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小説【ある晴れた日の午後】

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現在執筆中の短編小説です。思い出しうる最古の記憶から、ある晴れた日の午後まで続く家族との交流の話です。 #短編小説 #冬 #幼少期 #家族
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#寒い日のおすすめ

【短編】ある晴れた日の午後4

【短編】ある晴れた日の午後4

「ディスプレイ、ねえ」

ファッションビルの中央入口を通り過ぎ、裏側の従業員出入口から入る。
郵便受けBOXから書類を取り出して、警備員にID証を見せてエレベーターホールまで進む。お客様用のエレベーターではないので、正直ボロボロだし下地のままみたいな質感で少しだけ乗り込むのに躊躇していたけど、今はもう慣れた。
行先階を押し、腕時計に目をやると、出社予定時刻の5分前だった。

予定より早く付けた事を

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【短編】ある晴れた日の午後3

【短編】ある晴れた日の午後3

後々振り返ってみたら、世紀における大発見だとかエポックメーキングだとか、その位の大きな意義のある1日は、当事者が全く意図しない形で突然訪れるのではないかと、いう結論をぼんやり考えていた。それは、例えば自分自身にしか影響しない事だとしても。ましてやそれが、人生最悪の出来事に匹敵する事だったとしても。

その日は、夜の10:30まで仕事をしていたと思う。

いくつかの路線を乗り継いで、新宿駅構内の出勤

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【短編】ある晴れた日の午後2

【短編】ある晴れた日の午後2

父の腕の中から離れて、よろよろと数歩進み、どこまでも続く新幹線のホームドアの鉄柵に触れる。
寒い場所で、より寒さを倍増させるような物に触れてしまって、手のひらから一気に駆け巡るそれを全身で受け止める。ぶるぶるが、止まらなくなった。

後ろを歩いていた父が、私の背中を押してきちんと歩く様に促す。
前を歩かされるのは嫌いだなあ、と思っていたと思う。
エスカレーターが見えて来て、しきりに後ずさる私に父は

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【短編】ある晴れた日の午後1

【短編】ある晴れた日の午後1

「あれは、雪女の足跡だよ」

思い出しうる最古の記憶は、父の胸に抱かれて、遠くの山肌に残るそれを見つめる記憶だった。

父のその言葉は、当時の私を震え上がらせる程、恐ろしく、抱き抱えられた胸の所を何度も掴もうとした。
父は少し笑って、顔を擦り合わせて大丈夫、と言うけれど、その頬は冷たく、少し剃り残した髭がぱちぱちと当たって逃げるように顔をうずめた。

新幹線のホームのガラス窓から眺める向こうの景色

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