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【短編選集 ‡3】電脳病毒 #117_297

 佐田は住み込みの中で最古参だ。四十代らしい。若い頃、パンクロックをやっていたという。そのときの名残か、佐田の髪はいつも角のように宙に突き立てている。太ったパンクロッカー、人気あるんだぜ。というのがいつもの口癖だ。朝刊のあと、佐田はいつも写真を撮りに街へ。写真学校に通っていた名残という。午前中、写真を撮り戻ると、夕刊が配送されてくる頃まで暗室に籠る。暗室といっても風呂場を借りるだけだ。酢酸の臭いが不評を買っているのだが、佐田は気にしない。何かのコンテストで優勝し、自ら写真展を催したのが自慢だ。佐田の撮る写真はその辺の街頭をモノクロで撮ったもの。雑然とした商店街、朽ちた家並み、捨てられた塵・・・。その写真の中に、人の姿はない。写真芸術っていうのは、情念に流されちゃいけない。と佐田はのたまう。その情念とういう意味。薫陶には理解できない。


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