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相手の将来の行動を読んで競争優位につなげる:連載「実証ビジエコ」第9回より

『経セミ』2021年4・5月号から始まった連載、上武康亮・遠山祐太・若森直樹・渡辺安虎「実証ビジネス・エコノミクス」。2022年10・11月号で、第回となります。

今回からは、新章「動学ゲームの推定」編に突入します!!

第7回第8回とお送りした「シングルエージェント動学モデルの推定」編では、自社が戦略を考える際に、「消費者が時間を通じた自身の状態の変化や製品価格の変化にどう反応するか?」を考えてきました。消費者が将来をふまえてどのように自動車を買い替えようとするかを分析し、それを見据えて最も売上・利益につながる価格戦略を考えよう、という視点です。

それに対して今回は、消費者の反応だけはなく、競合、ライバル会社がどう動いてくるかもふまえて経営戦略を考えるという問題にチャレンジします。この問題は、実は第5回第6回とお送りした「参入ゲームの推定」編で扱った問題でもあります。企業が事業を始めようとする際に、ライバル会社もスタートさせる場合とさせない場合で競争環境は一変してしまいます。この点を、データとゲーム理論のモデルに基づいて詳しく議論したのが、「参入ゲームの推定」編でした。今回はさらに、こうしたゲーム理論的な競争環境をダイナミックに捉えて競争優位につながる戦略を構築するという目的のもと、解説が進んでいきます。

とはいえ、これは非常に難しいチャレンジとなってしまいます。状況を動学的に捉えるだけでもかなり大変だったのに、ここにライバル会社の影響まで組み込んで、ダイナミックな相互依存関係のもとで消費者の反応を分析してどんな戦略をとるべきかを考えなければいけない。そう思うととても大変そうですが、実際に戦略を議論するビジネスの現場では当たり前の状況な気もします。ここまでくると、かなり現実に近い状況をデータとモデルで議論することができる、とも言えるかもしれません。

そこで「動学ゲームの推定」編の初回となる今回は、実際の推定・分析例の紹介までは進まず、こうした複雑な状況をどのように描写し、モデリングするかという点と、そのモデルをどのようにデータを用いて推定するか、という点にフォーカスしました。実際の分析例は次回以降のお楽しみということで、まずは動学ゲームのモデリングと、その推定のアイデアをしっかり理解しようというねらいです。なので、今回はいつものようなRのコードやデータの提供はありませんが、サポートサイトでは参考文献の紹介を行っていますので、よろしければご覧ください:

それでは、今回も連載第9回の冒頭をご紹介したいと思います! 今回はは、あるハンバーガーチェーンのマネージャーさんが、新たに都内一等地に新店舗を開店するか否かで悩んでいる……、という相談からスタートします。なお掲載は、『経済セミナー』2022年10・11月号です。

■連載第9回・第1節より

日評自動車のプロジェクトを通じて、人々の将来を見越した行動をふまえて分析することの重要性を学んだあなた。そのプロジェクトが一段落した頃、若年層に最近話題のハンバーガーチェーンであるエールバーガーのマネージャーが相談にやってきた。店舗の新規出店や縮小に関する業務を担当している彼女によれば、近年のハンバーガーブームにより、ハンバーガー業界は競争が熾烈になっており、「安くて美味しい」を売りにしているエールバーガーも経営が難しくなってきたらしい。

そんな中、彼女の相談は、エールバーガーのある都内の一等地への出店計画に関するものであった。その土地では、長年親しまれてきたうなぎ屋が長引く新型コロナウイルス感染症の影響から撤退したため、新しいテナントを探しているというのだ。彼女とのミーティングの後、あなたは早速その土地に新規出店すべきかどうか、リサーチを開始した。

あなたは調査の結果、その土地に出店した場合には、都内の一等地だけあって人の流れも多く、さらにエールバーガーの主なターゲットである若年層も多く集まるため、土地のリースにかかる費用は高いものの、十分に利益につながると考えた。このリサーチ結果を上司であるチーフエコノミストに伝えたところ、上司はあなたの分析に潜む問題点を指摘してきた。というのも、今出店を考えている土地のごく近所にある複合商業施設の中に、すでにエールバーガーが出店していたのである。上司の指摘は、「同じチェーンの店舗が近所にあることで、お互いの利益を奪い合ってしまう、つまり共食い(cannibalization)してしまうのではないか」ということだった。そのような共食いの効果があまりに大きい場合には、新規出店によって得られる収入が、そのための費用に見合わない可能性もある。

それでは、共食いの効果がある場合には、新規出店を諦める方がよいのだろうか。エールバーガーだけの行動に着目していると共食いの効果に目を奪われてしまうが、あなたは、さらに競合相手のこともふまえて考えた場合には、必ずしも共食いの効果が強く現れるとは限らないことに気がついた。なぜなら、仮に新規出店を諦めた場合、競合のハンバーガーチェーンがその土地に出店してきてしまうかもしれないためである。その場合には競争が激化して、自分たちが出店した場合よりもより酷い結果になってしまうかもしれない。このように、他チェーンが出店するようなインセンティブがある場合には、たとえ「共食い」の効果があったとしても、相手の参入に先駆けて出店することでそれを阻止して競争の激化を防ぐ先駆け(preemption)の効果が存在するために、自分たちが新規出店することが利益につながるかもしれない。そのような、将来の競争相手の戦略的な行動を考慮した参入阻止(entry deterrence)の効果を無視すると、戦略を誤ってしまう可能性もある。

今回は、そのような状況を分析するための動学ゲームのモデルと、その推定方法を紹介する。動学ゲームが扱う状況は、多くのビジネスが直面する問題を考える際に非常に重要である。前回までのシングルエージェントの動学的意思決定モデルとの大きな違いは、「企業は将来を見越して行動をするだけではなく、将来の競争相手の行動を考慮しながら行動している」という点である。動学ゲームの枠組みは企業の出店戦略だけでなく、研究開発(R&D)投資競争、吸収合併による事業拡大など数多くの状況で、幅広く用いることができる。企業は現在だけでなく将来のことも考えてライバルと競争しており、そのような企業の動学的かつ戦略的な意思決定まで考慮することができ、そのうえで個別の企業の戦略やそれを取り巻く規制や政策についても考えることができるのが、動学ゲームの強みである。

------------- 第2節以降は、ぜひ本誌をご覧ください -------------

■おわりに

以上、経セミ連載=上武康亮・遠山祐太・若森直樹・渡辺安虎「実証ビジネス・エコノミクス」の第9回の内容と、新章「動学ゲームの推定」編の予定をご案内をいたしました。

本連載もかなり進んできました。内容もなかなかハイレベルになってきていますが、ビジネスの現場で実践的・具体的なインプリケーションを導くことができる(端的に言えば、儲けにダイレクトにつながる)実証分析の神髄を感じて頂けるように努めて参りますので、引き続きよろしくお願いいたします。

なお、第9回を掲載している『経済セミナー』2022年10・11月号の特集は、「いま、政治の問題を考える」です。2022年2月以降、ロシアのウクライナ侵攻が世界中に甚大な影響を及ぼしていることからもわかるように、政治や国際関係の問題と、私たちの社会・経済は非常に密接に関連しています。近年では、ポピュリズムの台頭、米中貿易摩擦など、政治に関連するさまざまな問題も指摘されてきました。今回の特集では、近年の多岐にわたる経済学や政治学における研究成果を紹介することで、政治の問題を深く考えていきます。

特集の構成・執筆者

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