ANYCOLORはUUUMなのか?2社の違いから考える新時代のキャラクターの作り方
0.ANYCOLOR、すごすぎる
直近厳しい市況の中、一際目立った存在としてVtuber事務所のANYCOLOR株式会社が上場したのはご存知の方も多いでしょう。
代表取締役が弱冠26歳4ヶ月という、日本の歴史上三番目に若くして上場に漕ぎ着いたANYCOLORは既に27.9億もの純利益を叩き出しており、時価総額は一時期東証グロース市場の中でビジョナルを抜き一位に君臨しました。
(今は落ち着いてきて少し株価は下がっていますが、それでも未だ時価総額は1800億円程度あり、ビジョナルfreeeに次いで3位につけています。)
加熱しすぎたきらいはありますが、なぜここまで注目されているのか?と言うと、その業績です。
売上高はYoY+85%、直近4年のCAGRは154%、そして営業利益率は29.6%と、どれも異次元じみた数字を叩き出しています。
ベンチャー企業の括りに属するため、売上成長率が高いことはよくあることではありますが、この売上成長率ながらに営業利益率が29.6%は素晴らしい数字であり(上場企業中央値5.2%)、来期予想でも変わらず29-31%のレンジでの予想を立てています。
ただ、なかなかVtuberに馴染みがない方からすると
「Vtuberはなぜ人気なのか?(イラストをつけて喋れば人気が出るのか?)」
「ANYCOLORはなぜこんなに儲かっているのか?(投げ銭とやらでそんなに儲かるのか?)」
と思われるのが当然のことだと思いますし、得体の知れない儲かってる感から株価が湧いた点も否定は出来ないでしょう。※注1
なので「営業利益率/成長率が高いからANYCOLORは凄い」ではなく、ANYCOLORのビジネス構造を確認しつつ、何が凄いのかを確認していきたいと思います。※注2
1~3章までの論理構成は以下です。
このnoteで書きたかった内容は主に4章となりますので、宜しければ最後までお付き合い頂けると幸いです。
1.ANYCOLORはUUUMなのか?
ANYCOLORを見た際に、既に上場されているUUUM(HIKAKIN、はじめしゃちょーの所属Youtuber事務所)みたいなものなのかな?と思った方は多いでしょう。
その疑問に対して、少し似てはいるが、かなり別物であるというのが結論となります。
色々な違いはありますが、今回は2つの違いにピックアップして取り上げさせて頂きます。
一点目はそもそもの主な事業内容です。
上画像はUUUM、ANYCOLORそれぞれの有価証券報告書となりますが
- UUUM「動画視聴者増加につながるサポート」
- ANYCOLOR「ライブストリーミングによる双方向のコミュニケーション」
と書いてあるように、基本的にはUUUMは動画投稿、ANYCOLORはライブ配信の補助をする事業内容と宣言されており、実際もその通りでしょう。
二点目はそれらの事業による売上の構成です。
上図はUUUMとANYCOLORそれぞれの上場後直近の決算説明資料となりますが
- UUUM:アドセンス+タイアップ比率89.2%
- ANYCOLOR:アドセンス+投げ銭+タイアップ比率37.2%
となっており、UUUMは広告、特にアドセンスに依存度が高いビジネスモデルであることが分かります。(UUUMの直近業績ではアドセンス比率が減少傾向、コマース比率が上昇傾向にはありますが、大筋は変わっていません。)
それに対して、ANYCOLORは売上構成が分散してはいますが、特にコマースが強く売上の50%近くがコマースとなっており、コマースに依存度が高いビジネスモデルであることが分かります。
2.なぜVtuberはライブ配信をするのか?
では、まず一点目の事業内容の違いについて考えてみます。
なぜANYCOLOR、より一般に広げて現在のVtuberビジネスの主流はライブ配信が中心となるのでしょうか。
ここに関しては、提供者側の理由と、ユーザー側の理由、両方絡み合った理由が合わせて4つあります。それぞれ見て行きましょう。
2-1.コスト
まず1つ目は、提供者側の理由であるコストです。
これはVtuber初期の歴史を辿ると理解しやすいです。
Vtuberという名前は今では広く知られていると思いますが、ブームになったのは比較的最近であり、Googleトレンドで見ると2018年頭頃からじわじわと知名度も上がってきているのが伺えます。
日本でのVtuberの火付け役と言えばキズナアイ(2016/11-2022/2)と言われており、キズナアイくらいなら名前を知っている人も多いかもしれません。
そこから輝夜月(2017/12-2020/8)、ミライアカリ(2017/10-)、電脳少女シロ(2017/6-)、バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさん(2017/11-)、この5人の活躍を起爆剤としてVtuberブームが巻き起こり、この5人はバーチャルYouTuber四天王と呼ばれました。
ただ「バーチャルYoutuber」「Vtuber」と呼ばれただけあって、最初はバーチャル上の存在がYoutuberをやるという活動形態が基本となっていました。
基本的に3Dモデルを用いて動画投稿をメインとする四天王のスタイルはかなりコストがかかり、それぞれも独立したプレイヤーであったため、なかなか収益性を担保するのが難しく、ブームは起きたものの投稿頻度が低下していく傾向にありました。
そこで、ANYCOLOR(当時いちから)が生み出したのは「Live2Dでコスト安くルックスを整えてライブ配信させる」という戦法です。これが非常に革新的で、後のVtuberは殆どこのスタイルを取っていくことになります。
そもそも、Live2Dとは何かと言うと、基本となるイラストとそれをパーツ毎に分解したものを元に動かすというモデリング方法のこととなります。
(株式会社Live2Dが開発したものであり、今でもANYCOLORはLive2DのSDKを利用しています。)
あくまでイラストベースのため、コストは比較的安いが立体表現が弱めの傾向があり、Youtuberのような激しい動きはしづらく、動きのある動画を作るのは難しいとされていました。
ただ、動画は作りづらくとも、ライブ配信なら出来るのでは?ということで「バーチャルライバー」の括りを生み出したのがANYCOLORとなります。
上画像はANYCOLORの初期のプレスリリースとなりますが、途中から「バーチャルライバー」に方向性を転換しているのが見て取れるでしょう。
そう、つまりライブ配信であれば、主体があくまでゲームであったり、会話内容であったりするので、Vtuberのルックス(いわゆるガワ)が激しくビュンビュン動いたりしなくても、視聴者を集めることが出来て、コストを安く抑えることが出来たため、Vtuberというビジネスが成立したのです。
今では一般的となったこの仕組みですが、これを(少なくとも大きな規模で)発明したのはANYCOLORであり田角さんであることは特筆すべき点でしょう。
2つ目、3つ目はユーザー側の観点です。
2-2.ルックス
「ライブ配信の事務所会社が上場できるなら、Vtuberとかじゃなくてみんなライブ配信をすればいいのでは?Vtuberはオタク向けでしょ。普通にライブ配信すればもっと数字取れるのでは?」と思われるかもしれません。
しかし、必ずしもそうではありません。
上画像は2022年4月の日本ライブ配信視聴時間(ゲームカテゴリのみ)を長い順に並べたものではありますが、上位20チャンネル中9チャンネルがVtuberとなっています。最近は熱狂的なValorant(FPSゲームタイトル)人気によってやや寡占が弱まっていますが、時によっては15チャンネルほどがVtuberの時もありました。
こちらはゲームカテゴリのみではありますが、それ以外のカテゴリを含んだランキングでも大きくは変わらないどころか、独占率が高まることも多いです。
上画像は2022年6月12日-18日の間の全カテゴリのライブ配信同時視聴数ランキングですが、海外配信を除くと上位6チャンネル中4チャンネルがVtuberとなります。
これだけ誰でも配信できる時代に、なぜVtuberの配信は見られるのでしょうか?
これに対する筆者の答えは「UX」が良いから、と考えています。
そもそもコンテンツの視聴は「面白さ」+「UX」の総和によってなされると筆者は考えています。(それぞれのワードはあくまで独自定義です。)
独自定義を持ち出して恐縮ですが、例えばTiktokの面白さをビジネス的に解説してくれと言われたら何を例に挙げるでしょうか。
スマホUIに特化した全画面表示、高い精度のレコメンドシステム、ハズレの動画でも耐えうるような短尺設計…色々あると思いますが、アップロードされた動画自体の面白さというよりは、ついつい見てしまうアプリの設計を挙げるのではないでしょうか。
それらのような、コンテンツに対する外部要素を引っくるめて筆者は「UX」と定義しています。
さて、本題に戻りましょう。
ライブ配信は「面白さ」がすぐには分かりづらいものです。
動画であれば「コーラにメントス入れてみたw」というタイトルによって動画内容が想起できて「面白さ」が想定できますが、ライブ配信では「Apexやる!」「雑談!」のようなタイトルになり、「面白さ」が想定できない場合が多いです。
ただし、Vtuberは見る前にルックスが良いことがわかります。
平たく言うと、美女/イケメンはそれだけで「UX」が良いのです。
「恋愛は第一印象が全て」というような言葉もありますが、配信も同様にイラストレーターさんが丹精を込めた可愛いイラストによって「この子可愛いから観に行こう」が成り立ち、見に行くフックの数が普通の配信よりも多いのです。※注3
現実世界で「話が面白い」「美女」が沢山いるでしょうか?そんな多くはいないでしょう。ただVtuberであれば、「美女」であることは既に確定しているので「話が面白い」「ゲームが上手い」だけで無敵の人材となり、配信に数万人集めうるのです。※注4
※注3
女性のファンの方がにじさんじの男性Vtuberの方に、具体的なハマり方を記述されてる良いnoteがあったので引用させて頂きます。
2-3.コミュニティ
2-2で「UX」がコンテンツの視聴理由として重要であり、ルックスがVtuberのライブ配信における優位性の一つだと記述しました。
ただ、勿論ルックスが好きだからというだけの理由で毎日毎日配信に来てくれるような熱心なファンは多くありません。他にも「UX」が高い要素があります。
Vtuberの配信は、何が「UX」を上げているのでしょうか。
その理由を考えるため、ここで一度ANYCOLORの公式資料に立ち返ってみます。
上画像は最新の決算説明資料のP5、つまりコーポレートミッションの次にあるページとなります。
ANYCOLORとしても「双方向 / リアルタイム」であることがVtuberの軸として非常に重視されていることが分かるでしょう。
ただ、ここで疑問に思った方も多いかもしれません。
インターネットのおかげでコンテンツのアーカイブ性が向上し、例えば動画であればYoutubeやTiktokでいつでも面白いコンテンツを見れる時代に、わざわざ指定された時間にライブを見に行く理由があるのか?
ここで鍵となるのはもちろん「双方向」であることです。
「双方向」であると何が良いのでしょうか?
結論を言うと、そこに「コミュニティ」が生まれるから、となります。
このnoteを読んでる方は仕事が非常に順調で、プライベートも充実して日々楽しいと思いながら、SNSやインターネットにはあまり触れず、見るのはNetflixくらいというようなエリートビジネスマンの方も多いかもしれません。
しかし、現代社会において、特にインターネットの発達により必ずしも現実世界の「仕事(学業)」「プライベート(家族、恋人等)」のコミュニティに依存する必要は無くなりました。
「年収が高い/低い」「テストの点数が良い/悪い」「恋人がいる/いない」といった現実の評価軸はなかなか変わることはありませんが、ゲームが好きなコミュニティに入れば「ゲームが好きか/嫌いか」だけが評価軸となり得ますし、別に評価軸がほぼないコミュニティも無限にあります。
自分が優位に立てないコミュニティの比重を上げて傷付くよりも、自分が優位に立てる/居心地が良いコミュニティへの所属を選べる時代なのです。
例えばTwitterのアカウント数で見ると、若い人ほど一人当たり多くのTwitterアカウントを持っているのが分かります。
インターネットネイティブであるほど、色々なコミュニティへの所属を使い分けて、居心地の良さを作り上げていると言えるのではないでしょうか。※注5
ここで、コミュニティとは何か考えて見ましょう。
「共通する興味を持つ者同士」が、「様々な意見交換」を行う、「オンライン上の場所」
「Vtuberを好きである者同士」が、「様々なコメント」を行う、「Youtubeライブ」
そう、「双方向」であることによって、ライブ配信はそれ自体でコミュニティであるのです。
Vtuberが人気らしいと聞いて、有名なVtuberのアーカイブを見てみたけど、なんか甲高いアニメ声の女の子が喋ってるだけでよく分からなかった…という方も多いかもしれませんが、この観点を見落としているかもしれません。
「Vtuberが可愛い」「Vtuberの話が面白い」だけでファンは見続けてるだけではありません。その周りのファンとそのコメント、それらへの反応を含めてコンテンツでありコミュニティが成立しているのです。
上画像はにじさんじ所属Vtuberのニュイ・ソシエールですが、「同時視聴」という配信を多くしています。
これは例えば競馬であれば、その時間テレビ等でやってる競馬をVtuber含め各自見ながら、ライブ配信でコメントするものです。(著作権の問題で映像を配信には映していません。)
そう、仲の良い友達と現実でやるような行動をVtuberの配信でやっているのです。
コミュニティと言うと仰々しくて分かりづらいなと思う方でも、友達の溜まり場のような空間がライブ配信により形成されているのが分かるのではないでしょうか。
そしてVtuberは配信のプロであり「長い時間/定期的に配信してくれる」「暴言を吐かない」「挨拶が決まっている」「ファンのことを特別な呼び名で呼ぶ」「企画を色々やってくれる」「配信を見ること自体が応援になる」等の様々な要因/努力によってスティッキーなコミュニティが作られています。
ここまで読んで頂いた方には「なぜVtuberは投げ銭(スーパーチャット)されるのか?」という疑問も解消したかもしれません。
スーパーチャットがされればされるほど、演者は喜び、演者の目標/夢に近付き、新しい衣装も増え、公式でのグッズ展開も増えたり、公式イベントに出る機会も多くなります。※注6
そう、Vtuberのライブ配信というコミュニティにおいて「スーパーチャットをする」ことは単にVtuber/推しを喜ばせるだけでなく、評価軸の一つであり、そのコミュニティの中で優位になるのです。
4つ目。どちらも混じり合った理由です。
2-4.箱推し
重要な観点なので章を作っているのですが、真面目に掘り下げると内容が多くなりすぎそうでしたので、簡潔に記載します。
2-3でコミュニティの話を書いた裏返しとして、ライブ配信最大のデメリットは「ライブで見ないと面白さが半減する」点です。
ただ、ファンにも予定がありますのでライブを毎回見れる訳ではなく、推しが一人ではファンもANYCOLORのポートフォリオ内に滞在する時間に限界があります。
そのため、複数の推しを持ってもらう≒箱推しを推進することでビジネスを成立させています。
提供者側の理由
1人のVtuberに依存するのはビジネスとして怖い
「当社は特定のVTuberへの依存が低いと認識しており、幅広いVTuberの活動に支えられて運営を行っております。」との記載が有価証券報告書がある
配信も準備が必要でその他の活動もあるため、1人が配信する時間には限度があるが、ANYCOLORのポートフォリオ内で回遊してほしい
「にじさんじ所属のVtuberなら見てみよう」というブランドを作り上げたい
一番直近デビューした壱百満天原サロメの初回配信予告ツイートは1.3万RT/5万いいねされており、サロメ様が異常に伸びたのは外れ値としてはありつつも、新人Vtuberでも見られるブランド作りが為されている
ユーザー側の理由
推しを1人に絞ると配信してない時間が暇だし、毎回配信を見れる訳ではない
にじさんじライバーと言えど、週あたりの配信時間中央値は10時間程度(直近一番多い勇気ちひろで55時間/週)
必ずしも推しに「ガチ恋」してる訳ではない、推しが楽しそうであることが一番の幸せという思考の人が多い
上の動画だと、ホロライブ所属の宝鐘マリンの元に同じくホロライブ所属の雪花ラミィが唐突にヤクルト1000を差し入れに来ており、突然仲良さそうなコラボ配信が始まっている
このように同じ所属内のメンバーと楽しそうにしていることに至福の喜びを感じるファンは多く、メインの推し+その仲良し数人までを推すファンが多い
箱推しを成り立たせるためにやっていること
小規模なユニットを形成する、コラボ配信を行う
決算資料にも載っており、ANYCOLORが得意とする施策
多くのVtuberを巻き込んだイベントを開催する
「にじさんじ甲子園」は非常に有名なイベントであり、ANYCOLORの代名詞とも言える
ライブ配信であることのメリットを生かして、ライブ配信のデメリットを少なくする箱推しを進めているからこそ、ライブ配信のみをベースとして成り立っていると言えるでしょう。
3.なぜコマース比率が高くなるのか?
次にANYCOLORはなぜコマース中心のビジネスとなるのかを考えてみます。
(決算では「コマース(コンテンツ)」という表記と「コマース」という表記が混在していますが、このnoteでは「コマース」で統一します。)
この理由は提供者側の理由が2つ、ユーザー側の理由が1つで合わせて3つあります。それぞれ見て行きましょう。
3-1.事務所とのパワーバランス
コマース中心であることを考えるに当たって、ANYCOLORの営業利益率の高さの構造を踏まえて考える必要があるので、まずはANYCOLORとUUUMのPLの違いをここで確認してみましょう。
上場直後の期の決算でANYCOLORとUUUMを比較したのが上図となりますが、ANYCOLORの売上原価と販管費はそれぞれ57.8%,12.7%、UUUMの売上原価と販管費はそれぞれ71.0%,22.9%と売上原価と販管費ともに大きな差があります。
ANYCOLORの販管費の低さも素晴らしいことではありますが、差分はUUUMの新規事業投資費用がメインとなりまして、少し比較しづらい所があるので、今回は売上原価の違いに絞って考えてみます。※注7
そもそもANYCOLORにおける売上原価とはなんでしょうか?
売上カテゴリによりやや違いはありますが、基本的には
・Vtuberとのレベニューシェア
・プラットフォーム手数料
の2つです。
レベニューシェア割合に関してまず考えてみます。
UUUMはアドセンスは80%であると公式発表されており、それ以外のUUUMが関係する売上(タイアップ広告等)に関してはおそらくUUUMの取り分が増えると思われます。
それに対して、ANYCOLORのレベニューシェア割合は決算等では明言はされていないのですが、デジタルボイス売上に関してはプラットフォーム手数料を引いたネット売上のうち50%であると明言されています。
また、少なくともスーパーチャットに関してもネット売上の50%であろうと思われる所属Vtuberさんの発言があります。(Youtubeのいわゆる投げ銭、スーパーチャットのYoutubeの手数料は30%なので、ネット売上の50%だと3割程度になります。)
そう、つまりレベニューシェアの割合はANYCOLORの方が少ないのです。
これの理由は明快で、UUUMは一人でも活動できるYoutuberのサポートをしているのに対して、ANYCOLORは自社でVtuberのモデルを作ったり、著作権を保持したりしているので、会社への依存度が高く、その分会社側の取り分が多いと思われます。
3-2.コマースの売上原価率
3-1でUUUMよりもレベニューシェア割合が少ない傾向にあるため、売上原価率が低くなりやすいことを見ました。
では本題に戻りましょう。ANYCOLORはなぜコマースの割合が高くなるのでしょうか?
上図はANYCOLORの公表されている直近2期の部門別売上(四半期)と、その粗利益率をグラフにしたものです。
ご覧のようにコマース比率と粗利率はかなり連動しており(相関係数0.93)、現状のANYCOLORの高い粗利益率を実現しているのはコマースの影響が大きいと推測されます。
ここまで辿り着かれた読者の方ならもうお分かりでしょうが、この理由は売上原価のもう一方、プラットフォーム手数料の違いです。
プラットフォーム手数料は各プラットフォーム明記されていますが、折角なのでにじさんじVtuber樋口楓の配信から抜粋します。
比率が大きいライブストリーミングとコマースの2部門の比較とはなりますが、プラットフォーム手数料が30%と3.6%という凄まじい大きな違いがあります。
つまり、レベニューシェアとプラットフォーム手数料だけ考えた場合のコマースの売上原価率は
( 100 - 3.6%(プラットフォーム手数料) ) × 50%(レベニューシェア割合) + 3.6% = 51.8%
となり、今のANYCOLORの全体売上原価率より良い水準となります。
ただ、勿論のことではありますが、コマースは名前の通り小売のため、一般的には仕入が必要です。
さて、そもそもコマース収益とは何でしょうか?
コマース収益は、オリジナルグッズ、デジタルコンテンツ(ボイス)、にじさんじFANCLUBの3つにより成ります。
グッズとボイスの販売プラットフォームは元々はBooth(ピクシブ株式会社)をメインにしていましたが、シリーズBのソニー出資以降はにじさんじオフィシャルストア(株式会社ソニー・ミュージックソリューションズが受託)をメインに移行中です。
また、にじさんじFANCLUBはANYCOLOR社が自社で開発しています。
上画像のピクシブとソニーの売上を踏まえると
グッズ:ボイス:FANCLUB = 42% : 42% : 16%
くらいの比率と推測されます。
そう、コマースと言っても、大部分(ボイス+FANCLUB)はほぼ仕入が必要でないデジタルコンテンツであるため、コマース全体としては前述の51.8%に近い売上原価になっていると推測されます。※注8
つまり、コマース粗利率が最も高い、かつコマースのレベシェア比率が最も高いため、会社としての立場でも、Vtuberとしての立場でも実入りが一番大きいのはコマースであると考えられます。
両者がコマースを推進する方針になることは何ら不思議ではないでしょう。
3-3.ボイスが持つ特別な役割
さて、コマース(特にボイス)の売上原価率が低く、会社としてもVtuberとしてもwinwinで推進しやすいことは3-1と3-2で触れさせて頂きました。
ただこれはあくまで提供者側の理由となります。ユーザーに支持されないと推進も何もありません。
グッズは何となく分かる方が多いのではないでしょうか。
2-2でルックスの良さを語ったように、イラストレーターさんが丹精を込めて書いた可愛いイラストやかっこいいイラストが、グッズにした時に映えないわけがありません。
モーニング娘。やBTSのようなリアルなアイドルでも、デフォルメされたグッズも多いように、普段使いするグッズの観点でイラストは使いやすいです。
少し分かりにくいのがボイスでしょう。
日本での売上は明確には分からないですが、2022年4月期Q4では8億円という、全体売上の20%を占める英語版にじさんじ「NIJISANKJI EN」の売上比率は公開されており、デジタルグッズ、つまりボイスの売上が40%近くを占めていることが分かります。
物理的な配送、言語によるプロモーション案件などの問題はあるにせよ、ボイスが相当な人気を博していることは伺えるでしょう。
そもそもボイスとは何かと言うと幾つか種類はありますが、売れ筋は
「Welcome Voice」「季節ボイス」の二種類となります。
「Welcome Voice」はその名の通りで、チュートリアルのような内容になりまして、デビューした新人のことを知るためや、見てみて面白かったVtuberの基本を知るために買われることが多いです。
「季節ボイス」、こちらが本命のボイスとなります。
季節ボイスと言われても何のこっちゃと思われるかもしれませんが、基本的にはその季節のイベント(7月なら夏祭りや海など)でVtuberと一緒にお出かけをする想定で語りかけてくれる内容となっております。
面白いオチを考えて話を作ってくれるVtuberもいますが、基本的にはルックスが可愛い/イケメン、声が可愛い/イケボなライバーと、擬似デートを出来ることがボイスを買うことの価値となります。
当たり前なのですが、ライブ配信はたくさんのファンに向けて配信するため、貴方一人に語りかけてくれることは勿論ありません。
また、ライブ配信は「面白さ」に主軸が置かれるため、ゲームをやりながら面白いリアクションを取ることにリソースが割かれます。
ただ、ボイスの場合は違います。
貴方一人に語りかけてくれ、配信ではないので精一杯の可愛い声、可愛い仕草を演出してくれます。
2-3でライブ配信は「友達の溜まり場」という表現をしたと思いますが、それに対してボイスは「貴方だけの恋人」を演出してくれるのです。
4.結局何がすごいのか
ANYCOLORとUUUMの違いを軸に、ANYCOLORの事業構造について長々と書いてきました。ここまで読んで頂きありがとうございます。
ここまで辿り着かれた読者の皆様はこう思われたかもしれません。
「事業のことはよく分かったし、Vtuberが人気が出る理由や営業利益率が高い理由はなんとなく分かった。ただ、結局何がすごいのかがイマイチしっくり来ていない。」
これに関しては色々な見方があると思いますが、ここでようやくこのnoteのタイトルを回収しに行きます。
そう、ANYCOLORがこれほどの営業利益率を叩き出すための一番すごい点は「コスト安くIPを作りながら、長い接触時間を作り、保ち続ける仕組み」だと筆者は考えています。
4-1.IPを作るとは何か
そもそもIPとは何かと言うとIntellectual Propertyの略で、直訳すると「知的財産権」となり、一般的には広くキャラクターを指すことが多いです。
IPごとの規模で言うと、ゲームから生まれたポケモンが最も市場規模/経済圏が大きく、アニメから人気が出たアンパンマン、漫画から生まれたワンピース、グッズ用キャラクターとして誕生したハローキティなど、市場規模が大きなIPにも色々なIPの誕生経路はありますが、やはりアニメから生まれた、アニメで人気を博したIPの数が目立つのではないでしょうか。※注9
見られる媒体を考えるとそれはそうであるとも言え、アニメは基本的にテレビという世帯普及率が90%、世帯あたり保持数が2個を超えるデバイスで放映されていますし、1つのコンテンツあたりの視聴数で言うと、テレビが最も多くの人に発信するメディアであるという構図は変わっていないでしょう。
ここでアニメビジネスの構造についておさらいしておきましょう。
標準的なアニメ一話の制作には1000万~2000万程度、つまり1クール13話のアニメを作るには2億円程度かかります。
この資金を賄うために、製作委員会方式と呼ばれる、色々なステイクホルダーが出資して、それぞれのステイクホルダーの強みを生かしたライセンスの展開でその2億円を回収していく形になります。
ここでVtuberについて考えてみると
Vtuberというキャラクターを自社で作り、それを演者に演じてもらう。
人気が出ればライブ配信中の投げ銭がたくさん飛んだり、商品が売れることによって回収していく。
小型ではありますが、アニメと同じような構造になっています。
ただ、アニメ業界の厳しい労働環境はよく話題に上がるように、各アニメ単体で見ると8割程度の作品が赤字と言われ、業界全体で見ても40%近くの事業者が赤字の業界です。
それと比べてANYCOLORはなぜこれだけの収益性を持てるのでしょうか。
IPというものがどのように成功するのか、これは私の考えですが
「接触回数」「接触人数」「接触深度」の掛け算であると思っております。
平たく言うと、たくさんの人に、たくさんの時間、熱中して見て貰えば貰うほど成功するというニュアンスです。
「接触深度」も重要だとは思っているのですが、定量化しにくいので今回は「接触回数」と「接触人数」の積である「接触時間」についてのみ今回は触れさせて頂きます。
まずは1クールのアニメの接触時間がどれくらいかを計算してみます。
4885万世帯(日本の世帯数) * 2.0台(世帯あたりテレビ数) * 1.0%(深夜アニメ平均視聴率) * 24分(アニメ1話あたり時間) * 13回(1クールあたり話数) = 508万時間
となるので、1クール3ヶ月のアニメに対して2-3億円かけた成果として、508万時間のアニメ視聴がユーザーとの接触時間となっており、これを元にリクープを試みるのがテレビアニメと言えるでしょう。
これに対して、ANYCOLORのトップVtuberの一人である葛葉の直近3ヶ月のライブ視聴時間の合計は約800万時間となります。(配信技研のデータより)
本当にそんなにあるのか?と思われるかもしれませんが、ANYCOLORの決算資料で月次Youtube再生時間が5000万時間程度だと記載されているので、数字感としては概ね正しそうです。
「アニメはリアルタイム視聴ではなく、SVOD系サービスで見ている人が多いのでは?」「Vtuberはライブ配信だけでなくアーカイブや動画投稿も見られているのでは?」「アニメは平均で、Vtuberはトッププレイヤーを参照するのは贔屓では?」等々の色々なツッコミどころはありますが、1クールのアニメと近い規模の視聴時間を1人のVtuberが作ることが可能であると言ってもあながち間違いではないでしょう。
4-2.IPを保つとは何か ※注10
4-1ではANYCOLORがアニメと似た規模の大きな接触時間を作り出していることを記載してきました。
勿論一過性の接触時間なら今の時代大きくバズりさえすれば作り出すことは可能でしょう。ただ、接触時間は保ち続けるのが難しいのです。
一回作ったIPでも、上手く接触時間を作り続けないと、減退して行きます。例えば、世界で最も大きなIPであり、老若男女皆が知っているポケモンを考えてみましょう。
筆者も大好きで毎度作品を買っているポケモンですが、実は2017年2月期までそれほど利益額は大きくありませんでした。
上画像の純利益推移を見ると2000年代中盤~2010年代中盤までは赤字スレスレのラインの業績となっており、これだけ知名度があるポケモンでも収益性には苦労していたのが伺えます。
ポケモンほどのIPでも、新作ゲームリリースのタイミング以外で、接触時間を作り出すのが難しいのです。
ただ、グラフが突然跳ねたタイミングがあります。
2017年2月期、つまり2016年7月のスマートフォン向け位置情報アプリ「ポケモンGO」のリリースタイミングです。
Nianticと株式会社ポケモンによって共同開発されたポケモンGOはモバイルゲームの歴史の中でも有数な大ヒットを起こしました。
PokemonGoのヒットによってなぜポケモンがこれだけの利益を出すようになったかは、先程の解釈に照らし合わせると分かりやすいでしょう。
PokemonGoは日々の生活に根付くタイプのモバイルゲームであり、新作ゲームリリース以外のタイミングでも常に安定した接触時間を保てることにようになったことにより利益水準が大きく上がったと言えるのではないでしょうか。
ただ、じゃあどのIPもモバイルゲームを作ればいいのかと言うと、そんな簡単な話ではありません。
モバイルゲームの開発は1本あたり2億円を超え、アニメ1本と同じ程度の労力がかかる上に、過当競争でリクープの保証もありません。
ここで、ANYCOLORの話に戻ります。
まず、Vtuberを作るのにそれほど費用はかかりません。1人デビューさせるためだけの費用で言うと、たかだか数百万円でしょう。
そして、成功すればアニメ一本と同じくらいの接触時間を作り出すことが出来ます。また、リクープしないほどの大きな失敗は考えづらいです。
そして勿論、Vtuberはアニメと違って3ヶ月で終わることがありません。演者の方が続けたい限りずっと続いてくれます。
そう、4章の最初に記載したように
「コスト安くIPを作りながら、長い接触時間を作り、保ち続ける仕組み」
こそが他IPでは真似できない、これほどの収益性を生み出すユニークな仕組みであると考えています。
ANYCOLORの営業利益率が高くなっている要因は3章にて語ってきましたが、本質的にはコマースの割合が高いことよりも、この仕組みが出来ているからこそ営業利益率が高いと筆者は考えており、これを維持できるのであれば収益性が高いままでいられるのではないでしょうか。
これが書きたかった新時代のキャラクターの生まれ方という話です。
視聴者とのインタラクションの間で生まれる新たなIP、まだ見たことない方は是非一度見ると面白いかもしれません。
5.おわりに
拙文を読んで頂きありがとうございました。
このnoteではVtuberの知識が無い方でもANYCOLORの業績がなぜ生まれるかを理解してもらうため、ANYCOLOR、Vtuberの良い所を基本的に取り上げさせて頂きました。
ただ、勿論なのですが歴史上永遠に伸び続けた産業、会社など存在せず、ANYCOLORが抱えている課題も多く存在しています。くれぐれも株を買われる際は自己責任でお願いします。
ANYCOLORの海外展開や課題、ホロライブ(カバー株式会社)との対比を含め書きたいことはまだあったのですが、僕の気力の問題で一旦切り上げさせて頂きます。もし反響があれば続編も書こうと思いますので、宜しければ拡散をして頂けると誠に喜びます。
参考文献
このnoteを書こうと思ったきっかけは、ANYCOLORの上場時の反響の多さと、その割にはしっくりくる解説記事が無いなと思ったことでした。ただ、想像以上に自分で記事を書いてみると難しい論点が多く、偉大な文献に多く助けられました。
特定の箇所を引用した際は引用元のURLを入れていますが、特定の箇所というよりは全体的に参考にしたという文献もあるのでこちらに載せさせて頂きます。
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