犬小屋に犬

 犬小屋がある。犬小屋に犬はいない。犬は家の中にいる。その犬は犬小屋にいた犬とは違う。犬小屋にいた犬よりずっと小さい。その犬は犬小屋にいた犬を知らない。


 犬は家の中にいる。散歩の時以外は家の中にいる。家の中は雨も雪も当たらない。散歩の時以外は雨も雪も当たるところには行けない。家の外に犬小屋がある。犬は犬小屋に入ったことはない。いつも人と一緒に家の中にいる。


 玄関脇に犬小屋がある。道路からその犬小屋が見える。犬小屋に犬はいない。犬がいなくても犬小屋を見て犬小屋だと思う。犬小屋はもう半分朽ちていて、朽ちた犬小屋の色をしている。犬小屋に犬が昔いたのだなと思う。



 犬がいた。犬小屋に犬がいた。玄関脇に犬小屋があった。犬小屋はペンキの色をしていた。犬小屋の脇の駐車場は駐車場じゃなかった。庭だった。芝生と垣根があった。柿の木があった。庭の真ん中には物干し竿があった。犬小屋に犬がいた。犬は大きかった。犬はどこの犬でもだいたい大きかった。大きいのが普通だったから、犬は大きくなく、普通だった。首輪のヒモは長かったから、犬は庭に行けた。道路にも少し行けた。アスファルトの匂いを嗅げた。郵便配達員が郵便受けに郵便を入れるのを、犬小屋の中で普通の大きさの犬小屋の犬は見た。



 犬は家の中にいる。その犬は犬小屋にいた犬とは違う。犬小屋にいた犬よりずっと小さい。ソファの背もたれに立って窓から外を見る。道路が見える。窓から窓の下の犬小屋は見えない。犬小屋に犬はいない。犬小屋に犬はもうずっといない。犬小屋の脇の駐車場には車が停まっている。車の下には猫がいる。猫の脇にはバッタがいる。死んだバッタがいる。初めから死んでいたわけじゃない。さっき死んだ。蟻が二匹バッタに登っている。猫はそれを見ている。犬にはそれは見えない。犬は猫が道路を渡ってこっちに来たのをさっき見た。猫は犬が猫を見ていたことを知っていたけど、知らないふりをした。犬を後ろから人が見ている。スマートフォンのカメラを向けて犬が振り返るのを待っている。犬の耳が動く。犬が振り返る。人が笑う。スマートフォンのカメラの向こうではその人より若い人と小さい人が犬を見ている。犬に話す。犬は聞こえる。犬は聞く。犬は話す。犬は笑う。犬は家の中にいる。今はみんなが家にいる。


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