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【連載】ある小学校で起きた冤罪 〈第3回〉「物証に関する捜査結果」も事件の存在を否定

【イントロダクション】
    千葉市のM小学校で1年生のクラスを担任していた講師の男性Jさんは、2018~2019年に、担任する1年X組の女子児童3人を個別に倉庫に連れ込み、服を脱がせて身体を触ったとして強制わいせつの罪に問われ、一貫して無実を訴えながら裁判で懲役3年6月の判決が確定した。現在は関東地区の某刑務所で服役している。
    私は、Jさんの裁判記録をもとに検証を重ねた結果、Jさんは無実であり、そもそも女子児童3人がわいせつ被害に遭ったという事件は存在しなかったのだと確信するに至った。このマガジンでは、そのことを検証結果に基づいて報告していく。
 
【バックナンバー】
〈第1回〉30人の児童がいるクラスの教室で目撃者はゼロ
〈第2回〉事件の存在を否定する「現場の状況」

問題の「物証に関する捜査」が行われるまでの経緯


   この事件の犯人とされるJさんは無実であり、この事件はそもそも最初から存在しなかったことについて、このマガジンの第1回、第2回では、被害者とされる女子児童3人(Aさん、Bさん、Cさん)の供述内容や現場の状況などをもとに説明した(第1回、第2回の記事を未読の方は、今回の記事を読まれる前にぜひ、ご一読下さい。そのほうが今回の記事の内容も理解しやすいはずです)。
 
   そして実を言うと、この事件がそもそも最初から存在しなかったことは、「物証に関する警察の捜査結果」にも示されている。というのも、この事件の現場では、この事件が本当に存在するならば当然見つかるはずの物証が見つかっていないのだ。
 
   以下、事件の経緯を改めて振り返りながら説明したい。
 
 
* * *    * * * * *    * * * * *    
 

「J先生ね、パンツまで脱がすんだよ」
 
 第1回で説明した通り、この事件は2019年1月25日、被害者とされるM小学校の1年X組の女子児童3人のうち、Cさんが母親に対し、そのような発言をしたことから始まった。Cさんがなぜ、この時、母親に対し、このような発言をしたのかはわからない。ただ、母親はこの言葉に動揺した(親なのだから当然だ)。そして、Cさんとやりとりして事実関係を確認し、以下のように結論するに至った。
 
「この日、娘(Cさん)は学校で、担任のJ先生から倉庫のようなところに連れて行かれ、服を脱がされて身体を触られる、わいせつ被害に遭ったらしい」
 
 まだ半信半疑だったCさんの母親は、それからLINEを用い、1年X組の他の児童の母親であるママ友たちと事実確認のやりとりを行った。そうしたところ、Aさんの母親から「Aもやられたっぽい」とのメッセージが送信されてきた。こうして、LINEのやりとりに参加していたママ友たちは、Jさんに対し、クロの心証を抱いた。
 
   そしてこの日夜、Aさんの両親が警察署を訪れ、被害を申告し、Jさんは被疑者になった。さらに翌26日の午前中、Cさんの母親も警察署を訪れ、被害を申告。この非常事態をうけ、M小学校が急きょ、児童と保護者に対し、体罰とセクハラのアンケート調査を行ったところ、やはり1年X組の児童であるBさんの母親が2月1日、M小学校を訪れ、BさんがJさんから同様のわいせつ被害に遭ったと訴えた。これで「被害者」は計3人になった。
 
 そんな中、警察はAさんの両親の被害申告により事件を認知した日の翌日である1月26日の午前中、捜査員たちを「事件の発生場所」であるM小学校に臨場させ、現場検証を行っている。そしてこの際、警察は当然、事件現場である「倉庫」の中も調べている。この事件がそもそも最初から存在しなかったと示しているのは、この倉庫で行われた物証に関する捜査結果だ。

事件現場の鑑識活動が示すもの


 この事件に限らず、警察はどんな事件でも初動捜査で現場に臨場した際、事件関係者に由来する可能性がある指紋、掌紋、毛髪、DNA型などの物証を収集する鑑識活動を行う。この事件においても、警察は「事件現場」であるはずの「倉庫」でそれを行っている。しかしその結果、この倉庫に業務で立ち入ることがあったJさんの指紋が照明スイッチのそばから検出された一方で、女子児童3人の指紋や毛髪、DNA型などは倉庫の中から一切見つかっていないのだ。
 
   つまり、
 
「被害者」であるはずの女子児童3人が「事件現場」であるはずの倉庫に立ち入ったことを裏づける物証がまったく見つからなかった
 
   ということだ。
 
   中でも、とくに重要なのが、CさんのDNA型が見つかっていない事実だ。
 
   というのも、仮にCさんが供述するような「被害」が本当に存在したのであれば、警察がこの倉庫で鑑識活動を行う日の前日(=1月25日)、Cさんは倉庫の中でJさんに服を脱がされ、身体を触られる被害に遭っていたことになる。しかも、その供述では、Cさんが受けた被害は、
 
「倉庫の中でJ先生に『寝転がってください』と言われて寝転がり、パンツを脱がされ、身体を触られました」(2019年2月26日、検察官の司法面接に対する供述の要旨)
 
   というものだったのだ。
 
    現在のDNA型鑑定の技術は、肉眼で見えないような鑑定資料からでもDNA型を検出できるレベルにあるので、本当にCさんが警察の鑑識活動の前日、この倉庫でそのような被害に遭っていれば、CさんのDNA型が倉庫内で採取されないとは通常考えにくい。

 裏返せば、倉庫の中でCさんのDNA型が検出されなかった事実は、彼女が訴えるような「Jさんからのわいせつ被害」が存在しなかったことを示しているということだ。

Jさんが女子児童の身体を触ったことを示す物証も存在しない


 警察が捜査の過程で行ったDNA鑑定には、他にも1つ、注目すべき結果が出ているものがある。Cさんが1月25日(事件があったとされる日)にはいていたレギンスに関して行われたDNA型鑑定がそれだ。この鑑定は、JさんがCさんの身体に触ったことを裏づけるために行われたものだが、鑑定の結果、CさんのレギンスからJさんのDNA型は検出されていないのだ。
 
 つまり、
 
JさんがCさんの衣服や身体に触れたことを示す物証も存在しない
 
    ということだ。
 
 Jさんの無罪主張を退け、懲役3年6月の判決(確定判決)を宣告した千葉地裁(小池健治裁判長)はこの事実について、「レギンスに触ったからといって触った部分から必ず触った者のDNA型が検出されるとは限らない」(判決)と認定している。この認定は要するに、JさんのDNA型がCさんのレギンスから検出されていない事実は、Jさんがレギンスを触らなかったことを必ずしも示すわけではない――という意味だ。
 
 しかし、このDNA型鑑定の結果をよく見ると、この千葉地裁の認定はおかしいとすぐわかる。実はこの鑑定では、レギンスからJさんのDNA型が検出されなかった一方で、Cさん及びその家族のいずれとも型が一致しない「身元不明の人物」のDNA型が検出されているからだ。
 
   このような「身元不明の人物」のDNA型が検出されたという事実は、人が少しでもレギンスに触れるなどすれば、DNA型が簡単に付着する可能性が高いことを示している。こうして見ると、JさんのDNA型がこのレギンスから検出されなかった事実の持つ意味は決して軽いものではないはずだ。

 本をただせば、「犯行現場」とされる倉庫から「被害者」とされる女子児童らのDNA型を採取できなかった事実や、CさんのレギンスからJさんのDNA型が検出されなかった事実について、警察と検察がもっと慎重に検討を重ねるべきだった。

 そうすれば、この事件がそもそも最初から存在しなかったことを理解できたはずだ。そして、この冤罪を生まずに済んだろう。
 

(つづく)
※次回は、1月31日(水曜日)公開予定です。

〈1月31日公開〉
ある小学校で起きた冤罪 〈第4回〉「性癖」もシロ

【ご留意ください】
 3人の女子児童は存在しないわいせつ被害を訴えてはいるとはいえ、決してJさんを貶めるために嘘をついているわけではありません。女子児童の保護者の方々も同様です。そもそも、捜査や裁判で子供の証言や記憶は取り扱いが難しいことはよく知られていることです。この冤罪の責任を問われるべきなのは、捜査関係者や裁判関係者です。
 女子児童や保護者の方々は、このような冤罪事件に巻き込まれたという意味では、やはり被害者です。このマガジンを読んでくださる方々は、そのことをご理解のうえ、女子児童や保護者の方々への批判はくれぐれもご遠慮ください。

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