかった。
だから君は、僕に頼るのをやめにするのか?


 卒業証書が入った筒は、なんとも軽かった。アルバムの裏に、友人達とメッセージを交換したり、記念写真を貼って時間を潰していた僕だったが、いつまで経っても彼女が教室に戻って来る事はなかった。
部活や委員会など、下級生に対しても幅広い人脈を持っていた彼女だから、何も不思議な事はない。棚の中は既に空っぽで、鞄やポーチも机には掛かっていなかった。皆に隠れて着信を入れるも、それに対する返事もない。
やがて教室を後にする友人達。僕は、引き出しの整理が未だ終わっていないから、先にファミレスにでも行って、飯でも食べておいてくれ、と皆に嘘をついた。

 窓から夕陽が差し込んでくる頃、グラウンドには誰の姿もなく、何の音も聴こえなかった。
まるで僕一人が、本心を隠していた、欺いていた、嘘を付いていた責任を取らされている様な気がして、少し理不尽だとさえ思った。
喋る相手がいなかった。笑える事がなかった。
いつも見る横顔がそこにはなかった。
涙をこらえた時、教室のドアが静かに開いた。

–– 好きだ。
不意に口から出た言葉、意図していない表情、離す事の出来ない視線。
何にも頼らない僕を動かしたのは、胸の奥からの強い信号だった。心だった。本物だった。
耳にも頼らぬこの身体で、君が発した言葉を聞き逃してしまった僕ではあるが、彼女が何と言うのかは、不思議と分かっていた。
そして僕等は、こんな薄暗い教室の中、視線と視線を重ね合い、泣きじゃくった表情で、互いに本当の気持ちを、何度も何度も口に出した。
ずっと好きだった。

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