マガジンのカバー画像

私的詩手帳

143
_人人人人_ > 突然の詩 <  ̄Y^Y^Y^Y^ ̄
運営しているクリエイター

2021年6月の記事一覧

(詩)九時十七分

娘を連れて
生まれ育った街を訪れるたび
彼女は無邪気に言う
止まった時計も一日に二回
正しい時を指すと
そのたび私は釘をさす
残念だけどその言葉は世間的に
あまりいい意味じゃないんだよ

まだまだ気ままに動かんとする
小さくやわらかな左手を
離れないよう右手で包みこんで
黒い石畳を歩く
人もまばらな広場に面して
屹立する時計塔
九時十七分を指したまま
百年くらい止まったまま
ぼくが知ってた姿のまま

もっとみる

酷暑の木陰

湿度のかけらもない
無風地帯
未知の形容詞でしか
言い表せないような
やけくそな熱線が
石畳を焼いている

広場の真ん中に
くたびれた大樹
みなそこに
追っ手の大群から身を隠す
ブッチとサンダンスのごとく
熱のこもった体を寄せている

熱気という大海に浮かぶ
難破船の木片のような
狭苦しい木陰のもとで
気候を呪う駄弁りは静寂に
熱気を嘆く沈黙は喧騒に
変換される

気分屋はきょうも
ただただやくざ

もっとみる

さわがしい凱旋

大洋でひろったかぐわしい香りと
やわらかい湿り気を
港町と緑の山に落っことしてきた
おっちょこちょいなかわいた風が
空耳のような
ときの声をはこび
陽気な亡霊たちの帰還をつげる

勇ましかったもの
無謀だったもの
臆病だったもの
賢しらだったもの
海のものとも山のものともつかぬ
名も無き亡霊たちは
自分らが死んだこともわすれて
風にのって
かろやかに
踊りながら
さわがしく

勝者もなく
敗者もな

もっとみる

(詩)忘れることはできない

忘れることはできない
忘れることなどできない
ただのひとつもない
忘れようとして
忘れられるものなど

何をもって
忘れたということになろう
せいぜい
たまたま
起こってしまったことを
覚えてしまったものを
三日分の新聞紙にくるみこみ
ビニール袋に詰めこんで
かたく口を縛り
段ボールとガムテープで
がんじがらめに包みたおし
物置へ乱暴にほっぽりだして
やがてそこにあることを
意識しなくなる
その程

もっとみる

ごしごし

ごしごし
ごしごし
ごしごし
ごしごし

ガラスをごしごし
ガラスごし
あの日のしあわせ
見えるまで

背中をごしごし
背中ごし
あの日の望みは
今どこに

ごしごし
ごしごし
ごしごし
ごしごし

コップをごしごし
手をよごし
空のうつわは
みたされず

髪をごしごし
頭ごし
わたしの期待を
おいこして

ごしごし
ごしごし
ごしごし
ごしごし

便器をごしごし
お為ごかし
日々のよごれを
そぎ

もっとみる

ばかもの

何事も自明ではない生
何事もままならない世界
誰にもなれないまま訪れる老い
誰にでも訪れる死の平等さ
そういったものを憂い
憂えたふりをしては
達観と諦観の仮面をかぶり
子供じみた笑いを隠している

あなたがしたり顔で
どこかで見たような
正義を語るとき
別の人は 何が正義なのかと
悩んで口をつぐんでいる
そんなことを言って
何か言った気になっては
こうしておけば
過ちをおかさないと
無邪気な算段

もっとみる

かけらだけ置いてゆく

みんなみんな
かけらだけ置いてゆく
わたしもそう
かけらだけ置いてきた

がらくたなどと
誰が決める
ひとつやふたつ
じゃまになんてなるか

わたしのものなどと
誰が決めた
おまえが手にしたのなら
誰のものでもない

かけらだけ置いてきた
それで充分
かけらだけを置いてゆく
それだけ そっと

世界には名前がついてない

世界には名前がついてない
そういえばそうだった
あたりまえなのに気づけなかった
世界には名前なんてついてない
ただただ概念についた名前で
呼ばれるだけの広い場所
世界には名前などついてない
だれも名前をつけもしない場所に
ぼくらは生きていた
世界には名前すらついてない

そんなことに気づいて
無邪気にはしゃいだ
これでやっと
悪者の心理がわかるようになったと

ホームワーク

おれの求めていたものは
だいたいがこっぴどい矛盾を
かかえたものばかり
たとえば
誰もが納得する最高のバッドエンド
いつか死んでしまうのなら
いっそ最後はそういうのがいい
そんなことを言って
諦観ぶった笑みを浮かべようとした

でも
おれは人生の空欄を
埋めていくので必死で
おまえはそれを端で
子供みたいな眼で
眺めてるかと思ったら
次の瞬間 まなこに
見たこともない色を浮かべて
あくせくマークシ

もっとみる

耳をすますと
遠くから
空のほどける音

目覚めたわたしは
心の中でほどく
その音を ひとり

あらゆるものをほどく
あらゆるものはいつか
ほどかれなければならない

ほどくのが答えなのではない
ほどくことが
ひとつの問いなのだ

あらゆるものはほどかれる
あらゆるものにほどかれる
問いの地平へむかって

しかし
ほどくことで何かを問うときに
ほどいた果ての答えなど
探されていない

ほどかれざる

もっとみる

ひとりずもう

ひとりでいるのは
もう傷つきたくないから
強がるのは
もう傷に触れられたくないから
素直じゃないのは
もう裏切られたくないから

ひとりでいるのに
いつのまに傷は増えていて
強がった態度も
傷を膿ませたままにして
素直じゃなさで
もはや自分を見失っていて

傷つきたくなくて
自分で傷をつけていく
傷に触れられたくなくて
生傷を汚れた手で強く押さえる
裏切られたくなくて
自分をずっと裏切りつづける

もっとみる

レインリリー

春雨小雨
にわか雨
一瞬一瞬の
やまない雨
かさなりつらなる
降水量
そのむこう
心のうちに
雨は宿り

雨粒の軌跡
空気の小さな
すきまをぬう
その破線を
とぎれさす
ひとつの実体
濡れゆくわたしの
悲しみが
雨に宿り

雨伝う
小さなひさし
寄り集まった
感情どうし
見えない糊しろで
はりついて
しらずしらずに
われわれは
雨と宿り

軽石まざりの
土みたく
すべてすいこむ
多孔質の心たち

もっとみる

はいは一回でいい
すきも一回でいい
人生も一回でいい
それでいいですか

はいと
はいはいは
意味がちがうと
いうけれど
すきと
すきすきは
意味が
ちがいますか

たでくう虫もすきずき
なんていうじゃない
って?
すきと
ずきじゃ
意味は
ちがうのかな

わたしは
たでくう虫に
なりたい
すきと
ずきで
すきすき
ずきずき

はいはいしながら
あなたというたでに
すりよって
すきすき
すきすき

もっとみる

(詩)土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う

土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
ひとりぐらしを初めてからずっとそうだ
なぜなのかは覚えていないしどうでもいい
塩けがいつもたりなくてもどうでもいい
うまいとかまずいとかもどうでもよかった
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う

自衛隊の船乗りは
曜日を海に落っことさないために
金曜には必ずカレーを食うらしい
しかしおれの土曜日のチャーハンに
そこまでの意味があるはずもない
そんなはず

もっとみる