見出し画像

【挫折編】マネージャーの意味を知って体得した時の自己嫌悪感。当時、人生二毛作目の2歳。

人生100年時代、人生三毛作。一毛作=33歳。僕は35歳、人生二毛作目の2歳の時に管理職であるマネージャー(課長職)に昇進しました。ある意味、一毛作の僕は順調にサラリーマンとしてのエスカレーターに乗っていて、この後に訪れる黒船と言われたiPhoneの上陸によって否応なしに人生二毛作目に突入するとは思ってもいなかった時期です。

マネージャーにマネージャーの意味を学ぶ

昇進試験に合格して管理職であるマネージャー(課長職)になった2008年4月。研修などで管理職の意味を教わるものの、マネージャーの役割を腹落ちするには至らず、同じ事業部にいたバレーボール女子日本代表やNECレッドロケッツでマネージャーの経験がある仲間にマネージャーの意味をヒアリングしました。

「監督とマネージャーの違いはなんですか?」と聞いたところ、即座に「監督は試合に勝つために指揮する人、マネージャーは選手が試合に専念できるように環境を整える人」という明確な回答が返ってきました。

ー 試合中のタイム時間に汗をかいている選手がいれば、「タオルが欲しい」と言われる前にタオルをそっと差し出す
ー 遠征中はホテルを確保する、また、選手同士の相性やコンディションを踏まえて相部屋の調整をする
ー 選手全員分のユニフォームの洗濯をし、選手の試合以外の負荷を最低限にする、等々。

それまで「管理職=リーダーシップ」という固定観念がある同時に、リードする人が部長や課長と複数いることに疑問を抱いていた僕にとっては明確なアドバイスでした。当時、フォロワーシップという言葉を知る前でしたが、マネージャーとは「ビジョンの達成に向けてチームメンバーの主体性と能力を引き出して貢献すること」と理解しました。

一次関数(直線)的な成長と二次関数(放物線)的な成長

マネージャーの意味を理解しつつも、フォロワーシップでなくリーダーシップを発揮しようとし、チームとしてのパフォーマンスを最大化するのに苦慮する日々が続きました。

一番の思い出は、黒船と言われたiPhone上陸直後、まだ、iPhoneの影響は少なかったものの、今後の商品戦略を見直すべく社内が一番混乱していた時。2008年4月にマネージャーに昇進し、同年7月にiPhoneが上陸、同年10月に商品戦略を兼務した時です。黒船の上陸によって社内は混乱して商品戦略担当が新しい戦略を提示しても会社が判断できず、商品戦略を担当する部長やマネージャーが1か月ごとに交代していました。

何名かの交代の後に僕が担当となり、チームメンバー2名(A氏・B氏)と戦略を立案することになりました。僕自身、どのようなことでもそれなりの結果を出せる器用さがあり、それまで一緒に仕事をしてきたチームメンバーも同様であったため、新メンバーにも同様の結果を求めていました。商品戦略の立案に与えられた期間は半年。A氏は半年後のゴールに向けて、毎月、一次関数(直線)的に結果を出して安心する一方、B氏は一人で考え込んで3か月を過ぎても中々結果を出せず、僕は彼を問い詰めたことがありました。考えているフリをして何もやっていないのでは?と疑心暗鬼になって問い詰めたのですが、B氏は僕からの質問に対してすべて明確に答えを持っていました。答えられるならば行動してほしいと伝えたものの5か月間は同様の状態が続きました。半ば諦めていたところ、B氏は任期の最後の1か月となる6か月目に想像し得ないパフォーマンスを発揮して新しい戦略をまとめ上げました。1次関数的に結果を残してきたA氏や僕を最終月に一気に超える二次関数(放物線)的な結果でした。

信頼して応援することができなかった自分の至らなさに猛省する

新しい商品戦略をまとめ上げた時、「監督は試合に勝つために指揮する人、マネージャーは選手が試合に専念できるように環境を整える人」という言葉の本当の意味を知った気がします。半年間、部長がいながらも、僕は監督として振る舞っていました。同時に選手が試合に専念できるように環境を整えるべきなのに、僕は一人ひとりの個性に向き合わず、同じ環境しか提供できなかった、しかも、相手に適した環境ではなく、僕自身に適した環境であったこと。相手は僕と同じで僕と同じ環境を提供すれば、僕と同じ結果を出してくれるだろうという自分本位の考え方。しかし、実際は僕のパフォーマンスを超える結果を残したB氏。

半年後に結果を出すことをメンバーとコミットメントしながらも、1か月単位で結果を出せないメンバーに不信感を抱いて自分本位で統制していた自分を自己嫌悪して猛省した苦い思い出です。僕はビジョンを示してチームメンバーを信頼し、彼らのパフォーマンスを最大化する環境整備に専念すればよかったとわかっても、時間を戻すことはできません...。僕がB氏に与えてしまったストレスは計り知れません。その後、B氏と共に「ムサコ大学」を立ち上げた時、B氏に許してもらえたのだと感謝した次第です。

マネージャーの意味を通じて学んだこと

統制(Control)と管理(Management)を区別する。「監督は試合に勝つために指揮する人、マネージャーは選手が試合に専念できるように環境を整える人」という仲間の言葉を忘れない。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

よろしければサポートをお願いいたします。各種活動でありがたく使用させていただき、noteの充実を通じてお礼していきます。

ありがとうございます!よろしければ、フォローをお願いいたします。
12
公ではブランド戦略を、私では地域デザインを。人生100年時代、人生三毛作。現在、人生二毛作目を満喫中。公私を融合させた「働き方」や「楽しみ方」を模索している日々です。 http://www.katuhiko0821.com/

こちらでもピックアップされています

当時、人生二毛作目の2歳。(2008年)
当時、人生二毛作目の2歳。(2008年)
  • 1本

人生100年時代、人生三毛作。人生100年を3等分するならば、一毛作=33歳。多くの方々との出会いを通じて越境や共創に挑戦中の人生二毛作目について書いています。そんな人生二毛作目の2歳の記録。(-2008年8月/35歳)

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。