エンタメスタートアップを理解するための8つの問い(+エンタメ産業振興のために求められること)
はじめまして。シード期のスタートアップに投資を行うジェネシア・ベンチャーズにてキャピタリストをしていた水谷圭吾と申します。
私事ですが、2021年11月にジョインしたジェネシア・ベンチャーズを、先日退職しました。
新卒で入社して以来、学びと刺激の絶えない、大変充実した日々を過ごすことができました。スタートアップ・VC業界だけでなく、事業会社から官公庁・クリエイターの皆さんまで、本当に様々な出会いがあり、そのすべてが今の私を形成しています。多くの人に支えられ続けた3年間でした。
本noteを執筆した理由は大きく二つあります。
一つは、エンタメ業界に焦点を当てて行動したこの1年で気づいたこと・感じたことを言語化し、備忘録的に書留めておくこと、
もう一つは、これまでの経験を言語化することで、
・エンタメ領域で起業を考えている人にとって、何を投資家に伝えれば自社の魅力がより伝わるのか、
・エンタメ系スタートアップの投資検討をしているVCや、エンタメ系事業会社の新規事業創出に関わる方々にとって、エンタメ事業をどのように抽象化して投資判断を進めればよいのか
に対する考え方のサンプルを提示すること
です。
本noteを執筆したことが、結果としてより良い投資に繋がり、日本から新たなエンタメが生まれることに少しでも貢献できれば幸せに思います。
VC業界に新卒で入社したは良いものの、経験豊富なVC業界の先輩方と戦っていく難しさを感じていた中で、ある特定の業界に焦点を絞って、リサーチからネットワーク構築、SNS発信までを行うことが若手キャピタリストとしての処世術の一つだと考えた私は、愛と現場感を持って起業家と話ができそうなエンタメ領域にフォーカスを絞り、これまでアクションを続けてきました。
具体的には、エンタメ領域の起業家や事業会社の皆さんをお呼びし100人規模のミートアップイベントや勉強会を実施しつつ、SNS上でエンタメ関連の情報発信を行っていました。去年書いたインディーアニメについてのnoteは、かなり多くの皆様から反応をいただけました。
運命的な出会いも多く、この1年間でかなり幅広いエンタメ業界の皆さんとお話させていただいた上、大変ありがたいことに、エンタメ領域での起業アイデアのご相談を頂ける機会も増えてきました。
エンタメスタートアップへの投資検討の段階で、その領域で挑戦されている先輩起業家や事業会社の方々をお繋ぎするといった動きもできつつあり、他のキャピタリストとの差別化が少しは進んだのではと自分でも思えています。
本noteは、これまでエンタメ業界の皆様とお話する中で得た気づきを私なりに再構成して書いています。
偏りのある拙い文章ではありますが、エンタメ領域で挑戦をされているスタートアップや事業会社の皆さんにとって、少しでも面白い話ができていれば幸いです。
エンタメスタートアップの事業を分解する7つの問い
今後、エンタメ領域でスタートアップを立ち上げようとされている方や、既に会社を立ち上げていて今後資金調達に臨まれる方、は大きく以下の論点を抑えて、自社の魅力を投資家に話すのが良いのではないでしょうか。
大きな時代の流れに沿っているか?
消費者がもともと何をしていた時間がその新しいコンテンツの体験時間に移っていくのか?
打席×打率の各項をどのように高めるか?
何の事業か?プラットフォームorコンテンツスタジオor制作ツール…etc
何で稼ぐか?広告or放映権orコンテンツ購買orグッズ…etc.
どう死なない体制を作るか?
グローバル展開を目指す場合、何が勝負を決めるのか?
これらの問に全て完璧な回答を用意することはほぼ不可能かと思いますので、要素ごとに強弱をつけて自社の魅力や成長可能性を伝えることをおすすめします。
では、それぞれの問いについて解説します。
大きな時代の流れに沿っているか?~メディア・ツール・カルチャー需要度・人口動態の変化~
エンタメ業界に限った話ではなく、スタートアップに対する投資判断の際、VCの目線として「次の5年10年で予想される社会の変化に沿ったビジネスかどうか」という問いを避けては通れません。
これからその市場が小さくなることが確からしい場合、その時点で投資判断がポジティブになることはほぼ無いと考えていいと思います。このあたりの話は他のキャピタリストによって詳しく説明されている記事が多くあるためそちらを参考にしてください。
エンタメ領域においては、ざっと【メディア・ツール・カルチャー受容度・人口動態】の4つの観点における変化が、事業を取り巻く環境の未来を考えるうえで大事だと思います。
時代の大きな変化が生まれるときこそ、スタートアップが攻め入る機会が生まれるので、「この事業は○○という今後来る大きな時代の変化を捉えています」と説明できることが重要です。
メディアの変化
テレビからYouTube、そしてTikTokへ、という動画メディアの変遷が最もイメージしやすいでしょうか。
【メディア】、つまり、人々がどのような媒体を介してコンテンツを需要するようになるのか、が変わると、コンテンツを求めるシチュエーションが変わり、その状況下において摂取したい内容も変わります。また、表現できるものも、時代が進むにつれて基本的にはリッチな、データ容量として大きなものへと変わっていきます。
エンターテイメントという、人々の可処分時間にサービスを提供する業界において、人々がコンテンツを求めるシチュエーションの変化、は無視できません。その変化の要因として大きなものの一つがメディアの変化でしょう。
ツールの変化
数十年前は、何十万もする機材やスタジオにアクセスできる人だけに音楽を制作する特権が与えられていたわけですが、今やノートパソコン一台さえあればハイクオリティな楽曲を制作でき、TuneCoreのような配信サービスを用いてそれを世界中に届けられるようになったわけです。
YOASOBIのAyaseさんは本当にMacBook1台で(キーボードも無しで!)楽曲制作を始めたと語っていますし、Adoさんもクローゼットの中で一人で録音したものを歌ってみたとしてアップロードしていたそうです。
ツールが変わると、そのコンテンツを生み出す人の属性が変わることで、その市場が大きく変化します。音楽だけでなく、イラストやアニメ、ゲーム、映像編集などの領域でも、作り手の幅が間違いなく広がっています。
そして、アイデア段階から実制作→プロモーション→販売といった、コンテンツにおけるサプライチェーンの中で、その一部分が変わるとそのことが他の過程にも作用しがちです。一人で楽曲を作れる環境が整ったからこそSoundCloudのような投稿プラットフォームや、TuneCoreのような楽曲配信サービスが強く求められるようになりました。
コンテンツが作られ世に届くまでのプロセスの中で、新たなツールの誕生によってどの過程に大きな変化が生じそうで、本当に変化した場合にどのような波及効果があるのか、を考えることは、その市場の構造変化を捉える上で重要な観点だと思います。
カルチャーに対する受容度の変化
過去には親が子供に対し「漫画を読むと馬鹿になる」としつけていた時代があった一方で、今や漫画は日本文化の誇りであることに疑いを持つ人はかなり少なくなっているのではないでしょうか。
基本的に、一つのエンタメジャンルは長く発展していくにつれ、文化としての地位が高くなります。その過程において、そのジャンルを受容する人の数がある程度まで高まり、様々な派生形が生まれながら、その後は遅かれ早かれ衰退していくのが世の常です。
もともと歌舞伎は江戸時代に庶民の娯楽だったのが分かりやすい例で、私の映画業界の知人は、映画産業の未来を憂いて「将来は映画が歌舞伎的なポジションに置き変わったりするのかなー」という言い方をしたりします。
今、そのエンタメジャンルが、ニッチのみに楽しまれていた状態から一気にマスが受容するものへと変化するタイミングなのであれば、当然そこには大きな事業機会が生まれます。
例えば、アメリカのアニメ・漫画・VTuber事業などが分かりやすい例かと思います。
日本のアニメや漫画を好きなアメリカ人はGeekっぽい人ばかりだという話をよく耳にしましたが、最近は日本コンテンツを楽しむ層に大きな変化が生まれているようですね。
大変勝手ながら、カルチャー受容度を読み違えたように見える例として、2019年のにじさんじによるインド進出を例に出します。
にじさんじは2019年に中国・インドネシアに次ぐ海外3か国目の海外進出として、インドへの本格進出を行いましたが、2021年には撤退の判断を下しています。
撤退理由が、インドではあまりVTuberコンテンツが伸びなかったことだとすれば、それはインドにおいてはVTuberというジャンルの受容度が低かったのだろう、と思います。
アニメ文化を中心とする二次元キャラクター文化が土台にあって、その派生形としてVTuberがあることを考えれば、インドはまだVTuberという文化が広く受け入れられる土台が整っていなかったのだと理解しています。
もちろん、今後インドは市場として見逃せない地域であることに疑いはなく、スタートアップとして素晴らしい挑戦だったと思います。今後、VTuber文化が広く受け入れられるほどにまで、まずは二次元キャラクター文化がインドでも発展することを願います。
人口動態の変化
企業一社の力だけではどうにも動かせない外的要素が、人口動態です。
具体の話になりますが、日本のコンテンツを見ている中で、斜陽産業とも呼ばれるテレビってやっぱりまだまだメディアとしての強い力を持っているんだなーとよく思います。
アイドルグループのNiziUやBE:FIRSTは、日本テレビの朝の情報バラエティ番組「スッキリ」内にて定期的にコーナーが設けられ、オーディションの過程を見せて視聴者を巻き込む形でデビューしました。
先日、両グループのライブに行く機会があったのですが、ファンの年齢層の幅広さに驚きました。やっぱりテレビの影響力ってすごいですね。。。
やはり人口動態として少子高齢化が進んでいるからこそ、伝統的なメディアがパワーを持ち続ける構造が生まれています。
例えば、ジェネシアの投資エリアでもあるインドネシアは平均人口30歳以下であり、日本とは人口動態が全く異なります。
人口動態によって、マスの動きはある程度規定されることを考えれば、そのエンタメがターゲットとする消費者ボリュームの波を正しくとらえることは、新たに大きな産業を生み出すためには考慮しなければならないポイントといえるでしょう。
余談ですが、最近のテレビ業界には本当に優秀な若手ディレクターが多くいらっしゃる印象で、今後彼らがどういうコンテンツを作るのか、とても楽しみにしています。最近、制作費縮小の話題をしばしば耳にする中で、今後優秀なディレクターがテレビ業界を離れてしまう可能性も十分考えられそうですが、、、
例えば、「イシナガキクエを探しています」などのモキュメンタリーホラーで新しいコンテンツを生み出し続けているテレ東の大森時生さんや、「有吉弘行の脱法TV」のディレクターを務めるフジテレビの原田和実さんが作るコンテンツは「テレビだからできる」という文脈がきちんと乗っていて、それでいて新しい体験を提供していて、勝手ながら本当に尊敬しています。
消費者がもともと何をしていた時間がその新しいコンテンツの体験時間に移っていくのか?
エンタメスタートアップの皆様との投資面談の際、「このプロダクトorコンテンツのターゲットユーザーは、どういう欲求を持っていて、それを満たすために現在どういう行動を取っている人なんですかね、、、?」という質問をさせていただくことが多くありました。
エンタメコンテンツやプラットフォームのターゲット層を考える上で、実際に起きている事象に注目して、「この事象が起きているのであれば、同じ欲求をより高次元でかなえられるコンテンツがあればそこに人が流れるな」という予測を立てられると、ペルソナやその規模感がつかみやすくなり、サービスとしての新規性や勝ち筋もロジカルに説明できるようになります。
VtTuberは、直接的にはこれまでゲーム配信に使われていた時間を代替しながら、歌い手カルチャーやアニメカルチャーを巻き込んで大きな渦を作っていきました。現在、Brave Groupにて海外向けVTuber事務所の運営に取り組まれている舘さんのnoteが参考になるかと思います。
ある欲求を満たすための行動自体はすでに見られる状況で、その欲求をより高次元で満たすコンテンツを生むことができれば、自然とそのコンテンツへと移る流れを作れそうです。
既存のエンタメコンテンツの持つどの要素をどのようにアップデートしているのか?という視点で、そのアップデートによる影響の大きさと、既存プレイヤーにとってそのアップデートができる/できない理由を考えることが、エンタメ事業を始める上で重要だと思います。これはこの後の問いを考える上でも土台にあり続けるものです。
打席数×打率の各項をどのように高めるか?
コンテンツビジネスにおいて、本当に才能がある人であっても広く評価されなかったり、逆に思いもよらないところから大ヒットが生まれたり、ということは当たり前に起こるわけですが、
【打席数×打率】
のそれぞれの値を高めることが、売れるコンテンツを生み出す確率を高めるということであり、それぞれをどのように高めるのか?を説明することができれば、勝ち筋がよりロジカルに見えてきます。
(ロジカルに説明できれば事業がうまくいくとは全く限りませんが…)
打席数を増やす、というのは、1つのコンテンツあたりの制作費をどのように抑えるか、という意味で使われることも多いですが、その他にも、多くの作品を作るための十分な資金を用意する仕組みを作る、制作スパンを短くする、などの方向性も考えられます。
打率を高める、というのは、良いディレクター・プロデューサーがチームにいるなど、コンテンツのクオリティを高く維持できる仕組みがあること、一つのコンテンツに投下できる予算が大きいこと、マーケティングの精度を高められる仕組みがあること、などがそのやり方として挙げられるでしょうか。
そして、理想としては、打席数と打率のどちらもを高める仕組みを持っておきたいです。
例えば、「AIを用いて効率的にアニメキャラクターを生み出します」という事業であれば、ざっくり〇円あれば1話あるいは1つのキャラクターを制作できるのでこれまでのIP開発に比べ圧倒的に打席数を増やせます、という説明ができます。
でも、それだけでは片手落ち感がありますよね。「そんなコンテンツを量産してもヒットは本当に生まれるの?」という疑問が容易に浮かぶからです。
例えば、SNSでこれだけのフォロワーを持つイラストレーターさんが仲間にいるので、それをこういうプロデューサーとタッグを組んでコンテンツを作っていくので、1コンテンツあたりの打率も高められるんです、という説明があればぐっと事業への期待感が増します。
もう一つ簡単な例を挙げると、
「新しく音楽レーベルを作ります。複数のアーティストと契約し、毎週1曲以上の新曲を作り、その制作風景や楽曲の一部分をTikTokにアップします。一定以上の♡と視聴数があった楽曲のみフル楽曲とMVを制作します。」
という事業であれば、
「はじめは1部分しか楽曲を作らなくてよいので、打席数を増やせます。また、ヒットの兆しが見えた楽曲については資金を投下し良いコンテンツとマーケティングを行うことで打率を上げられます。」
という説明ができそうです。
にじさんじの共同創業者であり、現在も株式会社yokazeの代表として様々なキャラクタービジネスに取り組まれている岩永さんとお話する機会があったのですが、
という言葉がとても印象に残っています。ある程度の打数をこなさないとヒットが生まれない前提で、打率を上げることに向き合い続けられるか、が重要そうです。
何の事業か?プラットフォームなのか、コンテンツスタジオなのか、ツールなのか、コミュニティなのか。
それは何の事業なんですか、という基本的な問いではありますが、後ほど記載する「どう稼ぐか」や「勝ち筋は何か」という問いにも直結する観点であり、整理することで事業の魅力やポテンシャルが正しく相手に伝わります。
例えば、投資面談にて「プラットフォームとコンテンツスタジオのどちらの事業を作りに行くんですか?」という話をさせていただくことがよくありました。
基本的に、プラットフォームを成立させるためには、コンテンツスタジオを作るよりも大きな資金が必要になります。大手の事例としては、Netflixの成功に追従しようとDisney+が大きな投資をするも赤字が拡大しすぎて今後の雲行きが怪しかったり、そもそもNetflixも巨額のコンテンツ投資をし続けてこそ今の地位が保たれているわけです。
一方、コンテンツスタジオは必要なIT投資もそこまで大きくなく、小さな組織と資金で始めやすい事業であると思います。が、その分いわゆる競合優位性を築くのが難しい側面もあります。
プラットフォームなのかコンテンツスタジオなのか、ディストリビューションを担うのか、といった粒度で、エンタメコンテンツが生まれてから消費者に届けられるまでのフローにおいて、どのポジションを狙いに行くのか(=何の事業なのか)を整理することで、事業の進め方や求められるケイパビリティがよりクリアに見えてくるかと思います。
具体の話ですが、エンタメビジネスの理想形として、週刊少年ジャンプ・ジャンプ+を例にとって起業家とディスカッションをすることも多いです。
ジャンプの強さを整理してみると、以下のように並べられるでしょうか。
ジャンプは、プラットフォーム兼コンテンツスタジオであり、結果として漫画家と読者にとっての強固なブランドが築かれることで、その地位を盤石なものとしています。
小説投稿サイトの『小説家になろう』や『ニコニコ動画』はクリエイター・消費者のコミュニティがあるものの、その作品をヒットさせる積極的な仕組みは持っていませんね。
コンテンツスタジオとして事業を成長させつつプラットフォーム構築を目指すのか、初めから一定大きな資金をもとにプラットフォームを攻めていくのか。あるいは制作ツールを提供することでクリエイターとのコミュニティを形成し、ゆくゆくはコンテンツスタジオを目指すのか。
様々な山の上り方を検討したうえで、結果的にここに強みを持って事業を進めることで、中長期的に大きな山を登ることができる(=その市場で勝ち切れる)、という仮説を持ちたいです。
余談ですが、NewsPicksで公開されている落合陽一さんの番組に、少年ジャンプの伝説の編集者と呼ばれる鳥嶋和彦(通称マシリト)さんが出演されている回の言葉がとても印象に残っています。
鳥嶋さんにとって、ワクワクすることとは「分かりやすい新しさ」があること。分かりにくくて新しいものはたくさんあるけどなかなか受け入れられない。新しいのに分かりやすいもの、が生まれたとき、その作品は広く読者を楽しませるのだ、と。
これは非常に納得感があります。やろうとしていることが複雑になりすぎていないか、という俯瞰した問いを常に持ち続けたいなと思います。
何で稼ぐか?広告なのか放映権なのかコンテンツ購買なのか受託なのか投げ銭なのかグッズなのか不動産価値なのかオフライン体験なのか
例えば、スポーツは放映権ビジネスであることが多いです。2024年1月、Netflixは10年間で50憶ドルを支払い、世界最大のプロレス団体であるワールド・レスリング・エンターテインメントの番組配信権を獲得しました。
VTuber業界の売り上げと高い利益率に大きく貢献しているのがグッズである、という話はすでに色々なところで語られすぎている感がありますが、消費者にどのような体験を届けるのか?だけではなく、どう稼ぐのか?までセットで考えることが経営者には求められるかと思います。
スポーツの大会を新設する、という事業であれば、チケット収入やスポンサー収入以上に、放映権を高く売ることが収益の肝なんです。という説明もできそうです。
ここで一つ、エンタメの稼ぎ方を考える上で、あまり他で語られていない観点を共有させて下さい。
エンタメ事業ではないですが、2021年1月に公開されたインタビューで、Luup代表の岡井さんはこのように語っています。
この「不動産の価値を高め、経済効果の一部を利益に還元する」ビジネスモデルは、エンタメ領域でも今後よく語られるテーマになるような気もしています。
例えば、株式会社水星が運営する、京都と大阪にあるブティックホテル「HOTEL SHE, KYOTO/OSAKA」では、ホテルの閑散期に「泊まれる演劇」という、ホテルを舞台にした宿泊者参加型の演劇作品(イマ―シブシアター)を実施し、1年を通して安定した収益を上げられる構造を作り上げています。(泊まれる演劇、私の周りのエンタメ界隈の友人からの評価もめちゃくちゃ高く、早く体験してみたいです。2025年の上演も決定しており、来年こそは体験します。。。)
別の事例として、直近VCや事業会社から資金調達を行い、avexから独立したクリエイティブファームのTHINKRは、阪急阪神ホールディングスがおそらくリード投資を行っています。これも不動産価値を高めるための協業を期待してのものだと推察しています。
どう死なない体制を作るか?攻めと守りのバランスは?
エンタメビジネスは基本的には水物です。そのコンテンツがヒットするかどうかによって、売上が短いスパンで大きく変動します。
特にゲームなど、長期にわたって投資が必要なコンテンツには、トレンドに流されずに複数年にわたって先行投資をし続ける体力が必要になることも往々にしてあります。
例えば、三大映画会社である東宝・東映・松竹は、コンテンツビジネスと並んで比較的収益が安定しやすい不動産ビジネスを展開することで、会社全体として事業のボラティリティを下げています。
ほかにも、世界中でアート展示を展開しているチームラボは、社員が約1000人もおり、そのうちのほとんどはSIerとして働いていたり、システム開発・運用に従事されたりしているようです。
分かりやすい例では、りそなグループやパ・リーグ.comのスマホアプリを設計・開発していますね。
今が攻め時だと踏んで、大きくリスクを取ってお金を投下するという意思決定が必要な瞬間も当然ありながら、新しいエンタメを普及させるためには外部環境が整うタイミングを待つ必要があるケースも多いように感じています。攻めと守りのバランスこそ、各社の色が出る部分であり、常に最適解を探して調整し続ける必要がありそうです。
グローバル展開を目指す場合、何が勝負を決めるのか?
先日、シードVCのANRIの中路さんと話していて、
と話されていたのですが、確かにそうだなと。
これは何のゲームか?=何をすれば勝てる事業なのか?
という問いに向き合うことは、少ないリソースをもって大きな事業を作ろうとする際に重要なプロセスです。これに関しては、エンジェル投資家の有安さんの投稿が大変参考になります。
例えば、そのプラットフォームやコンテンツのグローバル戦略を描く場合、勝つための重要な要素が「資金」や「エンジニアリング力」になってしまうと、正直かなり厳しい戦いが待っていると思います。
実際にグローバル展開ができているVtuber業界を考えると、Vtuber事務所として勝つための要素として、「資金」や「エンジニアリング力」ではなく「魅力的なコンテンツ創出力と、それに紐づくファンコミュニティ及びブランドパワー」が最も重要でしょう。
もちろん資金が潤沢なほうが、より多くのタレントを抱えられたり、広告をもっと踏めたりするものの、じゃあそれがファンコミュニティに直結するかと言われればそうではなく、お金を持っている人だけが勝つ市場ではないのだと思います。
下記グラフは、J1のサッカーチームにおける資金力と強さの相関を示したものですが、その市場における3年後・5年後、多くの競合が参入してきた場合に、資金力とユーザー数・コンテンツ力の間に相関が強く表れそうか、想像してみるのがよいかもしれません。
(余談)Go To Globalに対しての考え方の2つの流派
エンタメは日本の強みだ、と語られることが最近増えてきましたが、日本発で世界に届くエンタメコンテンツを作ろうとする人の中では、考え方に大きく分けて2つの流派が存在するような気がしています。
・はじめから海外を目指したコンテンツでないと海外に行けない派
・日本に刺さるコンテンツでないと世界には届かない派
です。
Netflixのアジアのコンテンツ統括をされている方へのインタビューが参考になりますが、彼女は後者側の考え方です。体感としては、エンタメに長く向き合われてきた人ほど後者側が多い印象があります。
日本人が一番わかっているのは、日本市場でどう受けるか、なので、私の感覚としては、(経営チームが日本人ばかりなのであれば)日本市場で支持されるためのコンテンツにまずは向き合いつつ、海外市場の反応を探る、というのが定石っぽいように思います。がここは本当に正解がない世界で、試行錯誤を続けるしかありませんが。。。
もちろん、今とあるエリアでこの日本発コンテンツが明らかに盛り上がっている!など、今海外市場に参入する理由が明確なのであれば話は変わってきます。
例えば
「今中国で地下アイドルがめちゃくちゃ盛り上がっているので、日本で地下アイドルを立ち上げてきたメンバーとともに中国地下アイドル市場を席捲しに行きます!」
というのはアリな事業アイデアに思えます。日本のアイドルの中国進出マーケをやりつつ、中国人向けのアイドルイベントを開いて足元の売り上げを立てつつ、中国向けのアイドルを仕込んでいく、みたいな事業でしょうか。。。
エンタメスタートアップ経営者は2つのタイプがある
これまで、エンタメスタートアップの事業機会を考えるための観点を整理してきましたが、事業内容だけではなく、経営者についても私の考えを述べてみます。
ざっくり、エンタメ起業家はこういう分類ができて、それぞれこういう傾向がありそうだな、と考えていたことをまとめてみました。
経営者かクリエイターか、プロデューサーかディレクターか
エンタメスタートアップの起業家・経営者には、大きく2つのタイプがあると思います。
マーケットイン的に、伸びる事業を進めるのが得意なタイプ
と、
コンテンツの中身に強いこだわりを持つクリエイティブなタイプ
の2つです。
前者の、ある種経営者らしい経営者は、稼ぐ事業を作ることは得意な反面、そのコンテンツを取り巻くカルチャーやファン心理に対し理解度が低いことがあります。
一方、後者のようなクリエイティブに強い経営者は、細部まで作りこまれた質の高い体験を提供できる場合が多い一方、経営者として戦略を描きしっかりと稼ぐ事業を組み立てるのが苦手な場合が多いです。
そのスタートアップの経営者がどちらのタイプであれ、その弱みを上手く補完できるような、経営とクリエイティブの橋渡しを行うメンバーを早期に仲間に加えることがとても重要だと思います。
(私は、カルチャーに対する愛が割と深めにありつつ、どう持続的に稼ぐ事業を作るのか、ということにも強く関心があります。経営とクリエイティブの橋渡しができる人になれればな、と思っています!)
少し別の角度から、起業家の類型化を試みます。
私の尊敬する、とあるエンタメスタートアップの代表から
とアドバイスをいただいたことがありました。それ以来、投資検討を進める中で、その起業家がプロデューサータイプかディレクタータイプか、を考えるようになりました。
エンタメ業界以外の方にとっては、プロデューサーとディレクターの違いはあまり意識されていないことも多いかと思いますが、簡単に言えば、
ディレクター・・・そのコンテンツの中身に責任を持つ監督
プロデューサー・・・資金面や広報・人材など、そのコンテンツ作りをどう円滑に進め、大きな収益を上げるかに対し責任を持つプロジェクト担当者
と説明できます。
大乱闘スマッシュブラザーズや星のカービィのディレクターを務められていた桜井政博さんのYouTubeチャンネルでも説明されていましたね、(このチャンネルは本当に分かりやすく有益なので、ゲーム業界だけでなくエンタメ業界の制作プロセスをこれから勉強したい方には必見です。)
先述した2つのタイプは、前者の経営者らしいタイプをプロデューサータイプ、後者のクリエイティブに強いタイプをディレクタータイプ、と呼ぶこともできそうです。
そのコンテンツ全体の収益を考えつつプロジェクトを前に進めるプロデューサーという役職と、コンテンツの中身に対し責任を持ち、誰よりも深くそのコンテンツのことを考え抜くディレクターという役職は、求められる才能や性格において相容れない部分が多くあります。
そのため、プロデューサータイプとディレクタータイプの2人が経営チームにいることが大切だと考えているのですが、
もし、二重人格者のように、プロデューサー的思考とディレクター的思考を持ち合わせる起業家がいるとすれば、エンタメスタートアップの経営者としては理想的なタイプなのかもしれません。
日本のコンテンツ産業をより成長させるために、どのような動きが求められるか
ここで、スタートアップの枠を超えて、日本全体としてエンタメコンテンツ産業がより成長するためには何が大切か、という観点で、思うことをまとめてみます。
岸田首相の口から「コンテンツ産業は日本の基幹産業である」という言葉が飛び出すほど、エンタメコンテンツ産業に注目が集まっている今、正しいお金の分配と仕組みの整備はどのような思想のもとで進められるべきなのでしょうか。
考え方はざっくりと
クリエイターの数を増やす
勝ち馬をもっと勝たせる
ファイナンス手段が多様化する土壌を整える
の3つがあると思います。
クリエイターの数を増やす
制作ツールがどんどん安く、かつ操作が簡単になり、投稿プラットフォームも普及したことで、制作活動を始めるハードルは間違いなく低くなっています。
一方で、実際に制作に取り組み始めるまでには一定のジャンプが必要なのも事実で、創作活動自体をもっと身近にできる方法はないのかな?と思います。
同世代のクリエイターの皆さんと話す中で、作曲系のクリエイターであればニンテンドーDS向けソフト『大合奏!バンドブラザーズ』、アニメーション系であれば、ニンテンドーDSiおよび3DSに内蔵されていたソフト『うごくメモ帳(通称:うごメモ)』がきっかけで、創作活動を始めたという話をよく聞きます。
制作ソフトが身近にあり、子供の遊びの延長として創作活動を始めるような環境を作ることは、中長期的な目線で日本のコンテンツ産業の発展に大きく貢献すると思われます。
もちろん、子供だけではなく大人にとっても創作活動をより身近にすることも大切だと思います。実際に創作活動を自分でしたほうが、より深くそのコンテンツを楽しめるようになりますしね。
例えば、私の大好きなアーティストでもあるin the blue shirtsさんによる「神保町サウンドシェア」という取り組み、めちゃくちゃ良いなと思っているんです。内容は、【作曲経験の有無を問わず、気軽に自分の作った音をシェアする会】のようなのですが、プロも初心者もごちゃ混ぜになって、それぞれの感性を打ち明けられる場所には大きな意義があると思います。
同じく、世界ゆるミュージック協会の活動もいいですね。
雑な主張ですが、良い音響で子供を育てる、みたいなことも割と大きなインパクトがある気がします。子供を持つ世帯には国が良いスピーカーを支給する、的な施策、どうでしょうか?効果が出るまでに30年ぐらいはかかりそうですが。。。
勝ち馬をもっと勝たせる
ロングテールをより広げる(=薄く広い)支援と並行して、支援対象を一定程度絞ったうえで、厚く支援を行うような、勝ち馬をもっと勝たせるための国主導の施策も求められるように思います。
とはいえ、補助金・支援金を出す、というアクション以外に、実力あるクリエイターの魅力を日本・世界で多くの人に届けるための支援の具体案は私もあまり思いついておらず、、、考え続けたい問いです。
例えば、2024年7月から始まった、経産省が主催する次世代クリエイター支援プロジェクト「創風」は、実力あるクリエイターに対し創作活動に集中できる環境を提供する、とても良い取り組みだと思っています。
審査によって選ばれたゲームクリエイター・映像クリエイターは500万円を上限に制作資金の援助、そしてプロのメンターによる制作支援が受けられるのですが、援助された資金は、資材などの制作費用以外にクリエイター自身の「人件費」としても利用できるのが画期的なポイントです。
経産省は、ほかにも海外での展示会出展や海外公演に係る費用に対し補助金を出す『JLOX+』などの施策を進められていますね。
大企業だけでなく、スタートアップからの申請も大歓迎と聞いており、関心のある方は一度チェックされてみてはいかがでしょうか。
行政による施策としては、韓国や台湾の文化産業に対する動きが参考になるかと思います。一つ一つ取り上げると分量が多くなってしまうため、また別の機会で取り上げようと思います。
韓国
2022年 韓国コンテンツ産業支援政策調査 報告書(映像産業振興機構より)
台湾
Jカーブを描かない文化創造企業が取り得るファイナンス手段の多様化
私にとってこの1年は、エンタメをスタートアップとしてやることの難しさに気付かされた1年だったとも言えそうです。
魅力的で価値のある事業をこんなにも良いメンバーでやろうとしているのに、どうしてもVC投資として期待するリターンを上げる成長をイメージしきれなかったがために、投資をお見送りした事例がいくつもありました。
(そもそも、良いコンテンツを作れるプレイヤーであるからこそ、上場しないメリットや急成長するビジネスモデルを選ばないメリットを理解しており、VCから資金調達をしたがらない、といった状況もあるようにも感じますが。)
エンタメコンテンツに対するファイナンスのスキームはもっと多様であってよいと思います。
先日行われた、日本政策投資銀行(DBJ)による、ドリコムのゲーム事業に対するプロジェクトファイナンスは、コンテンツに対する投資として新規性がありました。
このようなファイナンス事例を民間企業においても増やしていくために、そのIPが持つ価値を評価するための目安となる評価基準を制定していくこと、は、国が主導して行えることの一つかもしれません。
IPの価値は、そのIPがどれだけ長くファンに愛され続けるのか、実際にどのような収益を生むのか、を、強引にでも定量評価できる土壌を整えるためにできることはまだありそうです。
また、そこまで合理的な計算を経ずとも、クリエイターやコンテンツに対しお金が供給される奨学金・財団のよう仕組みももっと増やしたいです。
日本でクリエイター向けの財団と言えば、コロプラの創業者である馬場さんが設立した『クマ財団』があります。が、こういった財団の数や資金量が、日本の才能にとっては全然足りない気がします。
【文化を作ることに対する適切な資金供給の在り方とは?】という問いには、人生をかけて向き合い続けたいと思っています。
さいごに~VCという職業と今後について~
小学館の運営するWeb漫画アプリ『マンガワン』の編集者であり、これまで『チ。―地球の運動について―』『日本三國』など私の大好きな作品を多く担当されてきた千代田修平さんとお話する機会がありました。
千代田さんは、サリンジャーの『シーモア―序章―』という小説の中から、小説家の弟に兄が贈った言葉を引用して、編集者として求められることを話してくださいました。
これを聞いていた私は、「VCにも全く同じことが言えるな」と感じ、この言葉を何度も反芻するようになりました。
引用文中にある【星たち】という単語は、才能だとかポテンシャルだとか、あるいは熱意だとか個性だとか、様々な言い換えができるかと思います。
VCの仕事は、起業家の中にある星たちを出そろわせること、つまり、起業家がその情熱を注ぎ尽せる環境を作ること、という説明が、今の私にはとても腑に落ちています。
今後、私は「新しいエンタメを作ろうとするクリエイターや起業家にとって、その情熱を注ぎ尽せる環境を作るため」に今後の人生を使っていくつもりです。
今後のキャリアについては、また改めてお伝えできればと思います。何か私にできそうなことがあれば、お気軽にご連絡下さい。
ジェネシア・ベンチャーズのキャピタリストとして、これまでお世話になった皆様に心から感謝しております。まだまだ未熟な私ですが、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
水谷圭吾