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エアコンでのもめ事を描くのではなく、「部屋を出て行く」という物語を。

 物語には「対立」が必要だというのが、どのようなストーリー作りの方法論を見ても記載されている。それほど、この対立を描いたり、対立軸を作るというのは、物語において基本である。

 しかし基本であるとされるからこそ、あたかも、それは必ずなければならないように考えてしまうのは、1つの思考停止である。もしくは、対立を描くということを、そのまま、「登場人物が対立している様を描く」ということだと考えてしまうことは、ある種の発想力の拒否である。
 物語とは発想される、クリエイティブなものである。だから、いくら基本であるとしても、ルールであるとしても、それらをそのまま受け入れなければならないというわけではない。

 そのような考え方でこの「物語上の対立」を見ると、その描き方については細かな分類がある場合もあるが、最も簡単なのは「口論」や「喧嘩」となる。そして最も簡単ということは、最も工夫がない、発想力を必要としない表現であるということになる。
 口論や喧嘩は、「対立」という言葉を聞いた時に、かなり容易に発想できる現象である。物語には確実に登場人物なるものが出ることを踏まえると、その存在達が、互いの考えを持ち、それが対立した結果としての口論や喧嘩は、確かにわかりやすく、描きやすい。

 しかし、それに終始してしまうことは、対立を表現することの無駄遣いである。物語における「対立」とは、もっとポテンシャルのあるものである。流石は基本とか、前提とか言われているだけあって、その力は本当ならば凄まじい。しかし、この対立が単に、登場人物同士の口喧嘩のようなもの――即ち、それぞれの意見を言い合うことが大半を占めるような事件――だけで終わってしまうのは、非常にもったいないのである。

 なぜならば、そこには「動き」がないからだ。
 物語が面白くなるとき、そこには動きが生まれている。感情や表情や、動作というのももちろんだし、経済的な動き、事件があちこちに転がっていくという概念的なものもある。
 だが、対立を下手な使い方をしてしまうとき、そこには動きがない。

 ある日、同棲している2人の男女が1つの部屋にいて、エアコンをつけるつけないで揉めている。女性は寒がりなので温度をあまり下げないでほしいというが、男性はそうしたい。互いの意見は平行線だが……。

 このようなとき、もし、単に対立を「口論」「喧嘩」などとして描写をその部分に集中させてしまうと、この男女はずっと、温度を上げるか下げるかの話を同室内でしたままになるだろう。物語としてはオチをつけたいところだから、「結局、それぞれが妥協して丁度良い温度にしましたとさ」というような当たり障りのないものに落ち着いてしまう。
 この口論に様々な起伏をつけることは可能だが、それでも、物語の終わりはそれほど予想外のものにはならず、したがって面白みがない。。なぜならそれは「喧嘩の終わり」だからだ。そんなもの、仲直りするかしないかくらいのバリエーションしかない。

 そのため、このような「喧嘩」「口論」から脱却する対立の考え方として、「移動」を選択肢に入れるのである。
 つまり、対立している者同士は、必ずしもぶつかり合うわけではなく、「離れていく」ことを検討するはずだ、ということだ。考えてみれば当然である。目の前に、自分とは相いれない何かがいるとき、どれくらいの人間が、それでも自分の考えを押し通そうとしたり、自分の考えに与するように説得したりするだろうか。正直、面倒くさいだろう。だから、その登場人物は、口論や喧嘩を避けて、その場からいなくなるのである。

 これが、対立の持つポテンシャルの1つだ。冷房をつけるつけないの対立の結果、うんざりした女性が部屋から出て行ってもいい。イライラの収まらない彼女は、もしかすると外出するかもしれない。外に出ると意外に丁度良い温度で、気になっていた近所のお店に入ったりしてみる。そこで、男性が欲しがっていたものを見つけうが、たまたま店に来ていた懐かしい知人と出会い……などと、物語が展開する。すると、そのオチは喧嘩や口論とはまた関係のないものへと発展していき、予想外であり、面白みが増す。

 対立は、単に別の者同士がぶつかってしまうという結果のためのものではなく、それらが反発し合い「離れていく」結果も生み出すものであることを、承知すべきだ。
 対立は、物語の基本として語られることがあるがゆえに、まるで対立を描き続けねばならないという、不思議な使命感にかられている物語がある。
 だが、対立はあくまでも、物語に動きをもたらすきっかけなのだということを、忘れてはいけない。物語は、動くものであり、その際に面白くなる。だから、対立も、できればその動きが生まれるように、上手く利用したい。

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