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【気づき・学び】信じるということ

こんにちは。
KATAE / かたえと申します。
まず、こちらに訪れていただいた皆様にお礼を。

数ある投稿の中から訪れてくださり、ありがとうございます。
ご覧になってくださった方に、少しでも感じるものや繋がることがあれば嬉しいです。

こちらのタイトルでは日々の学び・気づきについてご紹介していこうと思います!

自分の言葉として書いていくのでわかりづらい部分もあるかもしれませんが、共感できる方や参考になるという方が少しでもいれば有難いです。

最近、私はよく「信じる」ということについて考えています。
突拍子もないことをいきなり話していますが、お時間があればご覧いただけると嬉しいです。

もし、自分が「信じている」ことが今の自分や今の現実をつくっているとしたら皆さんはどう思うでしょうか?

言葉にすると「信じる」ということはとても簡単そうに見えますが、私にとってなかなか実践するには時間がかかるなと感じています。

「信じる」ためには自分と向き合い、過去の自分を認め、癒すということが必要だと感じているからです。


・「信じる」ことを考えはじめたきっかけ


ここ数か月、自分のやりたいこと・好きなことを向かっていきたいという気持ちがありつつ、どこか自分の中でひっかかっている部分があり動けない時期が続いています。

そのような状況でも自分なりに読書や勉強は続けていました。

いくつかの本を読む中で共通して「信じる」ということがよくワードとして出てくることに気づき、自分の中で気になるテーマになっていきました。

私は昔から「才能」という言葉に敏感です。

自分には才能がないのではないか、自分にはやりたいことを実現できる才能があるのかという不安や恐怖がつきまとい、今でも自分に自信がなくなる時があります。

自分なりに成長を実感できている時もあり、自分のやりたいこと・好きなことを実現できると「信じれる」自分もいますが、実現できるのかという疑いをもち「信じれない」自分もいます。

自分と向き合いつつ、内省を深めていく過程で「自分が自分を信じていない、認めていない」ということに段々と気づいていきました。

ここが私がひっかかっている部分なのだと理解しました。

・「信じる」ということはどういうことなのか?


ここから書く内容は、あくまでも自分なりの解釈です。

「信じる」ということは今この場で「信じる」ことができれば達成できます。
はじめにも書きましたが、言葉にすると簡単に見えますが実際は難しいと感じている自分がいます。

私は、自分では自分がやりたいこと・好きなことを実現できると「信じる」ことができているつもりでした。

しかし、よく考えてみると自分を「信じれきれていない」ということに気づき、実は別のものを信じていることに気づきました。

私の例でいれば自分には才能がない、才能がないとなりたいものにはなれないということを心の中で信じている自分がいました。

そう信じていたことよって、なりたいものになれていないという今の自分、現実が目の前にあるということに気づきました。

それに気づいたことで自分の物事の捉え方、解釈の仕方、言い換えると自分が信じているもの(信念)が今の自分をつくっているのだと新しい視点で物事を捉えるようになりました。

そして自分の信念、思考が行動に繋がり今の自分、現実をつくっているのだということを理解しました。

逆に捉えると今の自分や現実は自分がどういうことを普段から「信じている」のかということを表していることになります。

例えば、アーティストになりたい方が自分のことを信じておらず、才能がないとアーティストになれないと信じていたとしたらアーティストになる未来はやってこない可能性が高いのではないかと思います。

才能があると信じていれば、自分のやりたいことに向かって様々なことにトライ・チャレンジができ、徐々に自信を育むことで実現に向かって行動ができるようになると思います。

逆に才能がないと信じていれば、少しずつ行動することを避けるようになったり苦手意識が生まれ、段々とやりたいことから離れていってしまうのではないでしょうか。

才能がないと信じていることで常に周りの評価に左右され、トラブルや壁が出てきたときに自分はどうせできない、才能なかったなということで途中で諦める理由にもなるような気がします。

もし才能を周りから評価されて認められても、たまたま認められただけという風に自分が自分を信じていなければ自信はつかず、自分を否定し続けるのでないかと思います。

アーティストになりたいと思っていたとしても潜在意識の中では、アーティストになれない自分を望んでいる自分がいるという可能性があります。

才能がないとアーティストにはなれないということを信じていれば、実際にアーティストになってしまうと自分が信じていたことを否定することに繋がります。

アーティストになりたいけど、実はアーティストになることを恐れている自分もいるのだと思います。

才能がないと信じていても、努力で達成できると信じている方は実現できるのかもれしません。

そんな方はインタビューなどで、自分には才能はないけど人一倍、努力を続けてきたという言葉を使うのではないのでしょうか。何を「信じる」かはその人の自由だと思います。

上記のようなことに気づいたことで少しずつ自分を信頼し、「信じる」ということができれば、自分のやりたいことや好きなことを実現するための行動やモチベーションを維持できるのではないかと思うようになってきました。

・「信じる」ためにはどうしたらよいのか?


それでは「信じる」ためにはどうしたらよいのでしょうか?
そのヒントは自分の中にあります。

そのためには、過去の自分を癒す必要があると考えています。

過去にあった出来事に対してそこで感じた感情を振り返り、そこでの自分なりの解釈を別の視点で捉え、解釈を変化させることで「信じれる」ようになるのではないかと思っています。

少しわかりづらいと思いますが、私が才能という言葉にとても敏感なのは、学生時代に周りの人から言われてきた、聞いてきた言葉だからです。

才能がないとできない、あなたには才能がないという言葉を言われたことがあり、私はそれ信じていました。
私は自分には才能がないことを疑ってきませんでした。

ただ、諦めたくない私は才能がなくてもできるということを信じてきました。
しかし、それは才能がないと自ら認め、受け入れている自分がいるということになります。

今思うと才能がないと信じている自分がいることで失敗した時や上手くいかない時に大きな痛みを伴わずホッとしている、安心している、納得させている自分がいたように思います。
もしかしたら、周りの人も同じような考えを持っていたのかもしれません。

自分には才能があると信じるにはその当時、他者から言われたこと、聞いたことに対してその時に自分が感じたせつなさ、寂しさ、無力さ等々の感情と向き合い、その時に自己否定をした自分を癒す必要があります。

その時の感情や恐怖と向き合い、別の視点でその出来事を捉え不安や恐怖を手放すことで、才能がないということに囚われるのではなく、新たな解釈で捉えなおすことができれば自分を信頼し、信じるということができるようになってくるのではないかと思います。

自分を癒し、自分のことを信じることで心の安らぎや穏やかさを感じることができ私は私でいていい、私は大丈夫という感覚を持つことができるような気がします。

そうすることで新たな一歩を踏み出し、様々なチャレンジを通して自信を育むことができ行動できるようになるのではないかと思います。

私たちは、常に選択する自由を持っています。
何を「信じる」のかという選択、「信じる」・「信じない」という選択。
選択権はあなたにあり、自由に選択することができます。

どの選択をすることが自身にとって幸せな選択になりそうでしょうか?

過去の自分と向き合うことで、自分の選択権を他者に渡すのではなく、自分で選択することができます。

自分を信頼する、信じることができれば自分が望んだことを実現できるのではないかと信じています。

自分の中の信念、思考が言葉になり、言葉が行動をつくり、行動が今の自分、現実をつくっているのだと思います。

マザーテレサの言葉が頭に受かんだので記載させていただきます。とても素敵な言葉だと思っています。

思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるから。

-マザー・テレサ


なかなか実践は難しいかもしれませんし、私もまだまだ勉強途中ではありますが、少しでも共感・参考になれば幸いです。

自分を信じることで、他者の可能性を信じれるようになりたいです。一緒に自分を信じれるようになっていきましょう!

最後まで読んでくだって、ありがとうございました!!

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また次回まで。



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