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戦略は企業の特性が決める:連載「実証ビジエコ」第6回より

『経セミ』2021年4・5月号から始まった連載、上武康亮・遠山祐太・若森直樹・渡辺安虎「実証ビジネス・エコノミクス」。今回でもう第回!

前回=第5回からは「企業の新規参入に関する意思決定」を中心に、具体的な事例とデータを使いながら解説しています。前回の「競争の激しさをデータで読み解く」では、本連載の主人公である「あなた」(実証ビジネス・エコノミクス株式会社の新米コンサルタント。現在遅めに取得した夏休み中)の友人から相談を受け、彼の両親が経営している病院が「MRIスキャナを用いた高度医療に参入すべきか否か」を、病院レベルのデータを用いて検証しました。

さて、このnoteでは連載第6回の内容紹介と、ウェブ付録のご案内を行います。本連載では、前回までと同じく、ここで紹介する理論や分析手法がなぜ必要かといったモチベーションの部分や、実際の分析の進め方を丁寧に解説します。サポートサイトでは、Rを用いた分析コード等も提供していますので、ぜひ本誌の解説を読みながらトライしてみてください!(なお、第6回が掲載されている『経済セミナー』2022年2・3月号の特集は「「歴史データ×経済学」の可能性」。こちらもぜひご注目ください! なお今号から、内容が全く同じ電子版も発売)

今回のサポートサイトは【こちら】です:

また、過去の連載各回の紹介は、以下のnoteマガジンにまとめています。本連載のガイダンス+著者たちが意気込みを語った第1回は試し読みもできるので、ぜひご覧ください!

それでは、第6回冒頭の内容を覗いてみましょう!

■連載第6回・第1と2節より

夏休みの前半は、参入ゲームの推定の入門を勉強したあなた。友人から相談を受け、病院によるMRIスキャナー購入の意思決定についてBresnahan and Reiss (1991) のモデルを用いて分析をしてみたところ、MRIスキャナーの購入と市場規模(人口)の関係について、有用なインサイトを得ることができた。しかし、どのような特性の病院がMRIスキャナーを購入しやすいのか、すなわち病院間の異質性については何も得られるものがなく、病院がそれを用いた治療のマーケットに参入するか否かに対してコンサルティングをするうえでは物足りない結果であった。

そこで、夏休みの残された期間は、病院間の異質性を分析に組み込むにはどうすればよいのか、またその結果として分析上どのような問題が生じうるのかを、さらに勉強することにした。幸い、上司からもらった資料の中には、企業間の異質性を許した戦略的参入モデルの分析に関する論文があったので、まずはそれを読み進めることにした。

前回(2021年12月・22年1月号)に引き続き、今回も企業の戦略的意思決定の分析に重要な、参入モデルの分析を考える。具体例は、病院のMRIスキャナー購入に関する意思決定であるが、参入モデルを習得することで、他にも多くの戦略的状況を分析することができる。例として、マーケティングにおける応用例を考えてみよう。マーケティングにおける重要な概念に4PProduct, Price, Place, Promotion)があるが、これらの戦略的意思決定は参入モデルと同じ形のゲーム理論的な問題に落とし込むことができる。たとえば企業の新製品の導入(Product)は、競合企業の既存製品や新製品の影響を考慮しつつ戦略的に行うことが普通であろう。また、流通(Place)については、どのサプライヤーと取引をするか、企業は競合との差別化を図りつつ戦略的に決定するであろう。このように、マーケティングにおける戦略を理解するうえでも、参入ゲームを理解することが不可欠だ [1]

[1] 製品(Product)については、たとえばDraganska, Mazzeo and Seim (2009) では、アイスクリーム業界において新製品のフレーバーをどう選ぶかを、自社製品ラインだけでなく競合他社の製品ラインを考慮して決定するモデルを推定している。価格(Price)については、たとえばEllickson and Misra (2008) はスーパーマーケットの価格戦略において、ウォルマートのようにEveryday Low Price(EDLP)の価格戦略をとるか、それともたまにセールを打つのがよいのかを、戦略的に決めるモデルを推定している。流通(Place)についても、Nishida (2015) が日本のコンビニエンス・ストアの出店戦略を分析している。最後に、販促(Promotion)については、Richards (2007) で販促を打つかどうかを競合との競争に応じて戦略的に決めるモデルを提案している。

参入モデルの分析は、ビジネスの観点だけでなく、競争政策の観点からも重要である。Mankiw and Whinston (1986)Suzumura and Kiyono (1987) が理論的に示したように、同質財市場で企業が市場に自由に参入できる場合、各企業は参入による競争がもたらす負の外部性を内性化しないため、社会的に最適な企業数よりも過剰に参入が起きてしまう可能性がある。実際に、Berry and Waldfogel (1999) は米国のラジオ産業において参入モデルと消費者需要関数を推定し、社会的に最適な企業数と実際の企業数を比べると、たしかに過剰参入が起きていることを確認している。競争が過剰になっている産業に対しては、競争当局が競争を緩和するような政策が正当化されうるかもしれない [2]

[2] たとえば、公正取引委員会競争政策研究センターは2019年に「業務提携に関する検討会」を開催し、同業者間における業務提携を通じて事業効率化を勧めている。本連載の例に則して言えば、高額医療設備の過剰投資に対応するために地域の中核病院に高額医療設備をまとめるような政策などが考えられる。

------------- 第3節以降は、ぜひ本誌をご覧ください -------------

■連載第6回のウェブ付録

今回は、参入ゲームの推定の応用編。前回に引き続き、病院レベルのデータを使って、前回の分析では考慮できなかった病院(企業)の異質性を考慮した参入意思決定に関するゲームの推定方法について解説します。ややレベルが上がりますが、そのぶん非常に実践的な文脈で行われる理論・データ分析になります。経営戦略やマーケティングの意思決定にも深くかかわる、実証ビジネス・エコノミクスの真骨頂です!

「異質性」と言われるとなんだか難しく感じてしまいますが、平たく言えば「企業はみんな違った特性を持っている」という、現実を見れば当たり前の状況を、できるだけモデルと推定に組み入れて企業の意思決定を考えよう、という試みです。他社の能力や特徴をふまえて市場での他社の行動を考えるとともに、自社の能力や特徴も考慮して意思決定する。今回は企業の参入意思決定という文脈で、この難しい状況でのデータ分析に挑んでいきます。

では、企業間のどんな違いに着目するか。いろいろな論点がありますが、今回は「参入する際に掛かる費用の異質性」と、「提供する製品の垂直的な差別化(品質の違い)」に着目します。前者は同じ市場に参入する場合でも、準備に掛かる費用は企業により異なる場合があるということです。後者の垂直的製品差別化とは、ローソン、ナチュラルローソン、ローソンストア100など、同じ企業が提供する財やサービスの中で品質(グレード)に違いをつけて提供している場合で、それを考慮した分析方法を解説します。

これらの状況を詳しく説明したうえで、その他の発展的な方法も紹介し、後半では参入費用に異質性がある状況の分析事例を、病院レベルのデータを用いて実際に行っていきます。

例によって、第6回も分析で用いたのRコード(およびデータ)とその解説を、サポートサイトにアップしています。本誌をご覧いただきながら、ぜひとも分析結果の再現や応用にチャレンジしてみてください!

なお、今回のコードには若干のご留意点があります

本コードでは、ブートストラップ法に基づく標準誤差の計算において、並列計算を行っています。この計算過程はご利用の環境によってはかなり時間が掛かる場合があります

計算時間や環境などに難がある方は、コード内の5.4項「ブートストラップ法による標準誤差の計算」の箇所に記載した解説をご覧いただき、ブートストラップを実行するコードをスキップして、再現パッケージ(別途アップしているzipファイル)に含まれている「BootStrap_Berry_Result.rds」(ブートストラップの結果が格納されています)を用いて、コード全体を運用してください。コードの初期設定では、ブートストラップの部分はスキップされ、上記のデータが読み込まれる形になっています。

実際にコードを回す前に、上記の点についてご確認のうえ、ご利用いただければと思います。

なお、本連載では、Rの初心者向けのオンラインリソースとして、宋財泫・矢内勇生先生たちによる「私たちのR:ベストプラクティスの探究」を推奨しています。Rのインストールについては、同リソース内の「3. Rのインストール」に、OSに応じたインストール方法が詳細に解説されているのでご参照下さい。

■おわりに

以上、経セミ連載=上武康亮・遠山祐太・若森直樹・渡辺安虎「実証ビジネス・エコノミクス」の第6回の内容とウェブサポートのご案内をいたしました。次回からは、また新章に入る予定です!

連載もかなり進んできましたが、引き続き実証分析の実践的な側面を重視しつつ、マーケティングや経営戦略の意思決定などなど、ビジネスで活用できる経済学の理論と実証分析に関する学びの場を提供していきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

なお、第6回を掲載しているのは『経セミ』2022年2・3月号です! 特集は「『歴史データ×経済学』の可能性」。おおまかに経済史がテーマですが、コンピュータの性能や解析技術の進歩により、歴史的な資料の活用可能性がますます広がる中で何が起きているか、にフォーカスしています。そこでは、経済学の実証分析も大活躍しています。詳しくは、以下のnoteで内容をざっくりご案内していますので、ぜひご覧になってみてください。

特集の記事ラインナップはこちら。2022年2・3月からは、全体の電子版も発売になっています。ぜひ今後とも、『経済セミナー』をよろしくお願いいたします。

特集=「歴史データ×経済学」の可能性
                              
・【鼎談】経済史のすすめ/岡崎哲二×小島庸平×山﨑潤一
・「経済史」と “Economic history”/有本寛
・健康・公衆衛生と経済発展――近代工業化期における日本の経験/井上達樹
・平等性から生まれた貧困社会――前工業化期日本の歴史データから見えてきたもの/公文譲
・プロダクトイノベーションと企業の成長――明治・大正期日本の綿糸紡績産業データから/大山睦
・特許データで明らかにする戦前期日本のイノベーション/中島賢太郎

サポートに限らず、どんなリアクションでも大変ありがたく思います。リクエスト等々もぜひお送りいただけたら幸いです。本誌とあわあせて、今後もコンテンツ充実に努めて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。