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いま、政治の問題を考える:『経済セミナー』2022年10・11月号

『経済セミナー』2022年10・11月号の特集は「いま、政治の問題を考える」です。2022年2月以降、ロシアのウクライナ侵攻が世界中に甚大な影響を及ぼしていることからもわかるように、政治や国際関係の問題と、私たちの社会・経済は非常に密接に関連しています。近年では、ポピュリズムの台頭、米中貿易摩擦など、政治に関連するさまざまな問題も指摘されてきました。

そこでこの特集では、近年の多岐にわたる経済学や政治学における研究成果を紹介することで、政治の問題を深く考えていきます

取り上げるテーマと執筆者は、以下の通りです!

特集の構成・執筆者

「『民主主義 vs. 権威主義』のゆくえ」を考えるには?

巻頭は、ゲーム理論を用いてさまざまな政治現象などを分析してきた早稲田大学の浅古泰史先生と、政治体制などを研究する比較政治学が専門の東島雅昌先生による対談「『民主主義 vs. 権威主義』のゆくえ」です。

日本や欧米諸国をはじめとする「民主主義」と、ロシアや中国ほかさまざまな国で見られる「権威主義」にはどんな特徴があるのか? なぜ民主化が望ましいと言われてきたのか? そもそも、民主主義と権威主義は何が違うのか? などなどの疑問を、近年までの経済学・政治学の理論分析や計量分析を背景に、縦横無尽に討論していきます。

「権威主義」と言われると、独裁的なリーダーや一部のグループが、暴力や抑圧によって強権的に支配する体制をイメージされるかもしれません。しかしこれは20世紀の権威主義国家のイメージであって、近年の21世紀型の権威主義は、さまざまな面で「進化」していると言われています。対談の前半では、とくにこの点を非常に詳細に議論していきます(以下の経済学者グリエフと政治学者トリーズマンによる共著が、この点を詳しく議論しています)。

対談は、以下のような構成でまとめられています:

政治学と経済学の考え方:共通点と相違点
民主主義と権威主義を分けるものは何か?
民主主義の度合いはどう測るか?
多様なデータの活かし方と落とし穴
民主化はいつ、どのように起こるのか?
独裁者のジレンマ
本音を引き出すサーベイ実験の発展
政治学・経済学がめざすもの

各国の民主主義や権威主義の度合いを測るために用いられているデータや、より深く分析するために構築されてきたユニークなデータも多数紹介されていたり(世界各国の閣僚個人のデータなんかも整備されています…)、独裁政権のもとで自由な発言ができない人々からホンネを引き出すためにはどんな調査が有効かといったことまで、いろいろな研究が行われていることがわかります(ここで紹介される「サーベイ実験」は、続く善教先生の記事でさらに詳しく解説されます)。

また、21世紀に入って以降、経済成長や近年のコロナ対策のパフォーマンスに目を向けると、「権威主義国の方が民主主義国よりも優れているのではないか?」という成田悠輔先生たちの議論が話題になりました(『経セミ』での連載「データで社会をデザインする」の第4回=2021年12月・22年1月号掲載でも詳しく紹介)。

この議論は成田先生の著書『22世紀の民主主義』でも紹介されています。

対談ではこの議論に対して、政治分析を専門とする二人がどう考えているのか。「権威主義国が公表するデータをどう扱うべきか?」「データの公表主体である権威主義国の政府にどんなインセンティブが潜んでいるか?」などといった視点からディスカッションしています。ぜひここにもご注目ください。

なお、対談の参考文献・資料やデータなどの背景情報は、以下のnoteで整理してリンク付きでまとめています!

政治学ではどんな計量分析が行われているか?:方法と実践例の紹介

続いて、4本の寄稿記事を収録しています。いずれも、政治現象を分析するためにどんなデータが活用できるのか? 政治現象に深く切り込むためにはどんな計量分析が行われているのか? というテーマで、それぞれのテーマで用いられている分析手法や実践例を解説していきます。

■ サーベイ実験の方法と実践例

関西学院大学の善教将大先生による「サーベイ実験で読み解く民意と投票行動」では、政治学で人々の「ホンネ」や投票選択のメカニズムを探るために開発され、近年用いられるようになってきた「サーベイ実験」におけるさまざまな手法とその特徴を、実際の研究事例とともに解説します。

たとえば世論調査などのアンケートで、「本当は別の意見があるけど、世間的に望ましいとされていそうな回答をしてしまう」ことはないでしょうか。こういうバイアス(Social Desirability Bias;社会的期待迎合バイアス)をできるだけ避けて、より正確な情報を収集するために、さまざまな手法が開発されています。

善教先生の記事では、「リスト実験」「コンジョイント実験」といった、具体的なサーベイ実験の方法を、メディアの偏向報道の影響や世論調査などを例に解説いただきました(対談では権威主義国で政権批判のような主張ができないケースを念頭に、サーベイ実験の活用が紹介されています)。

■ 民主主義の何が重要?

続く、早稲田大学の安中進先生の記事「政治体制は豊かさや健康のどのような影響を及ぼすのか」では、対談でも議論された民主主義や権威主義などの政治体制が国や人々に及ぼす影響を、さらに深掘りします。

国の豊かさの指標として代表的なGDP(1人当たり)に着目して、その経済的指標と民主主義や自由度の度合いを測る指標(V-Dem研究所によるデータ)を改めて確認したあとで、近年までのさまざまな研究成果を紹介していきます。

加えて、政治体制と人々の健康との関係に着目した研究も紹介します。上で挙げた成田先生たちの研究など新型コロナウイルス感染症など、感染症の被害に関連する分析や、人々の生活状況を把握するために用いられる「乳児死亡率」などの指標が、政治体制の差異とどのように関係しているのか。膨大な研究例を手際よく整理して解説しています。

これらを踏まえて、結局民主主義と権威主義の影響の違いをどう考えるのとができるのか? 民主主義が優れているとすれば、それはどんな点にあるのか? 深く考えます。

■ 政治的な暴力の爪痕は?

3本目は、大阪公立大学の伊藤岳先生による「政治的暴力は個人や社会にどのような影響を及ぼすのか?」です。この記事では、「政治的目的を達成する手段として行使される暴力=政治的暴力」が、その国や、そこに住む人々にどんな爪痕を残してしまうのかについて、膨大な研究を取り上げつつ、そこで共有されている見解を明快に解説します。

政治的な暴力の例として、ウガンダの内戦における武装勢力による子どもの誘拐・兵士化や、スターリン時代のクリミア・タタール人の強制移住、東京大空襲やベトナム戦争等での米軍の空爆など、多岐にわたる事例が取り上げられます。

記事では、暴力が個々人の行動や意思決定をどのように変えたか、という「個人レベル」の分析と、経済発展などのマクロの指標にどのような影響尾与えたかという「社会レベル」の分析に分けて議論します。その中で、政治的暴力が個々人の内面や経済的帰結に確かに結びついていることを確かめ、「因果関係」として実証するためのさまざまな工夫についても詳しく解説していきます。

■ 国のリーダーは国際関係を考えるうえで重要?

特集、最後の記事は神戸大学の松村尚子先生の記事、「政治指導者やその交代は国際関係に影響を与えるのか?」です。近年でも、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席、アメリカのトランプ元大統領などなど、個性的なリーダーがさまざまな場面で特徴的な意思決定を行っているように見えます。強い影響を国内外に与えているような印象を持っている方も少なくないのではないでしょうか。

もちろん、政策決定に大きな権限を持つ国のリーダーが大きな影響力を持つと考えるのは当然といえば当然ですが、松村先生の記事では、こうした直観的な疑問を深掘りして、本当にそうなのか? そうだとすればどの程度、どのような影響を及ぼしているのか? を、特徴的なデータを使って包括的に、計量分析に基づいて把握しようとする近年の研究を解説しています。民主主義国家の政治指導者と、権威主義国家の政治指導者の違いについても議論しています。

政治指導者個人レベルのデータを用いた研究が近年の国際関係論のなかでも注目されていること、その背景にある先駆的な研究と、その進展とともに整備されてきたユニークで有用なデータセット(たとえば、「Archigos」「LEAD」「CHISOLS」など)を紹介しつつ、国家間で生じる現象を考えるうえで、指導者個人に着目することの意義と、その可能性を示します。

おわりに

このnoteでは、『経済セミナー』2022年10・11月号の特集「いま、政治の問題を考える」で取り上げられるテーマやその内容を駆け足で紹介してきました。経済学ともの関連の深い理論分析や計量分析の手法や、政治学で独自に発展した手法など、方法論の観点からも非常に面白いものがたくさん紹介された、ユニークな特集となっています。

直近でも、政治の問題に関わる歴史に残る大きな事件が次々と起きています。理論・実証分析のメガネを通すと、現代の政治の問題はどう見えてくるのか? 本特集を通じてぜひ体験してみてください!

さらに学ぶための参考図書の紹介

なお、対談に登場した浅古泰史先生と東島雅昌先生が選んだ、比較政治学や政治学の理論・計量分析を学ぶための入門書の一覧を、以下のnoteで紹介しています。こちらもぜひ、ご覧ください!


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