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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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#文学フリマ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #118_298

写真は家族と一緒に撮るものでしかない。芸術として写真が認められることもない。あの国では・・・。 「波乗りはしますか?佐田さん」 「波乗り?するように見えるか?」佐田は膨れた腹をさする。 「波乗り板を拾ってきたので。塵捨て場で」 「どうして、サーフィンなんか?」 「国に戻れたら、のってみたい」 「そんな海辺あるのか?」 「海ではないです。川です」 「川?そこでサーフィンやろうっていうのか。いくら川幅が広いたって、のれるような波なんか」佐田は茶を丼に注ぎだす。 「あるんですよ。年

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #117_297

 佐田は住み込みの中で最古参だ。四十代らしい。若い頃、パンクロックをやっていたという。そのときの名残か、佐田の髪はいつも角のように宙に突き立てている。太ったパンクロッカー、人気あるんだぜ。というのがいつもの口癖だ。朝刊のあと、佐田はいつも写真を撮りに街へ。写真学校に通っていた名残という。午前中、写真を撮り戻ると、夕刊が配送されてくる頃まで暗室に籠る。暗室といっても風呂場を借りるだけだ。酢酸の臭いが不評を買っているのだが、佐田は気にしない。何かのコンテストで優勝し、自ら写真展を

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #116_296

 左に傾いた自転車の重心をとりながら、薫陶は思う。故郷に帰ることができたならば、きっと波乗りをしてやろうと・・・。逆流する黄河の大波に乗る、自分の姿を想像してみる。サーフボードに横風を受けながらも、薫陶には自転車のペダルが軽く感じる。  新聞配達所に戻る。サーフボードを自転車置き場の隅に立てかけ、薫陶はその表面を撫でる。納得したように頷くと、薫陶は食堂に向かう。  食堂には、いつものように佐田が一人居残っている。薫陶が食堂に入ると、佐田は持ち上げた丼を少しずらし頷く。 「遅か

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #115_295

 薫陶は、遠目で塵芥集積所を見る。サーフボードは、もう朝陽を受けていない。塵回収車は、何故かサーフボードだけを残していく。  自転車を降り、薫陶は残されたサーフボードに近づく。間近にそれを見る。底を晒されたボード。その先端は欠け、至る所に傷が付いている。相当、使い込まれている。それで捨てられた?裏返す。色褪せた写真?ボードの表面に貼り付いている。  砂浜にボードを立てた青年。その横に、少女が寄り添う。このボードは、思い出も乗せてきたらしい。今は持ち主からは見捨てられ。  薫陶

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #114_294

 薫陶は、それが何をする道具なのか知らない。一息つく。薫陶は自転車を再び漕ぎだす。何故か、あのサーフボードが気になってくる。  薫陶は、コンクリートの土手通りを急ぐ。薫陶はサドルから腰を浮かす。自転車のタイヤが、コンクリートの継ぎ目を越えるたびに。その時、高くなった視線を海岸に移す。土手の向こうの海原。朝早くから波乗りをする若者達。波間に浮き沈みしている。  なるほどと薫陶は頷く。塵捨て場で見たサーフボード。同じようなものが、三角波の間から波を受け宙に突き上がる。若者達は波に

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #113_293

十五 上海波  午前三時。いつものように自転車の荷台と前篭に朝刊の束を詰め込む。薫陶は配達に向かう。  薫陶は、彼の国からこの国へ逃れた。劉が手配したものだ。廃業を免れた一軒の新聞販売店に住み込み、昼間は情報専門学校へ通う。  朝靄の漂う海岸の土手通りを、薫陶は駆け抜けていく。心地好い朝の潮風と海の匂い。薫陶に故郷を想いださせる。  月曜の朝。土手沿いの塵芥集積所。持ち込まれた家庭塵がうず高く積み上げられている。自転車を止め、薫陶はその塵の山に眼をやる。赤い朝陽に、サーフボー

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #112_309

標語(モットー) 決定権(キャスティングボード) 難民露営(キャンプ) 殲撃機(攻撃機) 導弾(ミサイル) 故事(ストーリー) 了

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #111_307-308

安全(セキュリティー) 見光死(会ってみたらがっかり) 手槍(拳銃) 遙控(リモートコントロール) 超凡的魅力(カリスマ) 邪教(カルト) 自動鎖(オートロック) 高科技(ハイテク) 模擬(アナログ) 三無企業(ペーパーカンパニー) 倉儲超市(大規模スーパーマーケット) 柬埔寨(カンボジア) 覆帯(キャタピラ) 坦克(戦車) 音箱(スピーカー) 狼狗(シェパード)を連れた1人の兵士が機槍(機関銃) 短上着(ジャケット) 少管所(少年院) 毒品(ドラッグ) 揺頭丸(エクスタシー

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #85_276

 劉は周りを見回す。玻璃戸で仕切られた部屋。そこに、月明かりが差し込んでいる。  劉は静かに部屋に入る。事務机の上に腰を下ろし、机の上を眺める。そこには「労働日報」という報紙。それを手に取り、月明かりの下に置き劉は読み始める。 『新政府組閣人事決まる。昨夜、新政府は組閣人事を発表した。革命臨時政府は新政府人事として陶党首を長に国務大臣は×××、情報通信相には徐進達氏・・・が任命された。臨時革命政府は新政府へ速やかに移行し、旧政府の犯した開放経済政策に伴う悪弊の根絶に早急な対処

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #84_275

 劉は当てもなく歩き始める。月の傾く反対の方角を目指し。草むらを抜け、砂利道に出る。劉は道の両端を見渡す。双方から、車の来る気配はない。  砂利道を暫く歩く。暗がりの前方に大きな建物の影。門に近づき看板を間近に見る。硫鉛化学公司とようやく読める。門から中を覗く。入口は戸板で封鎖されている。廃工場なのだろう。  周りを見回す。人気はない。金網を乗り越え敷地に。梱包されたまま物資が、堆く積み重ねられている。工場の母屋に近づき、中を覗く。真っ暗だ。当然、何も見えない。工場は最近閉鎖

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #83_274

 蘭は電脳の画面を覗き見ながら七喜《セブンアップ》のプルトップを上げる。 「網絡に繋ごうと。やっぱりだめだ。徐は網絡を押さえてる」 「徐って誰?網絡って?」蘭は相変わらず画面を覗いている。 「徐は黒客《ハッカー》。網絡はデータが流れる路さ」 「ふうん。おい見ろよ。何か出てきたぜ」蘭は七喜《セブンアップ》を咽喉に流し込む。 「何?」薫陶は画面を見入る。    劉は目を覚ます。夜露に濡れ、冷えた体を身震いさせ。そこはどこかの草むらだ。劉は思い出せない。トラックを飛び降り、どうやっ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #82_273

 耐克《ナイキ》や美林公司《トイザラス》。お馴染みののマークが目に入る。 「今まで何やってたんだ?お前」 「ただの流浪児童《浮浪児》。別名、盗賊ってやつ。腹減ってないか?飯、食うか」蘭は目指す梱包を開ける。食糧を取りだし、広げてみせる。 「たんまりある。お菓子、お粥に缶詰、それに洋水《外国製清涼飲料水》も」蘭は調理ランプに火を点ける。 「うん」薫陶は興味なさそうに答え、部屋の中を見回す。筆記本電脳《ノートパソコン》の箱を見つける。 「使ってもいい?それに手機《携帯電話器》ある

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #81_272

 歩くうち、夜が明けてくる。自分がどこにいるのか、劉には見当も付かない。そこは荒れた土地が延々と続く、見捨てられた場所。  陽が高くなる。熱気が蜃気楼のように立ち上る。劉は空腹を堪えながら、当て所もなく歩き続ける。やがて、力尽きて倒れるまで。    薫陶と蘭は施設を抜け出し、誰もいない市街地へ。 「もうすぐ俺の隠れ家だ」と、蘭。  蘭の後を追い、薫陶は路地を彷徨う。人気のない路地には、塵芥が吹き溜まっている。例のビラが至る所に貼られている。 「ここだ」路地裏で佇み、蘭は辺りを

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #80_271

「それに従ってるわけ?おとなしく」 「ああ、何せこの国のトップ、教祖様だからな。それを信じる親なんか、ありがたがって仕方がない。ガキの食い扶持、気にしなくても済むし。前の政府の一人っ子政策なんか、誰も守ってなかったからな。食いものをあてがうのも大変だった。今度は国が数多《あまた》のガキの面倒みてくれる。らしい」 「成功したのか・・・。革命は」 「どうせ、そのうちに倒れる。この国の倣《なら》いだ」 「倣い?」 「歴史は繰り返す。それで、逃げるだろう?お前も」 「ああ」薫陶は頷く