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【”あなた”への叫び】ただ願う。逃げて生きて欲しいと。

日本では、ご飯が食べられずに死ぬ人より、衣食住が満たされたまま、死ぬ人の方が多い。
絶望が心を蝕んで、身体より先に、心が死んでしまうからだ。

この世界は、あなたのためだけにある。
そう信じて、あなたの幸せに向かって、全力で逃げてほしい。

見たことも、会ったこともない、あなただけれど。
私はどうか、あなたに生きてほしいと、願っている。

ずっとあなたに叫びたかったことの一つを、今ここであなたに伝えることを、許してほしい。


1. 逃げることは、簡単なことじゃない


「逃げるは恥だが役に立つ」。

ハンガリーのことわざであり、大ヒットドラマの名前でもある。私はドラマもガッキーも星野源も大好きだ。年末年始、特番も見た。
けれど、私はこの「言葉」はあんまり好きじゃない。

逃げる、は恥ではないから。

逃げることを恥だと思うから、私達は逃げられない。
他人の目というものにがんじがらめにされて、複数あるはずの可能性の道が、まるで一本しかないように錯覚する。

これは全部、逃げるとは恥ずかしい、と大人に植え付けられた固定観念だ。

逃げるあなたを「恥」だと指を指すような人がいたら、その人はきっと、「小さなことで逃げてばかりいる人」だ。

逃げることで、周囲にかける迷惑、自尊心の崩壊、襲い掛かる絶望感。それらを知ってなお、「逃げる」ことを選ぶ難しさを、彼らは知らない。だから、そんなことを平気で言えてしまう。

我慢して我慢して、爆発しそうな何かを抱えてしまった「誰か」が逃げる姿を、「逃げる」ことの難しさを知る人は、決して「恥」だなんて思わない。「よく、ちゃんと逃げたね」「自分を守るために、覚悟を決められたんだね」。そう言って、あなたを抱きしめるはずだ。

だから、どうか、その苦しみが心臓まで到達して動きを止めてしまう前に、逃げてほしい。

あなたのために。あなたを愛する人のために。


2. 何をすることも、許されない


仕事が辛くて、毎日メールや電話の着信を知らせる携帯電話に怯えて過ごす。それは、昔の私の姿、そのものだった。

アポイントメントの帰り道、憔悴しきった私は、「携帯電話なんか見ければいい」と思って、カバンの奥深くにしまった。
けれど、ふと時間を見るとき、思わず電源をオンにして、山のように来ている通知が飛び込んでくる。

(早く返事を、返事をしなきゃ。ダメな人間だと思われてしまう――)

私は焦りながら、かじりつく様にして、それらに反射的に返信していた。

「邪魔だよ」

不機嫌そうな男性の声。

振り返れば、私は道のど真ん中に突っ立って、メールやLINEの返信をしていることに、気が付いた。男性以外にも、迷惑そうに、私をちらりと見て避けて歩く人々。

すみません、と一言謝って、自動販売機の横のベンチに座って、返信し続ける。クライアントから、電話が入った。とっさに応答する。

「はい、●●です、お世話になります――」

伝達事項を口頭で述べられる。とっさに、私はプライベート携帯を取り出して電源を入れて、メモをする。もうとっくに、プライベート携帯にも、会社のメールが転送されるように設定してあって、使い分けなんて全くしていなかった。

一通りの返信と対応が終わって、気がついたら40分間も、この場所で仕事をしていたようだった。定時帰宅の人たちが、わらわらと、駅に向かって歩いていく。

私は、この40分間のやりとりの中で、7つもの約束をしてしまった。
全部、今日中にやるという約束を。

今日は水曜日。週末まであと、2日。
なのに、約束をすべて果たすまで、今日はまだ終わってくれないから、休日は遥か遠くのように感じてしまう。休日だって、仕事をしなければならないから、休みなんて呼べたものじゃあない。

(ごめんなさい)

ぼんやりと、私は心の中で謝罪をした。仕事がつらかったわけではなくて、さっき道端で突っ立って返信をしていた姿をたしなめられたことに、私は悲しんでいた。

気が付いたら、泣いていた。

(ごめんなさい、邪魔だって気づかなくて。これだから、私はダメなんですね。相手を気遣えない、ダメなやつなんです。ごめんなさい。ごめんなさい)

止めどなく溢れる涙を拭う気力もなく、私はぼーっと、駅前のベンチに座り続ける。目の前にダイソーがあって、買い物がしたいなぁと思った。そんな自分を恥じた。

(ごめんなさい、やることがまだ残っているのに、そんなこと考えて。仕事ができないくせに、買い物なんてしたいなんて思って、ごめんなさい)

どうして私は、こんなにも、存在することに申し訳なさでいっぱいなのだろう。

両親に、どれだけ愛しているよと言われて育っても、大切にしてくれる友人がいても、私はどうして私を、こんなにも、情けなくて弱い人間だと思うのだろう。

手にした携帯がまた震えた。上司からの電話。要件も分からないのに、私はとっさに、怒られると思った。だって私は、ダメな人間だから。体が震えて、思わず携帯電話の電源を切る。

真っ黒になった画面。プライベート携帯も、電源を切り、私の両ポケットは、嘘みたいに静かになった。

(逃げよう)

携帯が静かな今のうちに。


3. 私は、死なない


私は駆け足でダイソーに入り、入り口付近にあった300円の置き時計を、とっさに手に取った。時間だけはこれでわかる。

時間だけ分かればいい。
あとはもう、何も知らなくていい世界に、逃げてしまいたい。

その日、私ははじめて、仕事から逃げた。直帰とも告げず、社内の打ち合わせもすべてすっぽかした。クライアントとした、7つの約束もすべて、無視した。

代わりに、本屋に行って、読みたかった本や漫画を、ひたすら立ち読みし、購入した。カフェに寄って、ケーキを3つも食べた。それは夜の21時、朝食も昼食も食べずに働いていた私が、はじめて口にした食事だった。

カフェを2つほど渡り歩いて、買った本を読んだ。持ち歩くには不格好すぎる置時計をカバンから取り出す。私は終電が近いことを知った。

呆然としたまま、酒とニンニクとたばこのにおいが充満する満員電車の中。最寄駅のネオンサインが見えてきた時、私は心から安堵した。

(お家に、帰って来れた…)

仕事をしなくても、無断で打ち合わせをサボっても、クライアントとの約束をやぶっても、私は死なない。ダイソーで買い物をしたいと思っても、ケーキを食べたいと思っても、本を読みたいと思っても、私は死なない。

すべてから逃げても、私は、決して死なない。

そう初めて知った日だった。


4. すべてから、逃げてしまえ


もし、この記事を読んで、あなたに少しでも共感するところがあったら、今すぐに、逃げてほしい。今の環境から。自分を呪う言葉から。他人の目から。

私はあの日、仕事から逃げて、次の日の朝、体調不良で意識を失って、連絡を取れないまま自宅にいたと、連絡をした。そして、しばらくの休養が必要であることも。

嘘は言っていない。私の心は、もうとっくに意識を失っていた。もうすぐで、死ぬところだったんだ。

わかりやすく血を吐ければ、あざだらけになれば、他人にも、伝わっただろう。けれど、私の心が血を流していることは、他人にはわからなくたって、私はわかっていたはずだった。それを無視して、殺そうとしていたのは、ほかでもない私だ。

引き継ぎもそこそこに、私はひたすらに眠り続けた。
逃げた、ということに対して、罪の意識で苦しんだ夜は数えきれない。胸を掻きむしって、コンクリートのアパートの壁ごしでも聞こえるであろう金切り声で、ひたすら「ごめんなさい、ごめんなさい」と叫び続けた日もあった。

けれど、私は死ななかった。
逃げたけれど、死ななかった。
だから私は今、ここにいる。

逃げていなかったら――きっと、死んでいた。


だから、私はあなたに伝えたい。心の底から伝えたい。

仕事から逃げてしまえ。レールから逃げてしまえ。責任から逃げてしまえ。期待から逃げてしまえ。普通から逃げてしまえ。約束から逃げてしまえ。
善良であることから、逃げてしまえ。

そんなもの、あなたの命に比べたら、塵ほどしか価値のない代物だ。失ったって、決して死ぬことのない、ちっぽけなものだ。

この世界には、優しくて、善い人ばかりが存在している。そんな人たちは、時に、私たちに毒薬を打ち込んでくる。期待とか、愛情とか、一見暖かいものに見えるそれらは、私たちの心を癒す薬にも、心を壊す毒にもなる。

毒になってしまった情は、すべて捨てていい。それでも、あなたは生きていていいんだ。それで後ろ指を指す人間など、あなたの人生に、住まわせる必要などない。

もう一度、くどいようだけれど、伝えさせてほしい。

この世界は、あなたのためだけにある。
そう信じて、幸せに向かって、全力で逃げてほしい。

辛くて仕方がない時は、どうか、私のこの叫びを、思い出してほしい。見たことも、会ったこともない、私とあなた。けれど、私はあなたに生きてほしいと、願っている。あなたに生きていてほしいと願うおせっかいな人間が、ここにいることを、忘れないでほしい。

だから、安心して、全力で、逃げて、幸せになってください。



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