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「しんじゃうおへや」を巡ってーその②刑務官と電気工事士と死刑囚

その①→https://note.com/kg_0425/n/nf85eb7cd3f0c

この劇は大きくわけて第3幕構成だ。
第1幕は死刑執行の前日 刑務官たちの葛藤と衝突
第2幕は死刑執行の翌日 電気工事士たち
第3幕は…。

第1幕「死刑執行前夜」

刑務官たちは、明日の死刑執行に備えて予行練習を行っている。でも、なんだかワイワイしながら行っている。観客も抱いた「なぜ?」「コメディなのか?」という問いは、その中の1人の新人刑務官がその雰囲気に耐えきれず、先輩刑務官達に激昂することから始まるワンシーンで明らかになる。先輩刑務官は「死刑執行」という重いイベントに対して、徹頭徹尾むきあうことはかなりの精神的負担である故に、予行練習の場面では息抜きをしながらやるしかない、ということを吐露する。どちらが良い悪いという判断は難しい。冒頭の雰囲気で完全に油断していた私は、完全に胸がいたくなった。

思い返せば、重苦しい場面で耐えきれず、ふざけたくなる経験があった。それは現実を受け止めたくない自分を守るためのひとつの振る舞いであった。先輩達の練習の雰囲気も、おそらくこういうことなのだろう。

次いで、課長が止めに入りその場を諭す。
印象的なのはその後に課長が死刑囚役を打って出るシーンだ。「回路を切った」と課長は言っていたが、そのボタンの回路は、切られていなかった。背筋が少し凍る瞬間。なぜ?という疑問を残しながら、場面は第2幕に移る。

第2幕 「電気工事士たち」


明るくなり、3人の電気工事士たちがバタバタと入ってくる。ずんと落ちていた気分がアホらしくなるほど、執行室にはわちゃわちゃした時間が流れていく。「気持ち悪い!!!!」と高らかに叫ぶ愉快な電気工事士たちを見るのは面白かった。だが、違和感を抱かざるをえない、奇妙な場面であった。

3幕 「ここはどこだ」


部屋の中で一人の男が目覚める。
名を三塚。今回の登場人物の死刑囚である。そこに唐突に1人の女性が現れる。
「ここはどこ?」「すみません」
「前にどこかで会いませんでしたか?」「知りません」

…取り留めもない会話が繰り広げられる。そして女性はフッと消えてしまう。
謎は残したまま場面は変わり、刑務官の課長と2人になる。
「本の続きはいつ読めますか?」 「わからない」
課長と三塚の普通の会話。
刑務官と死刑囚というよりかは、寄り添ってきた友達同士のようなやり取りをそこに見た。
それも束の間、場面は再び部屋になる。
部屋には三塚と警官。警官の回りくどい言い回しが印象的なシーンである。
近くで強盗殺人事件があったことを告げられ、写真を見せられる。
「この女性の顔を知らないか?」
「知らないって言っているだろう!!!!」
と警官に言い放った三塚。
そこに、また女性が現れる。
三塚は警官への態度と打って変わって「どこかでお会いしませんでしたか?」と問いかける
「知りません」という答えが返ってくる。
妙なパラドクスが、三塚の混迷した様子を表した。
場面は変わり、弁護士と三塚の面会。そこにいる刑務官は、冒頭に登場したあの新人刑務官だ。
このシーンでは、先程の警官の質問に対して「本なんて読まない」と答えていた三塚が、本を読みたがっている。時間の流れとそれに伴う三塚自身の変化が表れていた。
そして、弁護士と三塚の再審や恩赦をめぐって会話がなされる。証拠不良によって再審が難しいことを告げられ、「恩赦」の提案をされた三塚。しかし、彼はそれを諦める。とうとう彼は死刑に向かって歩き始めることが決定するシーンだ。
「お元気で」
弁護士の最後の声掛けが虚しく響く。


面会後、新人刑務官は豹変し、三塚にとてつもない憎悪を爆発させる。その感情にただただ打ち負かされるしかない三塚の様子が痛々しい。
「人権はない」「お前は害虫だ」「苦しみながら死ね!」
新人刑務官は、容赦なく言葉と現実を痛いほど突きつけていく。
「死刑は逃げだ」とする新人刑務官の立場は、彼の真っ直ぐな、その正義感から来るものだ。

三塚は裁判で「更生の余地なし」と判断が下された。だからといって、三塚が良くなろうとしない訳では無い。拘置所生活の中で、本を読むようになったり、良くなろうとしたはずである。改めて突きつけられた言葉達は、三塚の過ごしてきた拘置所生活全ての否定にも聞こえた。
死刑が確定した三塚の立場からすれば、新人刑務官に今更そんなこと言われた所で、自分自身は死ぬしかないのだ。社会的にも、精神的にも、逃げ場が絶たれたのだ。故に三塚は「犯罪者の気持ちが分かるか!!!」と激昂したのだろう。

ここを皮切りに物語のギアは一気に上がり、終わりに向かって焦点が定まってくる。

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