有名教育団体のオーディション【36】脱サラ研修講師が語る 独立開業のリアル 綱を信じて、バンジージャンプ!
有名教育団体のオーディション
2002年も師走の12月になり、私は目の前の仕事に追われまくっていました。行政書士事務所は休止状態となりましたが、学習塾は5名の塾生を抱えるようになっていました。この当時は、塾への妻の参加はまだなく、私がたった一人の主席講師として、小学生の国語・算数、中学生の英語・数学を教えていました。研修業務は、営業分野だけではなく、階層別の昇格者研修といった分野も加わるようになっていました。
研修会社マネジメントフォワード社は、大手通信会社グループの研修会社に深く食い込んでいて、2002年に、にわかに一大特需となった営業基礎研修だけでなく、その他の分野も各種取り扱っていたのでした。分野を選べる私ではなかったのですが、実績を多少上げることができたのが評価されたのか、「カドワキさん、こういうのはできますか?」と他の分野の案件についても声を掛けられるようになってきていたのでした。ありがたいことに、声を掛けられてもテキストはマネジメントフォワード社のほうで用意してもらえます。またまたここでも、稼がせてもらいながら、勉強させてもらえる状態になることができました。
新入社員研修の案件についても声も掛けてもらえるようになりました。2002年4月に行かせてもらったクアトロ社の案件は、翌年の2003年の実施は無い様子でしたから、他からの発注があった、この展開は助かりました。そして、この年の2002年11月からはじまった、福祉サービス・ウェストサクセス社との年間コンサルティング契約の案件が動き出していました。いろいろやっていることを合わせたら、なんとかその頃には、サラリーマン時代の月収を超えることができるようになっていました。
福祉サービスのウェストサクセス社とのコンサル活動で、再びコンビを組むようになっていたフリーSEの高森さんのサポートを得て、遅ればせながら、手づくり感満載のホームページをつくれたのもこの時期でした。よちよち歩きが少ししっかりしてきたかなという感じにはなっていました。不安定とはいいながら、一年前と違って、なんとか年を越せる見通しがついていたのが私を明るくしていました。去年は夫婦で歳末早朝バイトに出掛けていたのですから大違いです。
夏前に、営業同行研修で知り合った片山さんから「その教育団体に連絡しておくから、そのうち連絡があると思うよ」と言われていたことは、この時にはもうすっかり忘れていました。その教育団体の担当者の方から私の携帯に連絡が入ったのが、この12月だったのです。電話に出て最初はなんのことか分からず、しばしの空白のあと、片山さんが話をしてくれていたことだと思い出しました。担当者の方が言うには、選考をしたいので、まずはプロフィールデータとこれまでの実績を送ってほしいとのこと。早い話が書類審査でした。これをパスしたら次は面接試験。それをパスしたら次は模擬インストラクション審査。今まで実施した研修の一部について試験官を相手に、実際の研修のように実演してほしいとのことでした。
「はい。分かりました。12月27日までにメールでお送りすればよいのですね」
と電話を切った私ですが、正直なところ、困ったなというのが実情でした。何が支障になっていたかというと、金のことです。「貧すれば鈍す」とはこのこと。その時の私には、新大阪~東京を2往復する費用を支出する決断ができなかったのです。この費用は自腹でした。サラリーマン時代に転職を重ねていた過去の経験から、最終選考の場合の費用は出るんじゃないのかと淡い期待は持っていたのですが、それは、叶わぬことがすぐに分かりました。とはいえ、「旅費が出ないなら行かない」とも言えません。なんだかよく分からないが、これはこれで大きなチャンスなのかなという感覚はあったのです。
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