雑→音-踏-談-念 「雑」は無駄なのか?
今日はたまたま1つ隣の駅に行かなければならず、電車に乗った。とめどなく耳に入ってくるのは、今まで毎日のように当たり前に聴いていた環境音。電車の通り過ぎる音・風、雨の音もあわさって、すごい外が賑やかに感じた。
それは、今までなら「雑音(noise)」として認識していた音たち。
今となれば、生活を営む中でのささやかなBGMであることに気づく。それをもってして、例えば「自分は自販機でジュースを買った」「電車を待っている自分」とかを自覚していたんだなぁと思った。
雑音と感じていた音を