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今度は生物多様性オフセットですか…

SDGs、カーボンニュートラル、今度は生物多様性オフセット…。

[FT]「生物多様性オフセット」COP15で注目 懸念も: 日本経済新聞

生物多様性オフセットは、別名「バイオクレジット」としても知られる。開発で失われる生物多様性を別の場所で再生・復元し、生態系への負の影響を相殺しようとする試みだ。例えば、空港建設でフラミンゴが生息する湿地を破壊せざるをえない場合、建設会社はバイオクレジットを使って近隣地域で類似の環境を保護する活動に力を入れられる。

だが、かけがえのない自然を金銭で取引するような生物多様性オフセットの仕組みに対して、批判の声は根強い。

ブリュッセルに本拠を置く環境シンクタンク「グリーン・ファイナンス・オブザーバトリー」のエグゼクティブディレクター、フレデリック・ハッシュ氏は、現在の生物多様性オフセットの仕組みには決定的な欠点があると話す。例えば、絶滅のリスクが高い生物種のためにどこかに保護地区をつくれば、開発のために湿地を破壊しても許されるといった事態が起きる危険性をはらむと指摘する。

生物多様性の分野に先駆けて、脱炭素への取り組みではカーボンクレジットの売買を通じて温暖化ガスの排出量を相殺できる「カーボンオフセット」の仕組みが導入されている。そして、こうした相殺を容認する仕組みが気候変動対策に取り組むふりをする「グリーンウォッシング行為」を助長しているとの批判がある。

CO2はどこで排出しても地球の大気中で薄まってしまうので、理念上や理論上はオフセットが可能です。
しかし、どれだけ制度を整備しようが理念を並べようが、行き着くところはグリーンウォッシングです。

たとえば森林クレジットの場合、将来の乱開発予定を過大に評価するなど算出根拠が不明瞭だったり、CO2削減効果を超えて大量のクレジットが発行される事例も存在するなど、詐欺まがいの行為が横行しています。

非化石証書についても、再エネを増やす拡大効果(いわゆる追加性)がなく、また国民が再エネ賦課金で負担した「環境価値」を企業側がタダ同然の費用で取得するというきわめて非倫理的な制度です。

先月のCOP27で国連の専門家グループから出されたレポートでも、自らの排出を減らしたとみせるために排出枠の購入に安易に頼るべきではない、と指摘されています。これには良いクレジットと悪いクレジットがあって、悪いクレジットを使うなという意味が込められていますが、突き詰めればどれも「見せかけ」で大差ありません。

筆者はあらゆるカーボンオフセットについて反対の立場です。実際にはCO2を排出しているのに、クレジットを購入して「実質ゼロ」「カーボンゼロ」などとうたって事業活動や自社の製品・サービスを宣伝することが横行していますが、グリーンウォッシングと言われても反論できないはずです。国が認めているから大丈夫、この製品はカーボンゼロだと、子供たちの目を見て言えるのでしょうか。



そして今度は生物多様性オフセットだそうです。
2010年に名古屋で開催された生物多様性COP10の直後によく聞かれた用語で、当時筆者もたくさん勉強しましたが、何とも言えない違和感を感じてそのうち勉強も実務上の検討もやめてしまいました。
十年ほど前の記憶を呼び起こしてみます。

「ミティゲーション・ヒエラルキー」という考え方があって、生物多様性の損失を回避する優先順位があるとされます。

①まずは人間活動、とりわけ企業における事業活動によって生物多様性が失われることを全面回避する。

②次に、事業活動を行うのであれば生物多様性に与える影響(損失)を最小化する。

③最後に、どうしても残ってしまう影響(損失)を別の場所に生態系をつくることで相殺・代償する。当時は「代償ミティゲーション」と呼んでおり、これが生物多様性オフセットにあたります。

さらにこの代償ミティゲーションもふたつあって、生態系の損失分と同じ量の生態系を別につくり出す、つまりプラスマイナスゼロにすることを「ノー・ネット・ロス」と言い、損失分以上の生態系をつくりだすことを「ネット・ゲイン」「ネット・ポジティブ・インパクト」、などと当時は呼んでいました。

記憶の範囲では、ざっとこんな感じです。

これ、虚心坦懐に見つめるとメチャクチャです。①②までは企業もやるべきだと思いますが、③は無理です。生態系の価値をどうやって人間が評価し、さらに相殺するというのでしょうか。いくつか生物多様性オフセットの評価手法もありましたが、どれも先日紹介した近自然の考え方であり、「工場ができる前の1950年」「高度成長期の1960年」などある年をベースラインと決めて当時の自然へ戻そう、といったものでした。先に多自然の考え方を学んでいたので非現実的だと判断し、採用することはありませんでした(やっている方々を否定する意図はありません)。
環境省でも大学の先生や専門家を集めて何度も研究会を重ねていましたが、いつの間にか聞かなくなりました。

あれから10年が経って、今回のCOP15で生物多様性オフセットの議論が出てきたようです。
カーボンオフセットですらグリーンウォッシング扱いされているのに、生物多様性オフセットなどまともな制度設計が全世界共通でできるはずがありません。

企業で15年間生物多様性にかかわってきた筆者の結論は、「餅は餅屋」です。

国連をはじめ、国もコンサルも金融機関も、「生物多様性の認知度向上」「生物多様性の主流化」「生物多様性の民間参画」「企業は生物多様性への影響評価や原材料調達の評価をしろ」などといってやたらと企業の参加を増やそうとします。そもそも製造業であってもサービス業であっても、自然保護の専門家など社内にいません。そこでコンサルの出番です。企業に教え込むビジネスが生まれます。内容が難しいほど、成果が上がらないほど、コンサルは儲かります。やっと担当者が育って活動が進んだとしても、担当者や事務局が代替わりしたら活動は尻すぼみか中止となり、持続しません。SDGsと同じ構図です。

企業は全く知見のない自然保護や生物多様性保全をゼロから勉強するのではなく、専門家であるNPOなどの支援に徹するのがよいです。その際、自然保護のアプローチは、都市化や事業活動を否定せず、(もちろんミティゲーション・ヒエラルキーの①②を最大限実施した上で)都市化に乗っかって多自然ガーデニングで進めるべき、と考えます。そこで社員や家族を巻き込んでNPOや自治体、学校などと一緒に楽しみながら保全活動をするのがよいと思います。

このCOP15の後、またぞろ地球環境保全にとってまったく無意味なことを多くの日本企業が勉強させられ、産業界の生産性が落とされることを危惧します。厳しい国際競争に加えてエネルギー高騰や資源高も重なり、日本企業に余計なリソースを割く余裕などないのです。企業は本業で利益を上げる、その利益から株主還元と同様に環境NPOなどを資金支援するのが最も健全で効率的な生物多様性保全活動、というのが筆者の結論です(パートナーとなる環境NPOはちゃんと選ばなければなりませんが。これが難題でもあります)。

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