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読書記スクラップ[震災・災害]05_あの日につづく時間

05「あの日につづく時間」高橋親夫

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2015年に出版された一冊の写真集をご紹介したい。

著者(撮影者)の高橋親夫氏は、仙台市の沿岸部に生まれ育ち、震災後に被災沿岸部を訪ね、膨大な写真を撮影している。

実は、かつて私がお手伝いした仙台沿岸部の南蒲生地区の「震災以前」の写真も多く撮影しており、それらは今や貴重な記録となっている。

以前、ご本人にお話を伺った際に、その動機として

「自分の生まれ育った土地が、大規模な区画整理で風景が変わってしまうことがわかった時、風景を残しておきたいと思って撮りはじめた」

というようなことを仰っていた。

確かに、その地区の写真を拝見するとつぶさに撮られていたし、南蒲生や貞山運河の写真も、まるで工事や測量業務の記録写真のように、同一箇所で方向を変えて撮影されていたり、通りであれば両端、建物などは別角度で何枚か、などのように、本当に細かいものだった。
(建築の設計を本業とされているので、頷ける)

南蒲生の住民の方の紹介で、親夫氏とやり取りをさせていただき、当地の従前の写真の使用を快諾いただいたおかげで、諸プロジェクトも進められた。

さて、この写真集は、氏が震災後に美術大学に通って写真を学び直し、そうした記録写真からさらに深化したものだ。

「時間が止まった場所」「植物たち」「大地」という3つで構成されている。

「時間が止まった場所」では、(おそらく)仙台沿岸部の荒浜地区の被災現場の「浴室」を撮ったものが並んでいる。
カラフルなタイルや、工夫された意匠の浴室の様子で、家々のひいては家族の個性などを勝手に想像してみることができるのだが、それらの浴室はどれもひしゃげて傾き、削られている。

「植物たち」では、そうした被災状況と関係なしに育ちはじめた園芸植物の様子が並ぶ。人の営みの痕跡でもある園芸種が逞しくも被災地域を覆った。

そして、最後の「大地」。ここでは、復興事業が進む大地の様子が並ぶ。
特に多いのは、圃場整備の様子だと思う。
重機が入った大地。その模様が思いもよらぬ視点で切り取られている。

農地の大規模化への区画整理事業によって、それまでの道路や水路やあぜ道は白紙にされ、新たな未来への直線が計画されて、新しい田園風景がつくりだされる。
私は考える。震災の復旧・復興は真新しい直線を生み出す作業ではないのか。そして、人間の活動そのものが直線を作り出す行為で行為であり、私たちはそれと共に生きるということではないのかと。
人間の手に取り戻された大地は、やがて時間と共に普通の田園へと戻っていく。

そして、最後の「あとがき」にはこう書かれている。

この写真集は、被災した地域に住む者として撮影を重ねながら、人間と自然の関わりについて考え、思いを巡らせた自分との対話である。

ぜひ、手にとっていただきたい一冊だ。


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