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恋と噂

「どうもあの子が好きなのは彼らしい。このまえ離れた場所にいる彼を、じっと見てたんだって」

人づてに聞いた話のようです。

うわさ【噂】
そこにいない人を話題にしてあれこれ話すこと。また、その話。
世間で言いふらされている明確でない話。風評。

確かに明確じゃありませんね。又聞きですし。「じっと見てた」のを目にした発信者が正確かはわからない。

「あの子」が「じっと見て」いたのは「彼」じゃなく、さらにその奥の別人かもしれない。見間違い。

彼のことをじっと見てたのは確かでも、目が悪くて別の知人に見えたのかも。それを確かめようとよーく見てたのかもしれない。誤解。

「彼のことをどう思うか聞いたら、『やさしそう』って言ってたし」

「やさしそう」は褒め言葉でしょうから、ちょっと信憑性が増します。

でも疑問はまだ浮かぶ。ナニきっかけでそう思ったのか。

幅があります。エレベーターでボタンを押してくれた。落としたペンを拾ってくれた。雨宿りしてたら傘を貸してくれた。そのシチュエーションによってだいぶ違う。人に道を聞かれ教えていた、でも思うかもしれません。「やさしい」じゃなく「やさしそう」ですから。直接なにかされたわけじゃなく、他人にしてるのを見たのかも。

いつも笑ってるから「やさしそう」というのもあり得ます。ただの印象。何があったわけじゃない。「カッコイイよね」や「面白いよね」より具体的でなく、広範囲をカバーできる褒め言葉です。便利です。「あまり印象がない」と言うのは気が引けて無難なコメントをしたのかも。

本人から「やさしそう」と聞いても、「好きらしい」とはならない。

そこでさらにツッコめば具体的なことが聞けるかは、関係性によります。腹を割って話す関係かどうか。そういう関係でも本人が「まだはっきりしない」ということはあり得ます。悪い印象はなくどちらかと言うといい印象だけど好意まではない。

それでも聞く側によっては話が膨らみます。

「じっと見てた」のを目にして「どう思うか」を聞いた時点で先入観、もしやと当たりをつけ、聞いた話をストレートに受け取ってないかもしれない。屈折してるかもしれない。恋バナだからハイになり、聞けた材料がほんの一部でも「きっとこうだ」と思い込み、話してもらえなかった細部は「たぶんこう」と予想で埋め、些細な引っかかりはスルー。しないとモヤモヤが消えないし誰かに話すにも曖昧じゃいけないから切り捨てる。

で、まとめられたそれを聞いて人は「え、そうなの?」と意外で驚いたり、「そうじゃないかと思ったよ」と納得したり、「そう言えばこのまえ急いでたのは彼を追っかけたんだな」と思い当たったりします。様々に受け取られ、そこでもまた加工される。テンション高く次の人に話されたり、自分もそう睨んでたと自慢が入ったり、あんなことがあったこんなこともあったと肉付けされたり。どんどん洗練され本当っぽくなる。

勿論「眉唾だね」と疑問視され途絶えることもあるでしょうが、多種多様に変化する、派生する可能性がある。

この噂は複数人のあいだで起きるものですが、恋愛時にはひとりの中でも似たようなことが起きるでしょう。

目が合ったという一点で「もしや」と思い、「まさか」と期待し、注目しはじめ、好意を持ったら相手の言動を見るにも屈折し、よく受け取る。または厳しめに見る。簡単に好きになっちゃ困るから。

しかしそんなこんなの積み重ねが相手に対する気持ちになり、なんとも思ってなかったのにどんどん気になって、「嫌われた?」と些細なことで傷つき、「なぜ嫌われた?」と理由を探し、「あれがミスだったんじゃ?」と見当をつけ、それが思い過ごしのことも多い。それでも理由を探さずにいられないのは、好かれるかどうかが自分の否定か肯定に繋がり切実だから。

別の子と仲よくしてたのはなぜだろう。あの子が好きなの? 私は嫌われた? それとも私に見せてる? 私の気を惹いてる? 私が動かないとダメなのかな、勇気を出さないと。それとももう遅い? 単に気が多い人なのかも。いやみんなと仲良くできるいい人なのかも。だけど私に示したこの前の態度は特別だった。あれがなんの気なしのはずない。

期待。憶測。思い込み。妄想。

それはハッキリさせたくて始めてしまうものでしょう。

そしてこの恋わずらいや噂話には、物語の部分がかなりあります。

物語は出来事を都合よく取捨選択し、並び替えたり盛ったりしたもの。

事実ではないし、正確なものではありません。

それは映画や漫画や小説にしてもそう。

めざすのが感動か、テーマか、ただ楽しませることか、いずれにしろそこに導くのに「出来事を都合よく取捨選択し、並び替えたり盛ったりしたもの」

その「物語」は巷に溢れていると思います。

物語についてのエッセイ・目次

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