一石八鳥北米アニコンボランティア
はじめに
アメリカで生活して感じること,それは白鳥が慣れ親しんできたアニメ,マンガ,ゲームは日本でだけのものじゃないということ.むしろ海外の方が根強いファンが多い.
2022年8月,ワシントンD.C.で開催されるOtakonにエスコート通訳としてはじめて参加した.2023年8月に2回目のOtakon,2024年5月にシカゴで開催されるAnime Central(以下Acen),そして2024年8月に3回目のOtakonに参加した.
日本人ゲストにつきっきりで,イベント案内,食事観光案内とその会計,サイン会での通訳がエスコート通訳の任務である.
イベントの顔としてゲストを歓待しつつ,ゲストのイベントをすっぽかさないよう,会場と時刻を念入りに確認し,食事や観光の手配をする.
ほぼ現地マネージャーであるが,ゲストとは初対面なので,信頼をゼロから構築しなければならない.元気玉が打てそうなくらい気を使うし,ゲストのお休み時以外,気が抜けない.
それでも,費やす自分の時間や労力以上の価値があると白鳥は考えている.本記事では,ここ3年の白鳥北米アニメコンベンション(以下アニコン)イベントへのボランティア参加を振り返りつつ,ここでしか得られない経験についてまとめていきたい.
白鳥がボランティア参加する理由
ただ飯,ただ旅,ただイベント
旅費,食費,宿代も含めて無料でアニコンイベントに参加させてもらえる.
ホテルは,The Westin Washington, DC Downtown(Otakonの場合)やHotel Hyatt Regency(Acenの場合)と,いずれもConvention Centerに隣接する四つ星ホテルに宿泊できる.
スタッフ証を持っていれば,入場料の支払いや参加者列に待つ必要もなく,イベント会場に出入りすることができる.
イベント中のゲストの食事はイベント負担のため,イベントのお金で支払いを一任されている我々エスコート通訳もついでに食事にありつくことができる.
レストラン,観光の選択はゲスト次第だが,おすすめに連れて行ってほしいと頼まれることがおおく,自分の興味関心に寄せることが不可能ではない.
エスコート通訳をすることで,その都市の土地勘,美味しいレストラン,面白い観光地について毎年どんどん詳しくなるのも魅力的な点である.
アニメ,マンガ,ゲーム業界への小さな恩返し
小学生時代,金土曜夕方・日曜朝のアニメは欠かさず見ていた.中学生時代,塾終わりのアニメイトが楽しみだった.大学生時代,四季をアニメで感じるほどよく見ていた.それはアメリカでの大学院生時代でも変わらない.アニメ,マンガ,ゲームは白鳥の人生に今も大きな影響を与え続けている.
あるアニメを自身の海外大学院生活のヒントにしてしまうくらいである.
日本に帰国するたび,それまで単行本で集めてきたマンガをまとめ買いして数日かけて最新刊まで読破するのが恒例行事になっている.
渡米後に読み始めたマンガはKindleで購入して読んでおり,冊数は実家にあるマンガより多いかもしれない.
小学生から今現在を通して,ゲームはポケモン,スマブラ,ゼルダ,スプラと人並み以上にやりこんできた自信がある.
このように,アニメ・マンガ・ゲームをこよなく愛する人間にとって,アニコンは心踊るイベントであり,エスコート通訳を通して,日本人ゲスト,もっといえば日本のアニメ・マンガ・ゲーム業界のアメリカにおけるプレゼンスに貢献することができる.
もう一つ上の英語力,通訳
AIの発展が著しい2024年でも,いまだに言葉の隔たりは大きく,アニコン通訳現場でのAI使用例はまだ見たことがない.
アニコンにおける通訳は,日本人ゲストとアメリカ人参加者とのあらゆる交流を滞らせないよう,また日本人ゲストがアメリカでの滞在で困らないように努める役職であり,かなりのソフトスキルが求められる.
通訳業務は3種類あり,日本人ゲストのお世話をするエスコート通訳,アメリカ人インタビュアー(少数)と日本人ゲストとの間に立つプレス通訳,そしてアメリカ人参加者(多数)と日本人ゲストと壇上に立つパネル通訳である.
パネル通訳は高い通訳能力とパブリックスピーキングはもとより,ラジオパーソナリティ的なスキルも求められる.さらに,通訳のために日本人ゲストの過去の作品や英語名称をおさえておく必要があり,ブリーフィングがかかせない.ベテランやバイリンガルの通訳が起用されることが多い印象がある.
プレス通訳は,アメリカ人インタビュアーの作品の世界観を探るような質問を即興で通訳するため難易度が高い.自然と日本人ゲストの解答も抽象的にならざるをえず,日頃使わない英単語を使わざるを得ない状況になる印象がある.
エスコート通訳はサイン会で日本人ゲストとアメリカ人オタクの間に入り,必要なら簡単な通訳を行う.通訳をしたことなかった白鳥にとっては,とても良い練習になった.
さらに,パネルやプレス通訳の働きぶりをリアルで見ることができ,日本語と英語の両方で「よくそんな上手い表現がすぐに出てくるものだな」と毎回感心させられる.
日本の英語教育を修了し,北米大学院に進学し,英語が不快でなくなるほどの英語力をつけたと自負している白鳥にとって,さらなる英語力の高みを目指すきっかけとなった.誰でもできるわけではない難しいことだからこそ,挑戦しがいがあり,それを颯爽とこなす姿はとてもかっこいいと感じた.
そんな折,Acenで通訳スケジュールの重複のため突然空いたプレス通訳にたまたま近くにいた白鳥に白羽の矢がたった(白鳥だけに).「準備をしているものに運は舞い降りる」というのはこういうことかと思いながら,心臓バクバクだった.
事前情報なし,ぶっつけ本番のプレス通訳.日本人ゲストの緊張が伝わってきて,メンタルとの戦いだった.凄まじい脳の疲労に自分で驚いていた.要旨は捉えていたと思うが,白鳥が思い描いていたほど上手くこなすことができず,特に英語がパッと出てこないのが大変悔しかった.
北米アニコンイベント創世記から通訳をされており,白鳥が勝手に師と崇めているベテラン通訳から教わったこと,気をつけたいことを以下にまとめておきたい.
会話の流れを切らないのがいい通訳,発話者が長く喋っていても止めない.
数字と固有名詞は落とすな.メモとれ.メモ帳は縦めくりがよい.
通訳中の敵は同業者と沈黙.間違ってても発話し続けろ.
自分の通訳がどんなにひどくても謝らない,両方をより不安にさせる.
通訳訓練は現場でしかできない.
他人の発話を5秒遅れで反復してみる練習は自分でできるかも.
アニメ(日→英)や映画(英→日)で逐次通訳練習をする.
日本人ゲストとの交流
言語を超えて,アメリカ人を熱狂させるゲストの魅力をまじまじと見せつけられる.
食事や観光を通して,ゲストと一緒に時間を過ごすことで,ゲストの作品のみならず「人となり」についての理解も深まる.
予習しきれなかった作品を後でみることで,ゲストとの思い出が増幅され,より楽しむことができる.
さらに,クリエーターや声優などの日本人ゲストさんから現場の話を聞いていると,アニメを製作面や業界面から想像して楽しみことができる.
特に,声優欄しか見てなかったオープニングやエンディングのクレジットは,どのスタジオのどの監督なのかとか視野の広いアニメの見方ができるようになる.
さらにほとんどの日本人ゲストは東京近郊にお住まいの方が多く,日本に帰省した際に都合が合えばご飯に行くこともある.
違う世代の本来全く関わることのないタイプの方々と会って話すことは大変貴重なことである.
他のボランティアとの交流
白鳥のような日本生まれ日本育ちで米大学院生の人もいれば,日本に留学していた人,日本にルーツがある人,アニメが好きで日本語を自力で勉強した人など,多くの異なるバッググラウンドがある人がボランティアとして参加しており,話しているだけでも大変楽しい.
ゲストに食事や観光を楽しんでもらうのもエスコート通訳の役目なので,自然と他のエスコート通訳とオススメの観光やレストランの情報交換がなされる.
そして,彼らのこれまでのボランティア経験や本業についての話,好きなアニメやアニコンの楽しみ方の話などで夜中まで盛り上がることもある.
ボランティアは4人1部屋ダブルベッドのため,ベッドを共有することになり,物理的にも同じ部屋のボランティアとは特に親しくなる.毎年彼らと会うのも楽しみの1つである.
しっかりした日本語でのやりとり練習
白鳥は日本で生まれ,日本の大学教育まで修了しているが、社会人経験がほぼ皆無ないので,失礼のないしっかりした日本語でのやりとりを練習するとてもいい機会だと考えている.
在米歴が長くなるにつれて,日本語が雑になってしまうように感じる.いつのまにか「この日本語って英語でなんて言うんだ?」という疑問が逆転し「この英語って日本語でなんて言うんだ?」状態になりつつある.
多くの日本語と英語が行き交うアニコンイベントのような環境が最適である.
アメリカ人ガチオタクの観察
サイン会での通訳業務はアメリカ人オタクを観察することができる特等席である.
限られた時間の中で,日本人ゲストにアメリカにきてくれた感謝と作品やキャラへの思いを伝えようという涙ぐましい努力を感じる.
あるものは日本人ゲストも驚くような激レアアイテムを持参し,あるものはお気に入りのキャラについて語りまくる.多くのアメリカ人があやふやな日本語でも自分の言葉で思いを伝えようとする姿に目頭が熱くなる.
好きなものがあれば,他の人の目を気にせず,言語の壁も平気で超えていく姿は本当に感心する.
また,ハローウィーンの文化があるからか,コスプレイヤーがとても多い.ここでも,人の目をあまり気にせず,自分のしたいコスプレをするという強い気持ちが感じられ清々しい.
このように,アメリカ人がどういう風にアニコンを楽しんでるか,もっといえばなぜお金を払うのかを考えることは楽しい.
さらに,流れゆくコスプレを観察しながら,現在のトレンドを読み取ったり,あれはこのアニメのあのキャラといったふうに視聴済みアニメの復習をすることもできる.
総合的な接待力がつく
あるパネル通訳の方が「エスコート通訳の方が大変」と言っていた.
ゲスト要因(ゲストの人数,好み,予定)と外部要因(天候,交通,予算)などによる不確定性と制限を考慮して,失敗しない観光プランの策定と実行することはかなり難しいことかもしれない.
実際,他のエスコート通訳と議論したり,旅程を立てたり,車を手配したりしているうちに,日が変わることがよくある.
2024年のオタコンでは30周年ということで多くの日本人ゲストを迎えた.3年目の白鳥は初年度エスコート通訳とゲスト人数合計10人の大人数グループのリーダーを任された.
少人数であれば,エスコート通訳としてかなり動きやすいが,大人数だと確認することが自然と多くなり,そのグループのリーダーともなれば,仕事の割り振りで一悶着あることも.
そのような失敗を通して,ゲストに目一杯楽しんでもらうために,ゲストらとのコミュニケーションに始まり,英語力を駆使した情報収集と観光プランニング,予算と移動手段の確保,道案内やレストランでの一括注文とそのお支払いなど「総合的な接待力」を身につけることができる.
白鳥の立ち振る舞い
北米アニコンボランティアでの白鳥の立ち振る舞いについて紹介したい.やらかすと日本人ゲストからもイベント運営からも信頼を失い,今後ボランティアさせてもらえなくなる可能性がある.
元気に挨拶
知らない人が多くいる環境に飛び込む際の最も有効な必殺技が「元気に挨拶」である.
物欲センサーをオフに
オタクにとってアニコンイベントには魅力的なものが多い.しかし,心を鬼にして物販や他のパネルに行くことは控える.
オタクを極力隠す
どんなにファンでも日本人ゲストにガンガン行かない.白鳥がよくやるオタク特有の唐突な話題転換やオチのない考察などは控える.あくまでニュートラルに,相手の雰囲気を察した会話を心がける.
飛ぶオタク跡を濁さず
別れ際は,エスコート通訳として日本人ゲストに数日間付き添わせていただいた思い出を噛み締めることにとどめたい.ゲストが希望していないのに,連絡先を交換しようとすることは控えたい.
スタッフと日本人ゲストへの感謝
日本人ゲストの要望に最大限応えられるためには,現地スタッフとの協力は欠かせない.我らエスコート通訳が所属するGuest Relationのみならず,ゲストの送迎を担当するGuest Logisticsなど思った以上に多くの現地スタッフの力に支えられている.
日本人ゲストのこれまでの実績や作品,そして,多くの現地イベントスタッフのおかげであることへの感謝を忘れないでいきたい.
他のボランティアとの情報交換
ボランティア紹介はほぼコネである.最寄りの都市のアニコンイベントの情報を聞いてみたりするとワンチャン紹介してくれるかもしれない.
白鳥の場合は,XPLANEで知り合った友人に紹介してもらった.
おわりに
アメリカで生活していて,日本語がしゃべれること,日本人であることに思い入れを感じることは普段あまりない.
しかし,アニコンでは日本で作られたコンテンツが多くの人を楽しませている様子を間近で見て,同じ日本人として自己肯定感爆上がりである.
中には「日本人だなんて羨ましいね」とか,日本人というだけで,少し興味をもってもらえるのは大変嬉しい.
留学していて「日本に帰りたい」とホームシックになってしまうことがあるかもしれない.そんなときはアニコンボランティアをやってみてはどうだろうか?
本記事が,北米アニコンイベントのボランティア案内の一助になれば幸いである.
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