【連載】ある小学校で起きた冤罪 〈第1回〉30人の児童がいるクラスの教室で目撃者はゼロ
小学校講師Jさんの人物像
今回は初回なので、事件のあらましから説明したい。なお、事件関係者のプライバシーへの配慮が通常以上に必要な事案であるため、固有名詞の多くを匿名とした。それが読みにくさを招いているかもしれないが、ご容赦頂きたい。
この冤罪事件の被害者の名前は、仮にJさんとしておく。まだ20歳代の男性だ。Jさんは2017年3月、千葉大学の教育学部を卒業すると同時に教員免許を取得。同4月から千葉市内の某小学校で臨時講師として1年勤務し、2018年4月から同じ千葉市内にあるM小学校で講師として勤務していた。いずれの小学校でも1年生のクラスを担任している。
Jさんは一体、どんな講師だったのか。M小学校のK教頭(男性)は警察の調べに対し、Jさんのことを次のように供述している。
「児童への接し方は、優しく対応しているという風に見ており、授業の進め方についても、新米の講師としては上手にできている方だと思っていました」(2019年3月6日付けK教頭の警察官調書)
「前任校からの評判が良かったこと、熱心にベテラン教師に指導を仰いでいたこと、希望する低学年学級を受け持ち、一生懸命指導に当たっていたことなどから、私の目にも非常に良い講師として映っておりました」(前同)
一読しておわかりの通り、K教頭はJさんの仕事ぶりを高く評価していたようだ。
JさんはM小学校で1年X組の担任をしていたのだが、このK教頭の供述中に「ベテラン教師」として出てくるのは、X組と教室が隣り合っている1年Y組を担任していた学年主任のW教諭(女性)のことだ。W教諭も警察の取調べに対し、Jさんのこと好意的に評価していたような供述をしている。
「性格は真面目で、与えられた仕事は一生懸命やる印象です」(2019年5月31日付けW教諭の警察官調書)
「勤務態度も真面目で、休み時間に児童と遊んだり、丁寧な言葉遣いで対応したりしていて、経験が少ないのにクラスをまとめているという感じがしました」(前同)
人間性や仕事ぶりの評判が良い人が裏では悪いことをしていた例はいくらでもある。とはいえ、Jさんの場合、悪いことをしそうな兆候が見受けられない人物だったことがK教頭とW教諭の供述に示されている。
小学校講師Jさんが被疑者になった経緯
では、そんなJさんがなぜ、女子児童3人に対する強制わいせつの嫌疑をかけられたのか。
それは、JさんがM小学校で勤務して9カ月ほどになる2019年1月25日のことだった。午後2時40分頃、Jさんが担任していた1年X組の女子児童Cさんが学校から帰宅後、母親に次のような言葉を発した。
「J先生ね、パンツまで脱がすんだよ」
誤解なきように結論を先にお伝えしておくが、JさんがCさんのパンツを脱がせたという事実は存在しない。ただ、Cさんがなぜ、この時、母親にこのような発言をしたのかは正直、私にもわからない。映画やドラマ、小説の事件ならともかく、現実の事件は事実関係を常に100%解明できるものではないから仕方ない。ちなみに母親の公判証言によると、Cさんはこの発言をした時、面白い話を聞かせるような感じで明るく言ってきたという。
とまれ、Cさんのこの発言を聞いた母親は動揺しつつも、Cさんとやりとりして事実関係を確認し、1つの結論に達した。その結論とは、
「この日、娘(Cさん)は学校で、担任のJ先生から倉庫のようなところに連れて行かれ、服を脱がされて身体を触られる、わいせつ被害に遭ったらしい」
というものだ。
この時点では、Cさんの母親は半信半疑だった。そこでLINEを用い、1年X組の他の子供の母親であるママ友たちにこの件を伝えたうえで、事実確認のやりとりをした。そうしたところ、同日午後5時50時頃、別の女子児童Aさんの母親から次のようなメッセージが送信されてきた。
「Aもやられたっぽい」
これで、Jさんにわいせつ被害を受けたと訴える女子児童は2人になった。LINEでのやりとりに参加していたママ友たちは、この時点でJさんに対してクロの心証を固めたようなメッセージを送信し合っている。
この日の夜、Aさんの両親が110番通報したうえで警察署を訪ね、被害を申告。さらに翌26日の午前中、Cさんの母親も警察署を訪ね、被害を申告した。こうしてJさんは、担任する1年X組の女子児童2人に対する強制わいせつの嫌疑をかけられた。
千葉市教育委員会での聞き取り調査
Jさんは、女子児童2人に対する強制わいせつの嫌疑をかけられたことをうけ、1月29日にK教頭と一緒に千葉市教育委員会に赴き、同市教委の担当者らから聞き取り調査を受けている。そして、その場で疑惑を全面的に否定している。
この時のJさんはどんな様子だったのか。同行していたK教頭はのちにJさんの裁判でこう証言している。
「いや、もう一切やっていませんときっぱり断っていました。断るというか、断言しておりました」
このK教頭の証言からは、Jさんが千葉市教委の担当者らの聞き取り調査に対し、堂々とした態度で無実を主張していたことが窺える。
現れた3人目の「被害者」
しかし、Jさんはその後、さらに厳しい立場に追い込まれる。M小学校がCさんとAさんの被害申告をうけ、学校のすべての児童と保護者に対して、体罰とセクハラのアンケート調査を行ったところ、Jさんからのわいせつ被害を訴える女子児童がまた1人、新たに現れたのだ。
被害を訴える3人目の女子児童Bさんも前出のCさん、Aさんと同じく、Jさんが担任していた1年X組の児童だった。2月1日の午後3時30分頃、Bさんの母親はM小学校に来校し、次のように申告した。
「娘にアンケート調査を行ったところ、わいせつ行為をされたと言っているのです。J先生から乾燥した肌を見せてと言われ、身体を見せたと言っているので、驚いて学校に来たのです」
Jさんは、このBさんの母親の訴えをうけ、今度は(K教頭ではなく)R校長と一緒に千葉市教育委員会に赴き、改めて聞き取り調査を受けたが、この時も疑惑を全面的に否定している。しかし、Jさんがその後、学校で再び講師として働くことは叶わなかった。
同年4月、Jさんは強制わいせつの容疑で警察に逮捕された。
裁判の結果と報道
小学校の教職員が教え子の児童にわいせつ行為をはたらいた容疑で逮捕されると、大きく報道されることが多いが、この事件に関する報道は少ない。そんな中、Jさんが逮捕されてから約2年の時が過ぎ、千葉地裁での裁判で判決を言い渡された際、読売新聞オンラインが以下のような記事を配信している。
この記事は、千葉地裁の裁判の結果をおおむね正確に伝えている。
まず、Jさんが判決において、2018~2019年に、校内の倉庫で、個別に呼び出した女子児童3人(Aさん、Bさん、Cさん)の服を脱がせ、身体を触ったと認定され、強制わいせつの罪で懲役3年6月の判決を宣告されたのは事実だ。「担任の立場を利用し、信頼につけ込んだ卑劣で悪質な犯行」という小池裁判長の判示についても、要約はされているが、小池裁判長が判決中で大体こういうことを言っているのも確かだ。
ただ、この記事はおおむね正確である一方、何より重要な情報が書かれていない。それは、Jさんが全容疑を一貫して否認しており、この裁判でも無罪判決を求めていたことだ。
M小学校の関係者をはじめ、Jさんと関わりのある人たちの中には、この記事を目にとめ、Jさんが裁判で容疑を認めていたように思った人もいたかもしれない。それは誤解なので、ご承知おき頂きたい。
この後、Jさんは東京高裁で控訴棄却、最高裁で上告棄却をそれぞれ宣告され、3年6月の判決が確定。現在は関東地区の某刑務所で服役している。
現実味が無かった女子児童たちの供述
以上、事件のあらましを説明した。では、この事件のどこが、どのように冤罪なのか。
そのことを説明するために以下、女子児童3人がJさんからのわいせつ被害を訴える供述の骨子を列記した。実はこれだけの情報の中にも、この事件が冤罪だと見抜くポイントは現れている。
さて、おわかり頂けただろうか。この3人の供述には現実味が無い、ということが。
この3人が被害に遭ったことを訴えている時間帯、すなわち、
「3時間目の体育の授業が終わったあと」
「給食の時間中」
「図工の授業中」
という時間帯には、当然ながら教室に1年X組の他の生徒たちもいたのである。そんな中、Jさんが教室からわいせつ行為をしたいと思う女子児童1人を連れ出し、倉庫に連れて行き、服を脱がせて身体を触るなどするだろうか。それは普通、ありえないことだ。そんなことをすれば、警察に捕まるために犯行に及ぶようなものだからだ。
仮に(あくまでも仮に、だ)Jさんが小さな女の子に性的欲求を抱く人物であり、教え子の女子児童にわいせつ行為をはたらくとしても、そのような「犯行が露呈することが自明の状況」で犯行に及ぶ必要は全くないはずだ。
30人の児童がいたクラスで目撃者はゼロ
現時点でお伝えしておきたい重要な事実がもう1つある。それは、
1年X組には全員で30人の児童が在籍していたが、教室でJさんの犯行を目撃したという証言は一切存在しない
ということだ。
すなわち、女子児童3人が被害に遭ったと訴える「3時間目の体育の授業が終わったあと」「給食の時間中」「図工の授業中」といった時間帯、Jさんが被害者を教室から連れ出す場面を目撃した生徒は30人の中に誰一人いないのだ。
こうした事実にもとづいて考えると、この事件の真相はただ一つしかないがおわかり頂けるはずだ。要するに、Jさんが犯人か否か以前の問題として、この事件はそもそも存在しなかったのだ。
換言すると、被害者とされる3人の女子児童が、「存在しないJさんからのわいせつ被害」を訴えていたというのがこの事件の真相だということだ。捜査関係者や裁判関係者がそれを見抜けず、20歳代の小学校講師に犯罪者の汚名を着せ、職を奪い、服役生活を強いているわけだ。このマガジンでは、今後、そのことを様々な観点から明らかにしていきたい。
最後に、誤解なきように断っておく。3人の女子児童は存在しないわいせつ被害を訴えてはいるとはいえ、決してJさんを貶めるために嘘をついているわけではない。女子児童の保護者の方々も同様だ。そもそも、捜査や裁判で子供の証言や記憶は取り扱いが難しいことはよく知られていることだ。したがって、子どもが事実と異なる証言をしたことが原因で冤罪が生まれた場合、批判の矛先を向けられるべきなのは、捜査関係者や裁判関係者だ。
存在しないわいせつ被害を訴えた3人の女子児童や保護者の方々は、このような冤罪事件に巻き込まれたという意味では、やはり被害者だ。このマガジンを読んでくださる方々は、そのことをご理解のうえ、女子児童たちや保護者の方々への批判はくれぐれもご遠慮頂きたい。
(つづく)
※次回は、1月24日(水曜日)公開予定です。
〈1月24日公開〉
ある小学校で起きた冤罪 〈第2回〉 事件の存在を否定する「現場の状況」
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