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今こそ書きたい大人の読書感想文

本を読むのが好きな子どもだった。正確にはテレビやゲームを制限されていて、親から与えられる唯一の娯楽が本だっただけの話だ(漫画はある程度OKだった)。どんな親も一度は我が子を天才だと思うらしいが、絵本でひらがなを覚え、早々と大人向けの本に手を出し漢字を覚えていたそうで、小学生の頃には年間600冊を読む本の虫に成長していた。ただしこれは全てが自らの意志だった訳ではない。「読書ノート」なる記録をつけることが家庭内で義務付けられていたのだ。

読んだ日付、題名、作者。出版社まで書いていたかは忘れてしまったが、明確に数値として積み上げられるこのノートに私は恐怖を覚えていた。

「去年より読んでないんじゃない?」 

母親の目が光る瞬間が何より怖かった。だから私は冊数を重ねる為に何でも読んだ。足りない分は図書館で借りた。幸いにして司書の先生も良い方で、素敵な本にも沢山出会えた。最終的には絵本で冊数を稼いだ(笑) 好きだったシリーズで大人になった今でもまた読みたいなと思うのがこちら。↓

いぬのじんぺいと、にんげんのゆうたのやりとりにほっこり。こういうのを読みながら岩波文庫の旧字旧仮名も同時に貪っていた。

強制的に読んでいた側面もありながら、なんだかんだで活字を追い物語に没入することは好きだった。ハリーポッターを読み始めたら止まらなくなったり、同級生と競うように冒険ものを借りたり、最終的には自分で書いてみたり。(書くのに関しては世代としてテニプリ夢小説が流行っていたのもある。笑)

こんなに本や活字に触れていながら、学校に提出する読書感想文は苦手だったし、嫌いだった。

思うことや感じたことは沢山あるし、考えたことも言葉にはできる。ただ、書き方の「正解」が解らないから書けなかったのだ。「あらすじを3割、感想を7割?」「キャラクターどれかに感情移入して書く方が良い?」「必ず感動しなきゃいけないの?」

入選する為に/選ばれる為に書こうとする文章は面白くないし、意に反していて書きづらかった。素直に書くということができなかった。要領が悪いのを痛いほど自覚しているから、自由詩よりもある程度の型にはめる歌詞を書く方が好きだったし、未だに仕事でも初めて取り組むことは必ずフォーマットを作る。その方が楽だし、不自由の中で自由にするのが好きなのだ。

そう思うと、大人になった今こそ書けるかもしれない。もう映画や音楽、舞台ではその感想文を書けている。ブクログみたいなSNSも一瞬やっていたので読書の感想を書き留めることに初めて挑む訳ではないが、少しずつまた活字に触れ、今だからこそ書ける「読書感想文」を綴っていきたい。バランスを探りながら、正解なんて無い自分だけの尺度で。

↓このマガジンにまとめていきます。

書いたら誰かに読んでほしいのは人間の性で、便利な世の中になったなとしみじみする。オンラインで発信する以上は「紹介」の意味も込もっているので、広報活動の一環だと思えば書き方のスタンスも決まってくるというもの。

誰かに好きになってもらいたい、興味を持ってもらいたい。その為に書き始めたい大人の読書感想文。

このnoteを書こうと思ったのは、久々に文庫ではない本をお迎えしたから。きっかけはいつだって単純。。


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