(詩)土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う

土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
ひとりぐらしを初めてからずっとそうだ
なぜなのかは覚えていないしどうでもいい
塩けがいつもたりなくてもどうでもいい
うまいとかまずいとかもどうでもよかった
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う

自衛隊の船乗りは
曜日を海に落っことさないために
金曜には必ずカレーを食うらしい
しかしおれの土曜日のチャーハンに
そこまでの意味があるはずもない
そんなはずだったんだが
いつのまにか
土曜がチャーハンを呼ぶのではなくて
チャーハンが土曜を呼んできている
そんな気がしていった
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う

たまにおやじが作ってくれた
こまぎれの魚肉ソーセージ入りの
ぺったぺたのチャーハン
おれがつくるチャーハンも
魚肉ソーセージが入ってないのに
たまによくにた味になった
違うのは
塩の一振りがたりないことだけ
忙しかったおやじの毎日作る飯はいつも
雑で油っこくてしょっぱくてでもうまかった
そんなとおい日々を思い出しながら
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う

週末の暇と具材をもちよって
友達みんなでばかさわぎ
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
背の高い子が持ってきた見切り品の焼豚
眼鏡のあいつが持ってきたたまねぎ
あの子は特売品のたまごと
そしてなぜか皿を買ってきた
チャーハンを盛るにはおしゃれすぎる
舟形の真っ白い皿
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
ごめんみんな塩けがたりなかったかい

あの子が彼女になってはじめてのデート
その夜 はやりの映画を
いっしょに見に行って
彼女の知り合いのトラットリアで
晩飯を食うなんてこじゃれた約束
カジュアルなのに妙にこなれてない
スーツを用意して
シャツもアクセもなんとなく
それなりのを選んで
慣れないことで腹がへったので
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う

彼女がもう彼女でなくなって
ひとりくらしがふたりぐらしになる前の日も
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
もうひとりのおとうさんになる人も
チャーハンが好きでよかった
彼女とおなじで
チャーハンが好きでよかった
おとうさんの作ったチャーハンも
いつか食べてみたいと言ってみたら
作ったことはないと返されて
気まずくなったこともあったな
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
おとうさんもご一緒にいかがです
人に自慢できる出来じゃないですが

土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
そんなおれに気づかってかみさんは
土曜にチャーハンを作らない
と 思ってた
おれがチャーハンを作らない土曜の昼くらい
あってもいいんだぜ と考えてたが
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
そしてかみさんにも食わせる
そんなことが かみさんにとってすこしだけ
助けになってるってことを
紙婚式の日にようやく教えられた
きみのつくるちゃんとしたチャーハンみたく
いいのができるようにちょっと頑張るよ
いや チャーハンの出来だけじゃ足りないか

悲しくとてもかなしい落とし物をして
長雨のトンネルのような日々を
泣きぬれながら通りぬけたあとの週末
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
誰のせいでもないことで体も心も落ち込んで
もう戻らないうごめきにさよならし
埋められないからっぽを
抱えてしまったかみさんにも
チャーハンを作って食わせる
きみの作るやつみたく具だくさんにしたよ
ごめんいつもよりしょっぱかったかい
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う

ふたたびのしょっぱいチャーハンは
病院から荷物を取りに戻ったついでに
冷凍ごはんで片手間で作って
かみさんがくれたいつもの皿に
がさっと盛った雑なチャーハン
でもあのときとはぜんぜん違うんだ
それでいてもう二度とないしょっぱさ
「チャーハンは人生を映す鏡」
そんなへんてこな言葉を思いついて
油っこくてぺたぺた気味の飯粒を
口にはこびながら笑い泣きする
やっとうちが手狭になる前の
最後の土曜の午後
病院のかみさんは何食ってんのかな
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う

むすこが幼稚園ではじめて書いた絵は
おれと欠けた白い皿のチャーハンの絵
そこまでチャーハン食ってないだろお
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
それだけだろお
この前はじめてチャーハン食わせたけど
絵にするほどうまくなかっただろお
そんなこと言いながらむすこの頭を
かみさんゆずりの猫っ毛をなでまわす
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
かみさんもむすこもチャーハンを食う
あんまりぺたぺたにはならなくなったけど
みんな塩を一振りして食う

土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
むすこがはじめて作ったチャーハンも
土曜の昼に出てきた
むすこのチャーハンはすこししょっぱくて
おれのチャーハンとたして二で割ると
ちょうどいいくらい
むすこのチャーハンとおれのチャーハン
みんなで交互に食べてただただにこにこ
テレビからは増えている疫病の患者数と
一年遅れでやるつもりの大会のニュース
今日はむすこの運動会だったんだけどな
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
むすこのチャーハンは怪我の功名
不幸中の唯一のさいわい

注射の予約のことが気になって
去年から会えてないおやじに連絡したら
なんとか予約は出来たってひと安心
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
今日はおやじみたく魚肉ソーセージを入れた
おとうさん ここまでたいへんだったねと
言ったかみさんも味についてはなにも言わず
むすこはピンクのこまぎれをしげしげ
変わった味だね ぼそり
そっかおまえギョニソーって
あんま食ったことなかったもんな
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
そういや初めて作ったチャーハンは
小学生のとき 父の日におやじにふるまった
ギョニソー入りのチャーハンだっけ

伊丹十三の映画で 死にかけた女が
いまわの際にむくりと起き上がり
家族たちにチャーハンを作って食わせて
そのまま息絶えるなんてのがあった
おれも甲斐なく息絶えるなら土曜日がいい
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
かみさんとむすこに食わせて
それからおれも一口食って
塩けのたりなさに安心して
塩を一振りしてから死ぬんだ
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う

ひとりで死ぬことになったとしてもたぶん
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
おやじのギョニソー入りチャーハンみたいな
味ではなくなったけど
かみさんのみたく恥ずかしくない出来とは
言えないけれど
それなりな出来で塩けがたりないチャーハン
そしてあの世でもそうするだろう
先に行ったちかしい人たちに
食わせてやるんだ
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
気に入ってくれるかはわかんないけど

たぶんすべてを失っても
米といくぶんかの具と塩とかを
ととのえるだけの富が残されていれば
たぶんそうしつづけるだろう
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
そして食わせる
塩を一振りする
たとい有り金も住むところもなくしても
伊丹十三の映画みたく
金曜の夜の寝静まった食堂の厨房に
ひっそり忍び込んで
土曜の昼に食い食べさせる分の
何人前かのチャーハンを作るに違いない
この世でいちばん違法なチャーハンを

でもそれ
土曜の昼にはいつもチャーハンを作って食う
とは違うかな

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?