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「はじめての出版11〜編集長とタイトル地獄」

「もしもし、光文社新書部門編集長のMと申しますが…」

その連絡がもたらされたのは、2020年初秋の頃でした。
平井堅がカバーした名曲「思秋期」が染みる季節です。

「あ、はい。新しい担当の方が決まったということでしょうか」

「はい。お待たせして申し訳ありません。大きな組織改編があって、担当配分に時間がかかってしまいました」

「(へえ、会社の事情ってどこも同じなんだな)で、私の担当はどなたが…?もしかして『重版出来』の黒木華みたいな、知的美人だったりとかして…」

「いえ、黒木華は弊社にはいません。色々考えましたが、こちらはかなり進んでいる企画ですので、私が担当させていただきます」

「え?編集長って、イチ書籍の、しかも未経験の著者の担当をしてくれるんですか?」

「はい、よろしくお願い致します。完成させましょう!」

それは、「いっしょに本を出そう!」とかたく誓い合った、インテリ(風)東大卒担当編集者が突如去って約3ヶ月、片翼を失った戦闘機のように低空飛行を続けていた僕の元に打電された作戦続行指令でした。

「つきましては、お手数ですが一度弊社までご足労いただいて、これまでの整理と改めてのキックオフをさせていただけませんでしょうか?」

そして初冬、編集長との初対面の日。
そこには、温和そうな、野球で言えばキャッチャーのような、しかし肩は強くて迂闊に盗塁はできないような、隙のない佇まいの編集長が待っていました。

その会議室では、僕が用意していった、これまでの出版話の発端から、コンセプト、この本を出す意義、章立てをまとめた書類を元に討議が行われ、さらにその時点で書きあがっていた原稿についての「俯瞰的意見交換」がなされました。
それはとても居心地のいい打ち合わせでした。話は弾み、実に5時間に及びました。

最後に忘れてはならないスケジューリング。
その場でまたもやいくつかの軌道修正がなされたため、
2021年末の発刊を目指すことで合意しました。

「ここは基本ズラしません。必ず来年中に出しましょう」

一瞬、強くなる編集長の眼光。これまで右往左往してきましたが、いよいよ「完成締め切り」が引かれました。もう後には引けません。僕にとっては「思いの丈の発露」かもしれませんが、出版社にとってこれは「ビジネス」です。

「…ところで、タイトルについてですが、勝浦さんはどうお考えですか?」

そうです。実は執筆している最中、ずっとタイトルは(仮)のままでした。

1月19日に出版される書籍には、

「つながるための言葉」

というタイトルがついていますが、構想当初、タイトル案は自分の中で3つありました。

○「つながるための言葉」
○「つながるためのひとこと」
○「そのひとことが言えなくて」

です。

「つながる」というキーワードは自分の中で、わりと早く決まったのですが、「言葉」というワードは、とにかくコピーライター関連もそうですし、言語化系の本にやたらと出てくるので使わない方がいいのでは?と二つ目の「ひとこと」とに言い換えてみたのです。三つ目は、そこからさらに気持ちに寄り添った題名を3案目としました。

「『つながるための言葉』がいいと思うんですが、ワードとして『言葉』を使うと業界的にはありきたりというか、また言葉…?みたいにならないかと思うんですよね」

「それは心配に及びませんよ。これは広告業界の人に向けての書籍ではありませんし、一般の人に届くようにしっかり「言葉」を見つめた本になりつつありますから。何より、これだけわかりやすいタイトルなのに類似のものがありません。私としてはこれがいいと思います。仮タイトルとして以降、社内はこれで進行させていただきます。ただ校了まで時間はまだありますから、じっくり考えていただいて構いません」

泣き声が、聞こえる。
病院の新生児室。生を受け、まだ名付けられていない赤ん坊が、「○○さんの赤ちゃーん」と看護師に呼ばれている。
その悲鳴にも似た声はもしかして「せっかく生まれたのだ。はやく、私に名前をくれ」と苛立っているからか。そんなイメージが私を捉えました。
BGM:名前をつけてやる(byスピッツ)

「前任の担当者の方から、最終的にタイトルは編集長が決めるかも、なんて聞いていましたが…」

「私はなるべくそういう事はしないようにしています。やはり著者さんの気持ちが大事ですから。ただ、編集者としての意見は言わせていただきます。多くの人に読んでもらえるものにならないといけませんので」

以降、書き進めながら実に100以上のタイトル案を編集長に提案する事になりました。やはり、タイトルが仮のままというのはどうも締まらなくて落ち着きませんでしたから、つい事あるごとに考え込む時を過ごしてしまいました。ましてや、タイトルに落とし込むように各章は完成されていくので、タイトル変更の場合の乖離も大きくなります。

が、散々考えた末に、結局「つながるための言葉」に落ち着くことになります。ただ、これは無駄な作業ではありませんでした。

タイトル案の開発という仕事は、広告コピーの領域とほぼ重なっています。その際、もう最初からあるベストなゴールは見えていても、あえて遠回りをするように水平、垂直に分岐させるようにネーミング案を開発していくのです。それによって、対象を切り取る視点も豊かになりますし、最終的な決定の納得度が変わってきます。

答えを急がない。
急がば回れ。

とにかくタイトル一つとっても考えに考え抜いたことで、この本の完成の満足度は何倍にもなった気がします。

まあ…読者の皆さんの満足度がいちばん大事なんですけどね。それは発刊後の感想をお待ちすることにします。

次回はいよいよ、脱肛…じゃなくて脱稿という至福の瞬間がやってきます。


<つづく>

「つながるための言葉〜伝わらないは当たり前」1月19日発売。
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