ナリワイをつくるためのイベントに行ってきた
こんにちは!あいでんです。
先日は珍しく外出し、とあるイベントへ行ってきました。以前、読書感想文でも紹介した『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方』の著者、伊藤洋志氏のトークイベントです。
会って話を聞いてみたいなあ、なんて考えていたらちょうどイベントを発見したので行ってきました。今回はそのイベントでの話をまとめとおこうと思います。
ナリワイとは
念のため”ナリワイ”について簡単におさらいしておきましょう。
ナリワイ・・・個人レベルではじめられて、自分の時間と健康をマネーと交換するのではなく、やればやるほど頭と体が鍛えられ、技が身につく仕事
これは以前の記事でも紹介した”ナリワイ”の定義です。さらにビジネスとナリワイの違いについて伊藤氏が語った写真を載せておきます。
伊藤氏自ら語るように「ナリワイ」とは、仕事と生活が調和することを目指す生き方だ。そのためスケールするようなことを伊藤氏は考えておらず、むしろ小規模であることによる価値に注目していました。
ということで、初見の方も大体のイメージはつかめてきた頃だと思うので、早速本題のイベントの振り返りをやっていきましょう。
ナリワイをつくるのは簡単!?
伊藤氏が最初に語ったのは「ナリワイをつくるのは簡単で、誰にでもすぐにできるものだ」という衝撃的な話でした。それを聞いた私は思わず二度見をしてしまいました。
しかし、その言葉の意味を理解するためのヒントは先ほどの写真の中にすでにあったのです。
キーワードは「当事者が主体」です。
ナリワイは”誰かが必要とするもの・こと”を起点につくるのではなく、”自分が必要とするもの・こと”を起点につくっていくのだと語ります。つくったものが余ったら、お裾分けとして誰かに売る。当然”自分が必要なもの・こと”をつくっているに過ぎないので、誰かに売れなくても損することはありません。いわば、ノーリスクなのです。
しかし、自分が起点であるがゆえに規模は小さいものになります。が、”自分が必要とするもの・こと”なので質は高まります。しかもライバルが少ないというメリットまである。
ただ当然デメリットも存在していて、同じナリワイは量産ができません。そのため違うナリワイを複数やることが生きていく上では求められます。
このナリワイという生き方の面白さは、「自分のニーズ(納得のいく質)を満たすためには自分でつくるしかないことがあり、そこに一番の価値がある」という考え方からきているということです。
高い金を払っても我慢しないといけないことがあるなら、自分でやったちゃった方がいいじゃん!という原始的かつ本質的な考えだと思います。
自分を起点に、自分のために始めるからこそ、「ナリワイをつくるのは簡単で、誰にでもすぐにできるものだ」ということになります。
ナリワイに「特別な能力」はいらない
伊藤氏のナリワイが特別なものばかりかというと決してそうではありません。中にはかなり極端なこともやっていますが、ナリワイの多くはニッチなところを攻めているだけだといえます。これはビジネスにおけるブルーオーシャンに飛び込もうとしているのと同じです。
そして伊藤氏は、ナリワイをつくるのに必要な要素を次のように語りました。
ナリワイをつくる方程式
「余っているもの」 ✖️「誰かの特技」=ナリワイという新しい価値
自分に特別な能力がなければ、能力を持つ人を仲間にすればいいということでしょう。
余ったものを持ち寄って、能力ある人と一緒に、自分もしくは仲間に必要なもの・ことをつくる。この方程式から考えれば、確かにナリワイをつくるのは簡単なことだといえます。
「強いて必要な能力を上げるとするならば、一歩目を踏み出すことのできる能力だ」と伊藤氏は語っていました。
最後に
では、今回のイベントから何を感じ取ったかを話して終わりにしようと思う。
このナリワイという生き方も、就職や起業するというビジネス的な働き方(生き方)も根本的に必要とされることは同じような気がする。
それは、「ジブンゴト」として捉えるということだ。
生きていくためには何かを仕事としてなさねばならない。
ナリワイという生き方はビジネス的な生き方を否定しているわけではなく、ビジネス的な生き方(伊藤氏はバトルタイプと表現する)ができない人たちの新しい手段がナリワイなだけなのだ。
「ジブンゴト」として捉えることなくして「働く」ということの充実はないのだと今回のイベントを通して感じた。
大学卒業までの残り1年間をすでに切り、働くステージが目の前にきつつあるが、そんな時期に自分の働き方を見つめるいい機会になりました。
それでは、また次回!
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