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あの男と過ごした幾多の夏の思い出

KIXにて

冬に生まれた男は、異様に夏を愛した。日本が冬であれば海を渡り太平洋に浮かぶ島に夏を求める。自らの快楽は夏の中だけに存在し、夏を迎える過程である春、夏が去り、あらゆる感性が越冬に向け支度を始める秋、生き物や植物が眠りにつく冬には魅力なんか微塵も感じなかった。

例の如く、夏盛りの国へ向かう飛行機が飛ぶ空港のカウンターで女はふと知りたくなかった真実を見つけた。その瞬間まで男が生まれた日は12月23日だ。と思っていた。数年間、少なくとも3年は男の誕生日12月23日を女の家で祝い、クリスマス前であった為細やかながらも贈り物を交換し合い、愛情を確かめ合い夜を迎えて、普段はそそくさと女の家を後にする男が、女の部屋で朝を迎える日、作り慣れぬ朝食を低いガラステーブルに用意するという擬似的な家庭行為を密かに楽しみにしていたのだ。

男は悪びれる様子もなく、理由を説明するわけでもなく、「これが本当のことだ」と含みを持たせるかのような言い草でその場を丸め込み女とセキュリティーゲートへ向かい、免税店で買えるだけタバコを買い南国へ向かう定時発の飛行機に乗った。


月日は流れた。

女は男とすったもんだの末別れ、ある夏の夜冷たい茶を飲みながらふと考えた。あのような人間と後も先も交際した経験はない。男は離婚したとは言っていたが、2つの場所で愛情を得るために、2つの世界をつくり都合よく行ったり来たりを繰り返していたのではないか。思い起こせば、知り合った際男は本名を教えずあろうことか全く他人の名前を使っていたし、元嫁との間の子供も本来2人いるはずが1人だと全く訳の分からない嘘をついていた。しかも、32歳だと言っていたのに本当は42歳だったのだ。女は後になってから自分の幼稚さ愚かさに気づき、戻れぬ過去を恨んだ。しかし実際楽しく過ごした時も沢山あったので二人の思い出にケチをつけることなく、さらに新たな時を違う正直者とともに刻んでいこうと自分に言い聞かせた。

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