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【連載】ある小学校で起きた冤罪 〈最終回〉捜査で作られた「性被害の記憶」 

※この記事は、2月15日までは後半部分を有料記事とさせて頂きました。2月16日より全面的に無料公開しますが、ご支援くださる方はそれまでにサポートとして記事を購入頂けましたら幸いです。

〈2024年2月16日追記〉
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本日から無料公開にさせて頂きます。
ご厚意に応えられるように、記事の充実に努めたいと思います。
今後ともよろしくお願い致します。

【イントロダクション】
   千葉市のM小学校で1年生のクラスを担任していた講師の男性Jさんは、2018~2019年に、担任する1年X組の女子児童3人を個別に倉庫に連れ込み、服を脱がせて身体を触ったとして強制わいせつの罪に問われ、一貫して無実を訴えながら裁判で懲役3年6月の判決が確定した。現在は関東地区の某刑務所で服役している。
   私は、Jさんの裁判記録をもとに検証を重ねた結果、Jさんは無実であり、そもそも女子児童3人がわいせつ被害に遭ったという事件は存在しなかったのだと確信するに至った。このマガジンでは、そのことを検証結果に基づいて報告していく。
 

【バックナンバー】
〈第1回〉30人の児童がいるクラスの教室で目撃者はゼロ
〈第2回〉事件の存在を否定する「現場の状況」
〈第3回〉「物証に関する捜査結果」も事件の存在を否定
〈第4回〉「性癖」もシロ

「被害を訴えている人数は3人」がクロの根拠になるか

  この連載ではこれまで4回に渡り、Jさんが無実であり、この事件がそもそも最初から存在しなかったことを説明してきた。この間、私のもとには多くの好意的な感想が寄せられ、おかけさまで多くの人に記事内容をご理解頂けたことを実感できている。

   もっとも、過去4回の記事を読まれた方々の中にも、記事内容を受け入れられず、釈然としない思いの人もいるのではないかと思う。私がそう推測するのは、「被害を訴えている女子児童が3人いる」という点が引っかかる人もいそうに思うからだ。

    実際、M小学校のK教頭が警察の取調べに対し、こう供述している。

 「子供が嘘をつくことは沢山あります。しかし、今回の事件については、嘘をつく理由はないと思いますし、その内容も非常に現実味を帯びており、1人ではなく3人という人数的な問題も加味しますと、J先生が犯人である可能性は高いと思います」(2019年3月6日付けK教頭の警察官調書)

  第1回で触れたようにK教頭はもともと、Jさんの人間性や仕事ぶりを高く評価していた。そんなK教頭ですら、「被害を訴えている女子児童が3人いる」という事実からJさんにクロの心証を抱いたわけだ。ということは、Jさんと一面識もない人の中にも当然、「被害を訴えている女子児童が3人いる」という事実を重く受け止めた人もいるだろう。

  だが実際には、「被害を訴えている女子児童が3人いる」という事実は、Jさんがクロである根拠にはならないものだ。なぜなら、複数の子どもが「存在しない性被害」を訴えた冤罪の実例は過去にもあるからだ。

 複数の子どもが「存在しない性被害」を訴えた冤罪の実例

  たとえば、2013年2月、東京都葛飾区の小学校を舞台にそういう事件が起きている。男性教諭Tさん(当時60)が、担任していた1年生のクラスの女子児童2人に対する強制わいせつの容疑で逮捕されたという事件だ。

 この事件で「被害者」とされた2人の女子児童、DさんとEさんが供述した被害は、いずれも

 「教室でT先生が教卓の椅子に座り、私はその膝の上に座った状態でT先生から身体を触られました」

  という内容だった。Eさんのほうは、

 「Fさん(クラスの他の女子児童)もT先生に身体を触られていました。私は自分の席からそれを見ていました」

 「私たちがT先生に身体を触られている時、Gさん(クラスの他の女子児童)が教室にいた時もありました」

  などとも供述していた。

    つまり、この2人の女子児童、DさんとEさんの供述が事実なら、Tさんから身体を触られる被害に遭った女子児童がFさんも含めて3人いたことになる(犯行時にその場にいたとされたGさんも被害者としてカウントすれば、被害者数は計4人ということになる)。

   もっとも、この2人の女子児童の供述によると、教室でTさんからそのような性被害に遭った時間帯は、「2時間目の授業と3時間目の授業の間の20分の休憩時間」「昼休み」だったことになっていた。この連載の内容を知る方であれば、このTさんの事件には、Jさんの事件と共通する問題が存在することがおわかりだろう。

   その問題とは、すなわち、

「仮に(あくまでも仮に、だ)Tさんが教え子の女子児童にわいせつ行為をはたらくような人物だったとしても、そのような犯行が露呈する危険がいかにも高そうな状況で犯行に及ぶことはありえないのではないか」

 という問題だ。結果、一審・東京地裁(日野浩一郎裁判長)は、被害を訴えていた2人の女子児童、DさんとEさんの供述について、「直ちに高度の信用性を有するものとはいえない」(判決)としてTさんに無罪を宣告。二審・東京高裁(村瀬均裁判長)が検察側の控訴を棄却し、Tさんの無罪が確定している。実質、冤罪だと認められたに等しい結末だった。

 また、2015年10月には、養女を強姦するなどした罪で服役中だった男性(当時72)が大阪地裁(芦高源裁判長)の再審で無罪判決を受け、大きく報道されたことがあった。実はこの事件も複数の子ども(女の子1人と男の子1人)が「存在しない性被害」を訴えたために生まれた冤罪だった。

 その男性Oさんが2008年に逮捕された当時、「被害者」とされた養女Hさんは14歳。Oさんにとって、Hさんは元々、妻の連れ子である女性の娘だったが、数年前に養子縁組し、一緒に暮らしていた。OさんはHさんが11歳の時と14歳の時に自宅で強姦するなどした罪に問われ、無実を訴えながら裁判で懲役12年の刑が確定していた。

 この裁判で有罪の決め手は、Hさん本人が「自宅で養父から受けた強姦被害」を詳細に証言したのみならず、一緒に暮らしていたHさんの兄Iさん(※Oさんにとっては、Iさんも妻の連れ子である女性の息子にあたる。OさんはIさんのことも養子縁組していた)も「自宅で妹が養父に強姦される場面」を目撃したように供述していたことだった。2人の子どもが揃って養父の犯行を供述したことから、裁判官も本当のことだと思ってしまったのだ。

 しかし2014年になり、成人したHさんがOさんの弁護人に対し、強姦被害は嘘だったことを告白。そこで、Oさんが大阪地裁に再審請求を申し立てたところ、検察官の再捜査により、Hさんが「強姦被害」に遭ったはずの時期に診察を受けた産婦人科で「強姦被害」に遭ったことを医学的に否定する内容のカルテが見つかった。こうして、Oさんは再審で無罪とされたのだ。

  この東京と大阪で起きた2つの冤罪事件はいずれも、母親が「娘は性被害に遭ったのではないか」と疑い、娘に対して執拗に事実関係を確認したことから、結果的に娘が誘導・暗示をうけ、「存在しない性被害」を供述する事態を招いていた。「妹が養父に強姦される場面」を目撃したように供述したHさんの兄Iさんも、母親から「見ていないはずはない」と問い詰められていたという。捜査や裁判では、子供の証言や記憶は取り扱いが難しいことはよく知られているが、これらの事件はそのことを如実に示した事例でもある。

 参考までに、アメリカでは、1983年、ロサンゼルスにある『マクマーチン幼稚園』において、園児369人がセラピストの誘導的な聞き取り調査に「存在しない性被害」を訴え、経営者家族らが逮捕された壮大な冤罪も起きている。こうした実例に照らせば、Jさんの事件で3人の女子児童が揃って同様の「性被害」を供述したことも、決定的な意味を持つわけではないとおわかり頂けるはずだ。

 【この項の参考文献】

① Tさんの事件について 
   ・Tさんの裁判の第一審判決(平成25年12月20日、東京地裁刑事第18部宣告)
 ・Tさんの裁判の控訴審判決(平成26年9月9日、東京高裁第10刑事部宣告)

② Oさんの事件について
 ・Oさんの再審の判決(平成27年10月16日、大阪地裁第1刑事部宣告)

③ マクマーチン幼稚園の事件について
・『マクマーチン裁判の深層 全米史上最長の子ども性的虐待事件裁判』(著者=E・W・バトラー、H・フクライ、J・E・ディミトリウス、R・クルース、訳者=黒沢香、庭山英雄/発行=北大路書房)
※日本のメディアでは、「マクマーチン幼稚園」は、「マクマーティン保育園」と表記されることが多いが、本記事は同書の表記を採用した。

検察官の不適切な“司法面接”

 そして実を言うと、Jさんの事件では、性被害を訴えた女子児童3人の供述は信用性に疑問があることが専門家に指摘されている。その専門家は、青山学院大学の高木光太郎教授。足利事件や福井女子中学生殺害事件、大崎事件など様々な冤罪事件・再審請求事件で、供述に関する意見書や鑑定書を作成してきた心理学者だ。

  高木教授はこの事件で、Jさんの弁護人から女子児童3人の供述に関する資料を提供されたうえで見解を求められ、「回答書」を作成している。それによると、女子児童3人の母親らがそれぞれ娘に対し、「パンツ下げられた?」などと質問したり、「触られた部位として想定している箇所」に手を当てるなどの尋ね方をしたりするなど、子どもの記憶に影響を与えるような供述聴取を行っていたという。

  高木供述はそのことを指摘したうえで、

 「親による端緒的な子どもからの供述聴取が、子どもの記憶にある程度の影響を与えてしまうのは仕方のないだと考えられる」

  と説明。そして、女子児童3人の記憶に最も深刻な影響を与えたのは、検察官による“司法面接”だったとして、次のように評してている。

 「今回の“司法面接”は、子どもの発達的特性などを考慮して設定された面接の基本原則や手順から大きく逸脱するもので、発達心理学おとび供述心理学の立場で言えば、おおよそ“司法面接”と呼ぶことのできない杜撰な聴取であったと残念ながら言わざるを得ず、それを通して得られた供述の信用性にも極めて大きな疑問を残すものでした」(2021年6月21日付け高木光太郎教授の回答書 ※“”による強調は引用者による)

  司法面接とは、子どもに負担をかけず、正確な情報を引き出す面接法のことだ(参考:司法面接研究会ホームページ)。この事件でも、被害者とされる女子児童3人に対し、検察官がこの司法面接により、事件のことを聴取したような体裁になっている。

  しかし、高木教授によると、録音録画されていた検察官の司法面接はもっぱら、

  (1)   出来事の特定の側面を聴取者の意図に基づいて切り出して説明することを求める「WH質問」

 (2)   聴取者の意図や想定が明示されるため誘導的な性質が強い「クローズド質問」

  によって、聴取が展開されていたという。さらにそのような聴取で断片的な説明しか得られていない状態で、検察官が行った「ある聴取」について、高木教授は厳しい意見を述べている。

  その「ある聴取」とは、性器などの身体的な部位を持つ「人形」を用いた聴取だ。

 「今回の司法面接では、人形を用いて子どもから供述を引き出そうとするだけではなく、人形の特定の部位を子供に指示させて、その状況を写真や動画で記録するという作業が行われていました。しかし、人形などの具体物を用いた場合、子どもは記憶に基づかなくても大人の働きかけに応じて指示的な振る舞いをしてしまう可能性が相当程度ありますので、このような記録作業は供述聴取の記録としては不適切であり、司法面接では通常は実施しない手順です」(2021年6月21日付け高木光太郎教授の回答書)

 高木教授がここまで強く批判する「人形による聴取」とは、一体どんなものだったのか。実際にその場面を見て頂けば一目瞭然なので、以下にそれを示す。

検察官が女子児童に行った司法面接の一場面 ※注釈とモザイク処理は引用者による
検察官が女子児童に行った司法面接の一場面 ※注釈とモザイク処理は引用者による

  見ておわかりの通り、検察官は被害を訴える女子児童の眼前で、小さな女の子の姿をした人形のスカートをまくり上げて下半身裸の状態にしたうえ、性器を指差させたりしながら聴取を行っていたのだ。こうしたことをすれば、子どもの記憶がゆがめられ、実際には経験していないことを供述する危険が高いことは想像に難くない。 

 ちなみに前掲のアメリカの「マクマーチン保育園」の事件でも、園児369人に「想像しない性被害」を供述させたセラピストが人形を用いた聴取を行っていたことが判明している。日本の検察官は、それと同じ危険な供述聴取を2010年代に行っていたのだ。

上書きされた「記憶」

   検察官はこのような人形を用いた不適切な司法面接で女子児童らを誘導し、あたかもJさんから性被害を受けたような架空の話を供述させた後、通常の事情聴取や取調べと同様に、書面化させた調書を読み聞かせたうえ、署名や押印をさせていた。高木教授によると、この作業にも重大な問題があったという。

「検察官による口述や調書の朗読の内容は当然のことながら、検察官による情報の整理に基づくものであり、極めて強力な事後情報として作用し、子どもの記憶を上書きすることになります」(2021年6月21日付け高木光太郎教授の回答書)

 「今回の司法面接における調書の作成作業は、通常の司法面接において細心の注意を払って避けられている、聴取者本来の事後情報による子どもの記憶の書き換えというリスクを完全に無視し、本件の真相解明において決定的に重要な証拠である子どもの記憶に、子ども自身ではおおよそ生み出すのことのできない、供述調書的な文体で検察官の視点で要約された出来事の包括的な説明を上書きしてしまう危険性のあるものでした」(前同)

 こうして女子児童たちは検察官の司法面接により記憶を歪められ、「存在しない性被害」を供述するようになったのだ。

 なお、この高木教授の回答書については、弁護人が控訴審で証拠調べを請求したが、東京高裁(大野勝則裁判長)は証拠として調べることをしなかった。この冤罪事件では、裁判官の責任が通常以上に重いと言わざるを得ない。

 3人の女子児童たちのためにも

  さて、この連載では今回まで5回に渡り、「ある小学校で起きた冤罪」について、私が裁判記録をもとに検証してきた結果をお伝えしてきた。最後に、この連載の内容を総括しておきたい。

 まず、千葉市の小学校で担任していた1年生のクラスの女子児童3人に対する強制わいせつの罪に問われ、懲役3年6月の判決を受けたJさんは、無実であり、そもそも、この事件は最初から存在しないものだった。

 なぜなら、女子児童3人の供述はおよそ現実味がなく、犯行の目撃証言も一切無く、物証に関する捜査結果も事件が存在したことを否定していたうえ、Jさんはこの事件を起こすような性癖の持ち主でもなかったからだ。そして、このような冤罪を生んだ原因は、

 ・警察が、現場の状況や物証によって事件の存在自体が明確に否定されていたことを見抜けなかったこと

 ・検察官が、不適切な司法面接により、女子児童たちに事実と異なる記憶を上書きしたこと

 ・裁判官が、調べるべき証拠を調べなかったこと

  などだ。捜査関係者や裁判関係者がそのような杜撰な捜査や審理により、大学を卒業してまもない20代の小学校講師の青年に犯罪者の汚名を着せ、職を奪った。そして現在も青年に対し、いわれなき罪による獄中生活を強いている。そればかりか、この冤罪事件に小学生の女の子たちや、保護者の方々まで巻き込んだ。この事件で捜査関係者や裁判関係者が犯した過ちは、いくら批判してもし足りないほどの批判に値する。

  被害を訴えた女子児童3人は、裁判では、3人全員が親友としてお互いの名前を挙げるほど仲が良かった。事件があったとされる当時も教室ではお互いの席が隣り合っていた。捜査中、「存在しない性被害」について言葉を交わし合い、知らず知らずに記憶が影響し合ってしまったこともあったかもしれない。

  彼女たちも現在、心に傷を負い、苦しんでいるのではないかと思う。Jさんのためにも、彼女たちのためにもこの冤罪は少しでも早く解決されなければならない。

(了)

【ご留意ください】
 3人の女子児童は存在しないわいせつ被害を訴えてはいるとはいえ、決してJさんを貶めるために嘘をついているわけではありません。女子児童の保護者の方々も同様です。そもそも、捜査や裁判で子供の証言や記憶は取り扱いが難しいことはよく知られていることです。この冤罪の責任を問われるべきなのは、捜査関係者や裁判関係者です。
 女子児童や保護者の方々は、このような冤罪事件に巻き込まれたという意味では、やはり被害者です。このマガジンを読んでくださる方々は、そのことをご理解のうえ、女子児童や保護者の方々への批判はくれぐれもご遠慮ください。

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